第86話 自爆系女子
大荷物を持ってきていた宇月さんを見て、一緒に玄関までお迎えにきた凛が高い声をあげる。
「えぇっ、うちに泊まってくれるの~っ?」
「そうさせてもらえると嬉しいなって」
「やった~!じゃあ入って入って~」
傍に駆け寄った凛は怪我をしていない方の手で宇月さんのキャリーを持ち、流れるように中へ誘導しようとする。
「え、ちょっ、ほんとに?」
動揺した俺が2人に声をかけると、宇月さんは申し訳なさそうに返事をした。
「やっぱり迷惑かな?」
「いや、迷惑とかではないけど……。大丈夫?逆に」
「私は全然!……家出しちゃったから、帰りたくはないし!」
「そうなんだ……。ま、まぁ、凛もいるし、布団とかもあるから問題はないか。……じゃあ、宇月さんがいいなら、どうぞ」
「えへへ、ありがと。お邪魔しちゃいますっ」
彼女はいつもよりちょっとだけ余所余所しく家の中に入った。
リビングに荷物を運ぶと、宇月さんは「よしっ、今からご飯作るね~」と食材の入った袋だけをキッチンに持っていき、早速エプロンを着けて料理を始めた。
それを見ていた俺と凛は無意識に顔を合わせる。
何食わぬ顔で料理し始めたが、彼女が特に家出の理由を話さないので不思議に思ったのだ。別に深刻そうな表情もしていないし、一体家で何があったのだろうか……。
「ねぇ、明澄ちゃん何で家出してきたの?」
俺が当たり障りのない質問を必死に考えていたところ、凛がためらいなく核心に迫った。
「あ、あぁそれ?……えっとね、松村くんから聞いてるかもしれないけど、今度のお盆休みに香川の島にアルバイトしに行くんだよ。それをお母さんに伝えたら、ダメって言われちゃってね」
「行くなって言われたの? それで喧嘩して飛び出してきたってこと?」
「うん、そんな感じかな。……だってさ、ダメな理由聞いても中々言ってくれないんだよ。なんで?って聞いてもとにかくダメだって。……で、結局、男の子がいるのにお泊まりなんて行かせられないって言われちゃって」
フライパンの上で炒め物を転がしながら、宇月さんは不満げな顔でそう答えた。
「そっかぁ、そうなんだ。お泊まりしてもお兄ならどうせ何かする度胸とかないし、大丈夫だと思うけどなぁ~」
「そうだよね??一番安全な気がするよね。 お母さん、会ったことないから松村くんの事よく知らないんだよ」
この2人は俺の事バカにしているのか、いい意味で言っているのかどっちなんだ。……いや前者か。
「じゃあ宇月さんは認めてもらえるまで家に帰らないの?」
「うん、そのつもり。迷惑だったら、明日は他の友達の家行くよ」
それを聞いた凛が、驚いた表情で宇月さんに質問する。
「えっ、明澄ちゃん、それって男の子の家だったりする?」
「うーん。だったりするかもね~」
「そ、それはダメだよ!危ないって! お兄もそう思うでしょ?」
なぜ突然こちらに振るんだ。
宇月さんも「そうなの?」と気になっているような顔をしているし。
「いや、まぁ、男だと何してくるか分からないっていうのはあるけど……。なんかあってからじゃ遅いし……。俺もできれば女の子の所に行った方がいいとは思う」
「んー、でも、友梨乃の家は少し遠いしさ。大荷物持って歩くのには、どの人の家も結構遠いんだよね」
「なるほど……」
「それならやっぱりうちに泊まるしかないよ~っ」
凛は絶対ただ泊まっていてほしいだけだろう。
しかし俺も他の案なんて浮かばないし、自分を差し置いて言うのもなんだが、男の家に泊まるのはいかがなものかと思う。
心配……という気持ちもあったが、それ以上になんとなく、他の男の家になんて泊まってほしくないという気持ちが大きかった。
「凛が言う通り、うちは迷惑とかじゃないから。……宇月さんが嫌じゃないなら、好きなだけここに居てもいいよ」
