第88話 終わりの始まり?
ぽかぽかと暖かな朝日が差し込む中、庭で布団を干しながら今日の過ごし方を考える。
今日は日曜日。夏休みに入ったから曜日なんて関係ないかもしれないが、日曜の朝というのはいつもより外が明るく、心なしか空気も美味しい。
「で、宇月さんは何でここにいるの?」
俺が庭でせっせと作業している間、宇月さんは縁側でその作業をぼーっと眺めていた。
既に朝ご飯を食べ終えたため、たぶん暇なのだろう。
「え? 松村くんが洗濯してる姿、この目に焼き付けておこうと思って」
「なに、俺明日死ぬの? それか宇月さん海外に引っ越しでもするの?」
「うん。近い近い、そんなところだよ。だって私は居候の身でしょ? しかもいつ"戻ってきなさい"って言われるか分からない、崖っぷちの居候じゃん? この生活には予告無く終わりがやってくるわけだからさ、こういう日常の1コマを大切にしようって思ってるんだよ」
……全然近くない。
しかし要するに、彼女もいずれ帰らないといけないという考えは持っているという事だ。一晩眠ったことで、ちゃんと理性が現実に向き合い始めたのだろう。
「まぁ、大体分かったよ。とりあえず暇ってことだね。ところで今から服も洗濯するけど、宇月さんのも一緒に洗う?」
「全然分かってないじゃん。……で、洗濯物?それならたしかに一緒に入れてほしいかもっ。……あ、でも待って。その……私の下着とか見られたくないから……やっぱり私がやるね?」
「いや、俺クマさんのパンツ見ても何も思わないから別に大丈夫だよ」
「ちょっ……もう履いてないって言ったじゃん!」
「フフ、冗談だよ。じゃあ悪いけど、よろしくね」
布団を干し終えてリビングに戻る。
ソファの上では凛がスマホを持ちながら転がっていた。テレビも付けているし、テーブルには勉強道具も広げているが、結局スマホに行き着いたのだろう。
その気持ちはすごく分かる。日曜日なので、俺も注意なんてしない。
「凛。病院11時からなんだから、ちゃんと準備しておいてな」
「分かったよ~。病院終わった後はどうする~?」
「特に用事とかないし……帰ればいいんじゃない?」
すると、おそらく洗濯機に洗濯を託したのだろう、やりきった顔をした宇月さんがちょうどリビングに戻ってきた。
「ちょっと待った~! 今日は日曜日なんだよ?みんなでお出掛けしようよっ」
「出掛けるって、どこに?」
「凛ちゃんはあんまり激しい動きできないから、映画とかどう??」
「いいねそれっ。私ずっと家にいても暇だから行きたいな~」
「おぉ~、凛ちゃんもこう言ってる事だし、決まりだねっ。松村くんもいいでしょ?」
「あぁ、映画いいじゃん、行こう」
今回俺が乗り気なのは、気になっているカーレース・アクション映画が上映中だったからだ。
しかし一緒に行くのは宇月さんと凛。2人ともアクションなんて観てくれるのだろうか?
そう思っていた矢先、宇月さんが口を開く。
「私、今やってる恋愛映画が観たかったんだよね~。『クーデレJK vs エイリアン2』ってやつ!」
……なにそれ。ほんとに恋愛系なのか?
タイトルからバイオレンスな想像をしていたところ、凛が嬉しそうに反応する。
「あぁ、それ今すごい人気なやつだよね~!」
「だよねだよねっ。凛ちゃんは観たいのある?」
「私は、『去年買った牛乳、飲んだのは誰ですか』ってミステリー映画が気になってるんだよね~」
……なにそれ。タイトルだけでお腹が痛くなる。
2人とも聞いたことがない映画を挙げてくるけど、ひっそりやってるB級なやつなの? それともジャンル的に俺が疎いだけ?
「それも話題になってるやつだよねっ! 松村くんは何か観たいのある?」
待ってました。
この中なら俺のやつが一番まともっぽい。俺はコホンと咳払いをして発表した。
「俺は『レッドシェル・レーサー』ってアクション映画がいいな」
「なにそれ?B級なやつなの?」
「クーデレJK vs エイリアン2には言われたくないよ」
こうしてタイトルだけ並べるとどれも安っぽいが、正直俺はどれも気になってしまっている。
どれを観ようかと3人で悩んだ末、ここは公平にジャンケンで決めることとなった。しかし、凛は知らないかもしれないが、宇月さんはことジャンケンに関しては反則級の勝率を誇る。俺は未だに彼女に勝てた記憶などない。
自分の勝利を半ば諦めつつ、凛がどれだけ張り合えるか見物だと思っていたところ、勝負は1手であっさりと決着が着いた。結局宇月さんの勝ちだった。
「やったぁ!私の勝ち! 凛ちゃんごめんね?"ミル誰"はまた今度観に行こうね~」
「ううん、全然いいよ~っ。私今回のはどれでもよかったもん」
「よかった~ありがとっ。松村くんもごめんね? 恋愛ものだし、どうせこの映画のことも知らなかったでしょ?」
「えー、あぁ、あれでしょ?クーエイってやつでしょ?」
「ちがうよ。デレリアンだよ」
……違ったか。
そこから昼前になると凛を連れて病院に行き、午後は約束通り宇月さんと3人で映画を観に行った。
デレリアン2は思っていたよりちゃんとした恋愛もので、所々涙腺が緩むぐらいに感動できる名作映画だった。内容が良かったから問題ないが、タイトル詐偽も甚だしいところだ……。
上映中は横の2人からグスングスンと鼻をすする音が聞こえてきていたし、凛も大好きなポップコーンを食べる手が止まってしまうぐらい集中していた。
これは遡って1を観るのもありかもしれない。後でサブスクを調べてみよう。
そして、未だハンカチで目を抑えている宇月さんを連れ、凛と3人で映画館を出る。
「ラスト、感動しちゃった~。一年分の涙流しちゃったかも」
「私もなんだか恋したくなっちゃったよ~」
「わかる~っ。凛ちゃん、好きな人とかいるの??」
「えー、どうだろうね~。明澄ちゃんが教えてくれたら、答えてあげなくもないかな~。ふふっ」
「どど、どうしよう松村くんっ」
「そこで俺に振る??」
あたふたする宇月さんを見て凛と笑っていたら、宇月さんが不意に鞄からスマホを取り出した。
何か通知が来たのだろう、画面をしばらく見つめた後、呆然とした表情で顔をあげた。
「ん?宇月さんどうしたの?」
「お母さんが、帰ってきなさいって言ってる……」




