第84話 魚心あれば水心
館内を少し歩くと、"こんぺいとうハウス"なる建物に着いた。
黄色くて丸っこい小さな建物で、"コンペイトウ"という可愛い魚をモチーフにしているらしい。
中に入ると、狭く暗めの空間にいくつか小さな水槽が並べられていた。
「ねーね、この子たち、コンペイトウって名前の魚らしいよ。ダンゴウオ科?なんだってさ」
「そうなんだ。パッと見フグかと思ってた。ていうか名前、見た目のまんまだね」
俺がコンペイトウの写真を撮ると、宇月さんは水槽に顔を近づけて話す。
「名前も見た目も、すっごく可愛いよね~。でもさ、何でもかんでも見かけで判断しちゃうのもなって、私は思うよ」
「というと?」
「いやぁ~、人間だってそうじゃん?」
宇月さんは魚たちを眺め、儚げに微笑みながら話す。
「タイプですって言って告白してくれる人とかいるでしょ?それもすっごく嬉しいんだけど、中身は見られてないのかなって感じちゃうんだよ。一目惚れだとなおさらそうだしね。顔から興味もってもらえるのは有難いことだと思うから、そこから中身も知ろうとしてくれたら、もっと良いのになって。…………って、友達が、言ってた」
「なるほど」
美人は美人で悩みがあるのだろう。天羽さんの時のように、断る方だってしんどいに違いない。
それでも相手の事は決して悪く言わず、包み隠さず"嬉しい"という表現を使う宇月さんは、優しくて澄んでいて、素敵だ。
「そういう言い方できるのが、宇月さんの良いところだよ」
「え?……く、口説いてる??」
「え?……たしかに。この会話の流れだとそう思われても仕方ないかも」
「……て、ていうかっ、友達の話だって!」
別に羨んだり妬んだりしないし、バレバレな隠し方をする必要はないんだけどな。
後ろから必死に言い訳してくる宇月さんを差し置き、俺はこんぺいとうハウスの外へ出た。
「ねー、松村くんは一目惚れとかするの?」
後に続いてハウスから出てきた彼女は、手を後ろに組んでこちらの視界に飛び込んでくる。
「しないよ。……って思ってたけど、意外とあるのかも」
「えっ?……誰?」
呆気に取られる彼女に、持っていたスマホの画面を見せる。
そこに写し出したのは、今さっき撮ったばかりのコンペイトウの画像だ。
「うふっ、可愛い……。じゃなくてっ!人間の話だよ」
「人間かぁ。それなら今までにしたことはないね。でももし一目惚れしたとしても、それで告白するつもりはないよ。だって、顔だけが好みでアタックしたってことは、相手もまだ自分の顔しか見てくれてないって事でしょ? 俺はそんな負け戦はしたくないし」
「だから松村くん、自分を低く見積もりすぎだってば。……でもよかった」
「何で?」
「……え?……えとっ……あっ、友達が叶わぬ恋を追いかけるの見てられないでしょ? だから、一目惚れしないなら良かったな~……みたいな……?」
「宇月さん。励ましてるのか蔑んでるのかどっちなの……」
そろそろいい時間になったので、俺たちは水族館を出ることにした。
出口付近にあったお土産屋でそれぞれお土産を買い、コンペイトウモチーフのキャラクターが描かれた可愛い袋を提げながらバスへ乗車する。
この後は温泉地の駅で足湯に入って帰るだけなので、お出掛けも終盤といったところだ。
「松村くん、凛ちゃんのお土産は何買ったの?」
バスの中。隣の席に座っている宇月さんが袋を覗き込んできた。
「俺は単語帳にしたよ。ペンギンのやつ」
「えっ、ほんと??」
「うん。どうしたの?そんなに驚いて。意外だった?」
「いやっ、まあそうだね」
宇月さんのこのリアクション……。
凛は女の子だし、少しぐらい可愛いのをあげても大丈夫だろうと思っていたのだが。もしかして中学生がペンギンを使うのは恥ずかしいでしょとか、そんな事を思われているのだろうか。
……まぁ家だけで使ってくれれば良いし問題ないか。お土産を渡すとき、凛のリアクションを観察してみよう。
「宇月さんは?何買ったの?」
「私も凛ちゃんに一つ買ったんだけどさ、それは帰ってからのお楽しみっ。あとはね~……」
そう言って彼女は袋の中をまさぐる。そして小さなストラップを手に持ち、ぶら下げるように俺の目の前に見せつけた。
「これっ!可愛いでしょ?」
バスの揺れと一緒にプラプラ揺れていたのは、黄色くて丸っこい魚。コンペイトウだった。
「あっ、それは……」
「ふふふっ。松村くん実物見て一目惚れしてたもんね~。……だからこれ、松村くんにあげるねっ」
宇月さんは手に持っていたストラップをそのまま俺に渡してきた。
「……え?俺に?」
「うん。今日のお礼だよっ。ペンギンのお散歩の時は迷惑かけちゃったしね」
そんなことを気にしていたのだろうか。こちらとしてはただの良い思い出なんだけど。
「あ、ありがとう。あの時はすぐ見つかったし、全然気にしなくていいのに」
そう言って隣に座る宇月さんを見ると、彼女は小さな声で返事をした。
「じゃ、じゃあ、今日楽しかったお礼だから。それだけっ」
「そ、そう。ありがと。…………実は宇月さん。俺からも渡したいものがあって」
「え?」
俺は自分の袋から、買ったばかり商品を取り出す。そしてそれを手でつまみ、彼女の目先にぶら下げた。
「コンペイトウ!……ていうか、一緒なやつじゃん!」
そう。俺が購入していた物も、彼女が買ったのと全く同じコンペイトウのストラップだったのだ。
「はは。実は俺も宇月さんにあげようと思って買ってたんだよ。でもそっちも同じやつ買ってるとは思わなかった」
彼女の手にストラップを乗せると、丸い目でこちらを見つめてくる。
「ほ、ほんとに私にくれるの? でもなんで?」
「今日楽しかったから。それだけだよ」
「……なんかズルいかも。……でも、嬉しい。ありがとっ。大事にするっ」
小さなそれを両手でぎゅっと握りしめ、彼女は気恥ずかしそうに笑った。
優しく揺れるバスは、目的の駅までもう少し。
いつもなら眠気が襲ってくる時間だが、今日はそうでもない。
隣には、ストラップを眺めながら「どこに付けようかな」と嬉しそうにしている彼女がいて。
俺は胸の辺りがポカポカと温かくなるのを感じながら、四角い窓に移ろいゆく夏の景色を眺めた。




