第90話 おうちに帰るまでが面接
宇月さんが開けてくれた玄関の扉から顔を入れ、大きめの声で「おじゃまします」と言ってから中に入った。
玄関に迎えに来ていないところを見ると、どうやら宇月さんのお母さんはリビングにいるらしい。
ボス部屋の前では回復とセーブが欠かせない。突入はまだだ。
靴を脱ぎながら、小さな声で宇月さんに問う。
「宇月さん、俺を連れてくるってちゃんと言ってあるよね?」
「うん、もちろんだよ。お母さんリビングにいるよ」
「そ、そう。……ていうか、なんか親子の時間短くなかった? ちゃんと仲直りできた?」
「もう速攻で謝っちゃったからね。別にお母さんも怒りたくて帰ってきなさいって言ったわけじゃないみたいだったし、そっちの方はノープロブレムなんだよ」
「よかった。じゃあ、後は島に行くのを認めてもらうだけって事ね」
「そゆことっ」
軽い足取りの宇月さんの案内で、リビングの扉の前に立つ。
そして、扉を開けて先に入っていった彼女に続き、俺も部屋へと足を踏み入れた。
「お邪魔します……」
「お母さん、連れてきたよ。同じクラスの松村くん」
宇月さんがこちらに手を向け俺の事を紹介すると、すぐそこで立っていた女性が、両手で口を抑えて目を見開いた。
「あらぁっ。いらっしゃい。こんな時間によく来てくれたわね。どうぞ、座って座って」
部屋着の上にエプロンを着けた女性。この人が宇月さんのお母さんか。
宇月さんとよく似ていて整った顔立ち。それに第一声の声色からは、あまり怒ったりしない優しそうなお母さん……といった印象だ。
「いえ、こちらこそ遅い時間にお邪魔してすみません。失礼します」
彼女に促され、背筋を伸ばしてダイニングの椅子へ座る。俺の隣には宇月さん、正面にはお母さんが座った。
……この形は、完全に面接だ。面接とかしたことないけど、とりあえず自己紹介でもすればいいのだろうか……。
「松村蒼汰といいます。よろしくお願いします」
「蒼汰君っていうのね。明澄の母の、宇月花です。よろしくね。……それで、蒼汰君は明澄とはどういう関係なのかしら?」
いきなりか。
うふふふと微笑みながら質問してきたが、答え方で今日の立ち回りが決まりそうな非常に重要な質問だ。
何か勘ぐられているのか、からかいたいだけか……。その微笑みが逆に恐ろしい。
「ぶ、部活が一緒で。仲良くさせてもらってます。いい友達です」
「そうだったのね~。明澄から蒼汰くんの事はよく聞いてたから、今日は会えて嬉しいわ」
横にいる宇月さんに視線を向けると、こちらに気付いてすぐに目をそらされた。
彼女の口からどういう風に伝えられていたのか気になるところだ。
「蒼汰君のおうちは今親御さんがいないんでしょ? 兄妹2人だけで生活してるなんて、大変ねぇ」
「い、いえ。部活も結構自由に帰れるので。なんとかやっていけてます」
「そうなのね~。アルバイトって名目で明澄が迷惑かけちゃってないといいけど」
……宇月さんが松村家でアルバイトしていることも話していなかったらどうしようかと思ったが、その心配はなかったようだ。
「そんなことないです。宇月さんが来てくれてものすごく助かってます。料理の味が美味しいのはもちろん、妹も懐いているので家の中が賑やかになりました」
隣で大人しく座る宇月さんは、膝に両手を置き肩を吊り上げている。突然自分の話になって褒められ始めたので照れているのだろう。
お母さんはというと、さっきからやはりウフフと微笑み続けている。
この表情に隠された裏の顔があるのだろうか……。
お母さんの質問はまだ終わらない。
「少しでも役に立ててるのなら良かったわ。蒼汰君はお料理とかはするの?」
「宇月さんがいない時は自分が作っています。妹も手を怪我していてできないですし……。でもやっぱり宇月さんの味には叶いませんね。レシピ通り作ってるんですけど。宇月さんのお母さんの教えが良かったんだと思います」
「いやぁ、私は何も教えてないのよ。明澄が自分で覚えていっただけだから。蒼汰君も、自分で料理するなんてえらいわねぇ」
「いえ、そんなことは」
「ところで、蒼汰君は虫とか大丈夫? こんな田舎だと家に出るときもあるでしょ?」
「え……? あ、はい。テイッシュとかで掴んで逃がしますし、特に苦手ではないです」
「そうなのね、頼もしいわ~。じゃあ、朝はパンとご飯どっち派?」
「……ごはん派ですね。うちは毎日ご飯にしてます」
「ほんと?うちと一緒ね。うふふ。じゃあ後は……蒼汰君は子供は好きかしら?」
「え……?……あ、はい、好きです……?」
なんなんだこの質問たちは……?
繰り返される謎の一問一答で、頭の上にクエスチョンマークがいくつも浮かび上がる。
「あらぁっ、ほんとにっ? 良い旦那さんになりそうね。良かったわね、明澄。蒼汰君みたいな子を連れてきてくれて、私も嬉しいわ♪」
「ちょ、ちょっとお母さん! そういうつもりで連れてきたんじゃないんだって!」
隣の宇月さんは取り乱して立ち上がる。
俺も最初に、"いい友達です"って伝えたはずでは……?
というかこの微笑み……もしかして裏がある顔でも何でもなくて、ただ喜んでいるだけなのか?
「彼氏とか、そういうのじゃないよ!」
「そうなの? お母さん、もっとメイクとか服装ちゃんとしておけば良かったなぁーっ」
宇月さんの小さな叫びも、お母さんはイマイチ届いていないらしい。
「あ、あの……今日は実はお話があって来ただけなんです。あ、もちろん宇月さんのお母さんにも会ってみたいって理由もあったですけど」
「さすが蒼汰君、おばさんの心を掴むのが上手ねぇ!うふふっ。……で、お話って私に?何かあるの?」
「実は島でのアルバイトの事で……」
「あ、あぁ~、その事なのね。分かったわ。……じゃあ明澄。ちょっと蒼汰君とお話するから、自分の部屋に行っててもらってもいい?」
「え、ええっ? 私はいちゃダメなの?」
「また終わったら呼ぶから、ちょっとだけ蒼汰君と2人にさせて?」
「……う、うん……」
本題に入った途端、2人きりになりたいとか……。
俺は今日、無事に乗りきれるだろうか……?