「ほんと?? ありがとっ! ……まぁ本当は他に泊まれるような男の子の家なんてないんだけどね~、ふふっ」
なんか騙された気分。
……と思うのと同時に、彼女がそんな軽い思考ではなかったことに少しだけ安堵した。
「じゃあ明澄ちゃん、今日は一緒にお風呂入ろうよ~っ」
「いいねっ。身体洗うのは私が手伝ってあげるよ。ガールズトークしようね~っ」
「やったぁ。えへへっ」
そこから宇月さんは凛と会話しつつ、キッチンに立ち続ける。数十分で「簡単な物しか作れなかったけど……」と言いながら、しっかりと数品の料理を食卓に並べたところを見ると、彼女の手際の良さがよく分かる。
そして今日も3人で食卓を囲み、みんなで話ながらご飯を終えた。話していたのは夏休みの宿題という考えたくもないテーマだったが。
「あれ、そういやお兄お土産は? まだ私もらってないよ~?」
洗い物を終えると、宇月さんと一緒にリビングのソファでくつろいでいた凛が声をかけてきた。
「あ、ごめん忘れてた。でもちゃんと買ってきたから」
俺は近くに置いてあった袋からお土産を渡す。
凛はすぐに中身を空け、入っていたペンギンの単語帳を取り出した。
「お~っ、ペンギンじゃん。お兄、意外と可愛いやつ買ってくるんだね~」
「それでいっぱい勉強してくれ」
「あ、あの、凛ちゃん。私もちゃんとお土産買ってきたんだよっ」
やり取りを見ていた宇月さんが横から口を挟む。
そして自分の鞄から、同じ袋を取り出した。
「あれ、これお兄のとお同じ袋……。ていうかっ、中身も一緒じゃん!」
……なんと凛の手には、俺があげた単語帳と全く同じものが持たれていた。
「ええっ? 宇月さんもそれにしてたの??」
「えへへっ……。だってこれが可愛いって思ったんだもん~」
「……ていうかそんなことより2人とも! これって、一緒に水族館行ったってこと?」
……あ、まずい。凛にバレてしまった。というか完全に迂闊だった。
そこまで考えが至っていなかった事に、漸くここで気付かされる。
「……な、なんかたまたま宇月さんと会って……」
「そ、そう! 水族館でたまたま松村くんに会ったんだよ!」
「いやいや……。そんなことある?……じゃあ分かった。2人とも、せーので今日のお昼何食べたか言ってごらん?……せーのっ」
「「パスタ……」」
凛の突然の合図に反応できなかった俺たちは、言われるがまま同時に答えを出してしまった。
「ちょっと松村くんっ、なんでほんとの事言っちゃうのっ」
「いやそれを言うなら宇月さんだって……。適当にオムライスとか言っておけば良かったのに」
「私そんなに急にウソつけないよ。それにそういう汚れ役は松村くんが担当してくれそうな気がするじゃん」
「いつもそんなムーブしてたっけ? あんまり身に覚えがないんだけど」
「まあまあ2人とも落ち着いて? とりあえずお土産はありがとね~、大事に使わせてもらうよ。……でもねぇ、いろいろ聞きたいことはあるし~。明澄ちゃん、今から一緒にお風呂入ろっ?」
凛の裏がありそうな笑顔に、宇月さんはおののく。
さっきまで乗り気だったのだから、たぶん一緒にお風呂に入ることではなく、事情聴取の方にビビっているのだろう。
「り、凛ちゃんっ、やっぱり今日は勉強で疲れてるだろうし、一人で入った方がいいんじゃないかな……?」
「えー?私ももう夏休みだし、全然疲れてないよ? あ、もしかして明澄ちゃんはお兄と一緒に入りたかったの~?ふふふ」
「いい、いや、ま、松村くんとは今日混浴したし大丈夫っ」
「ちょっ、宇月さん!?」
宇月さんはそのままニヤニヤした凛に腕を捕まれ、うちのお風呂場へと連行されていった。
途中こちらを振り返った彼女は助けを求めるような情けない顔をしていたが、俺も制止して自分に火の粉がかかることを恐れ、黙ってそれを見送ったのだった……。




