第82話 あなたが落としたのはこの金のブレスレット……ですね!
触れ合いコーナーではカニやタコの他、ナマコやウニの水槽もあったが、宇月さんがヒトデにはしゃぎすぎたので俺たちは1度休憩することに。
そして近くの洗い場で手を洗っていると、若い女性が後ろから話しかけてきた。
「あのっ、すみません。この辺りにブレスレット落ちてませんでしたか……?」
「ブレスレットですか」
洗い場の周辺を見渡すも、それらしきものはない。
隣にいた宇月さんに視線を向けるが、彼女もプルプルと首を横に振った。
「ないですね……」
「そうですか……」
女性が残念そうに肩を落とすので、「ここで落としたんですか?」と心当たりを聞いてみる。
「どこで落としちゃったのか分からなくて……。この水族館の中なのは確かなんですが」
「そうなんですね……」
女性は困り果てた様子で洗い場の周りを調べ続ける。
こんなに悲しそうな人を放ってはおけない。
だけど今は宇月さんと一緒にいるし、俺だけ突っ走ってお手伝いを申し出るわけにもいかないよな……。
そんなことを思いながら隣の宇月さんに視線を向けると、彼女は俺の顔を見て深く頷いた。
「松村くん、大丈夫だよ。私も同じ気持ちだから」
俺の表情を見て察してくれたのだろう。
一緒に見る予定だったペンギンのお散歩まであまり時間はなかったが、宇月さんの優しさに甘え、2人で女性の手伝いをする事にした。
「宇月さん、ありがとう」
「うんっ」
優しく微笑む彼女と一緒に、今もキョロキョロとブレスレットを探し続けている女性へ再び声をかける。
「あの、よければ一緒に探しますよ」
「ほ、ほんとですかっ! ありがとうございます!」
女性は俺たちに向かって深く頭を下げた。
「探すのにある程度の目星をつけたいなって思ってるんですけど、今日はどの辺りのコーナーを見て回ったんですか?」
「実は……すでに水族館一周してしまっていて。もう帰ろうしたところで、ブレスレットが無いことに気付いてしまったんです」
つまり、ブレスレット捜索範囲は水族館の全てということか。それはなかなか見つからないのも頷ける。
ここは効率的に二手、もしくは三手に別れて探すのがいいのかもしれない。
「じゃあ3人で手分けして探しましょうか。とりあえず皆で別々の所を探して、15時にまたここに集合でどうですか?」
俺は近くにあった地図を見せながら、3人がそれぞれ探すエリアを簡単に振り分けた。
「いいんですか……? すみません。お2人の時間を邪魔してしまって」
「いいんですよっ。気にしないでくださいっ!」
宇月さんが明るくそう答えると、女性はこちらを見て微笑む。
「とっても素敵な彼女さんですねっ」
「そうなんです。彼女ではないですけど」
それを聞いた宇月さんは照れ隠しなのか、頬を赤らめながらペシッと俺の腕を軽く叩く。
「よ、よしっ、じゃ、じゃあ私、早速探してくるね!」
彼女は特に腕まくりする必要がない五分袖をクイッと持ち上げながら、俺と一切顔を合わせずに向こうへ去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、女性は再び微笑む。
「うふふ。可愛いですね、彼女さん」
「そ、そうですね。彼女じゃないですけど……」
女性と別れて、俺もブレスレット捜索に当たる。
さっきブレスレットの特徴を聞いてみたが、"細くて金色で特徴がないのが特徴って感じのブレスレット"と言っていた。
細くてコンパクトにまとまってしまうから、落ちていてもあまり目立たないそうだ。
もしかしたら気付かれず誰かに蹴飛ばされて、道の端の方にいってしまっているのかもしれない。
俺は下を向いて隅々まで見渡しながら館内を歩き回った。
無いな…………。
歩き続けること約20分。
もう全館の半分ぐらいは見て回っただろうか。
自分が探すことになっていた担当エリアは隅々まで探したし、その他のエリアも多少踏み込んでみたものの、ブレスレットは見つからない。
そろそろ集合の時間だし、他の誰かが見つけている事を願おう。俺は何の成果も得られないまま先程の洗い場へ戻った。
洗い場に着くと、ブレスレットを無くした女性が俺に気付き、「ああっ!」と大きな声を出して駆け寄ってきた。
そしてその手に持っていたのは……金色のブレスレットだ。
「すみませんっ!こんな時間まで探していただいて!」
「見つかったんですね!」
「はいっ、実はあのあと割とすぐに、彼女さんが見つけてくれて……。それで彼女さんはお兄さんを探しに行くって言ってどこかへ行ってしまいましたが、もしかして会ってないですか……?」
「え?……会ってないですね」
宇月さんのおかげでブレスレットは見つかったようだ。とりあえずよかった。
しかしこの流れ……。まさか宇月さん、迷子?
嫌な予感がすると俺の顔に書いてあったのか、女性が心配そうに見つめてくる。
「迷ってしまったんでしょうか……?」
「それはさすがに…………いや、無いとも言いきれないですね……」
宇月さんだ。頭は良いが、迷子になっていてもおかしくない気はする。
まぁたぶん何か理由があるのだろう。事件に巻き込まれていなければいいが。
「じゃあ、お兄さんから連絡していただいてもいいですか?」
「彼女、スマホの充電切れちゃってて。……あ、でもいいですよ? お姉さんは帰るところだったんですよね? もう大分時間が経ってしまいましたし、先に帰っちゃってください」
「ええっ、そんなの悪いです。せめて彼女さんが見つかるまではっ!」
「いやいや、いいんです。残ってもらうと、早く探さないとと思って逆に気を遣っちゃうんで。気にしないでください」
「そうですか……。じゃあお言葉に甘えて、私は失礼しますね。本当にありがとうございました。彼女さんにもよろしくお伝えくださいね」
「はい、お気をつけて。……彼女じゃないですけど」
女性は深々と頭を下げ、ブレスレットを大事そうに持ちながら出口の方へ帰っていった。
……よし、次は宇月さんを探すか……。
時刻は既に15時を過ぎている。
ペンギンのお散歩、あんなに楽しみにしていたんだから、宇月さんが敢えて戻ってこない理由はないだろう。
そしてこの時間で戻ってこないということは、俺が探しに行くしかないという事だ。
宇月さんは俺を探しに行ったのだから、さっきまで俺がネックレスを探していたエリアにいるかもしれない。
そう考えて建物を移動しようと外に出る。
するとすぐそこに、トボトボと可愛らしく歩いているペンギンたちの群れがあった。
「はい、次は右に曲がって深海魚の館の方へ歩いていきましょう!」
拡声器を持った飼育員らしきお姉さんが、ペンギンの群れと一緒に歩きながら説明している。
「ここのペンギンさんは人間ととっても仲良しなので、私たち飼育員が歩くと、いつも後ろを歩いてきちゃうんですよ~。今、先頭に大きなペンギンさんがいますが、みんな何も言わなくてもあの大きなペンギンさんに付いて行っちゃうんです。可愛いですよね~」
お姉さんが手を向けている方には、ヨチヨチと歩く大きなペンギン……というか、ペンギンの着ぐるみを着た人の後ろ姿が見えた。
その後を小さなペンギンたちが歩いている。……なんか可愛いな。
それを見た俺はあることを思い付いた。
自分の鞄の中からハンカチを取り出す。
……宇月さんに渡された黄色いハンカチを。
そして飼育員のお姉さんに質問した。
「あの……ペンギンって、嗅覚はいいんですか?」




