第80話 アイスコーナーの前で約2分
「島で失くしちゃった物ってなんなの?」
「貝殻でできたネックレスだよ」
貝殻で……というだけで決めつけるのは浅はかかもしれないが、思い出の品なのだろう。今でも探したいと思っているのは、大切な物である何よりの証拠だ。
「そのネックレス、島のどこかで落としちゃったとか?」
「んー、そんな感じっ。たぶん川で失くしちゃったんだと思う」
「そっか、じゃあ今でも残ってるか分からないね。でもよければ俺も一緒に探すよ」
「ほんとっ?ありがとっ!」
彼女は前のめりで嬉しそうに返事をした。
バイトして、お地蔵さんも探して、ネックレスも見つけるとなると大変かもしれない。でも、そんな忙しい休みさえも、きっと宇月さんは心の底から楽しみにしている。俺だってそうだ。宇月さんに影響されて、そういうのも悪くないと思えるようになったから。
「ちなみにそのネックレスって、誰かにもらったものなの?」
もしかしたら言いたくない部分かもしれないが、気になってしまったので質問してみた。
「うん、一応ね。……気になる?」
「……まぁ、うん」
「……その時好きだった、男の人だよ」
彼女は言いづらそうに、作り笑いでそう答えた。
自分で聞いたのに。それにある程度想定内の答えだったはずなのに、俺はなぜか少しだけ後悔してしまった。
「…………へぇ~、そうなんだ」
好きだった男の人……島で会った人、もしくは元カレとかだろうか……。
何かを思い出しているのか、彼女がぼんやりしながら悲しそうな表情をしたので、俺もそれ以上掘り下げはしなかった。
ランチを食べ終えて店を出る。水族館まではバスで移動なので、歩いてバス停へ向かった。
「ねぇ、松村くん。日焼け止め持ってない?」
「俺使わないし、持ってないよ。どこかで買ったら?」
「んー、ただ買いに行くだけじゃつまらないからさ、勝負して負けた方が罰ゲームで買いに行くのはどう?」
宇月さんは店を出てからいつもの調子に戻っている。先程のネックレスの話でなんとなく気まずい雰囲気になってしまっていたため、こうして勝負をしかけてくるだけで、普通に会話していいのだと安心してしまう。
「いいよ、受けて立とう」
しかし返事をしてから気付いた。
……あれ?俺、日焼け止め使わないって言ったよね?
「それでこそ松村くん! じゃあここからケンケンして、あそこのコンビニに早く着いた方が勝ちね!」
そう言って彼女は遠くのコンビニを指差し、もう片足立ちになっている。
「分かったよ」
よーいドンで、一緒に片足立ちになってスタートした。宇月さんは軽やかな足取りでチョンチョンと俺の前を跳ねていく。自分も追い付こうと、なるべく一歩一歩を大きくして必死に前へと進んだ。
「あはははっ、松村くんっ、必死じゃんっ」
「宇月さんはっ、体重っ、軽いからっ、いいよねっ」
「そうやってっ、褒めても、手加減っ、しないからっ」
「さっきっ、もっとっ、たくさんっ、食べさせればっ、よかったっ」
横に並ぶと、宇月さんは笑顔で嬉しそうにケンケンで跳ねた。
そして数十メートル。息を切らしながらようやくゴールのコンビニに着いた。
「ふぅーっ。よしっ、勝った!危なかった!」
「ふぅーっ。長かった~! 松村くん、後半の追い上げがすごかったね。これは完全に負けちゃったよ。ケンケンの才能アリだよ」
「……なんか俺の才能、しょうもないやつばっかじゃない?」
「そうかな?犬のフンを踏んづけちゃった時とかにいいと思うよ?」
「そういうのがね……」
宇月さんフフッと笑うと、「じゃあ私負けちゃったから」と言い、手で顔を仰ぎながらコンビニへと入っていった。
あ、ここで買うんだ。……罰ゲームとは一体……?
数分後。
宇月さんは爽やかな顔で日焼け止めを持って出てきた。
「お待たせ~」
「宇月さん。気付かなかったけど、もうすぐバス来ちゃう時間だよ。急ごう」
勝負に夢中になっていたが、もうそんなに時間はない。バス停まで早足で行けば間に合うぐらいだろうか。
「え、ほんと?どうする?流行りのケンケンにする?」
「ケンケン流行ってるのここだけだよ。ちゃんと2本足で歩いて……」
早歩きでバス停に向かう。着く頃にちょうどバスが走ってきて、2人で慌ててそれに乗車する。
「セーフっ!ちょうどバスが来てよかったねっ」
「ほんとに。このバスを逃してたら40分後だったからね。そんなに待つのは暑いし、危なかったね」
「あっ、調べてきてくれたんだ?」
「それはまぁ、紳士ですから」
こちらへどうぞと宇月さんを先に座らせ、その横に並んで座った。
水族館行きだというのに、乗客はそれほど多くない。ファミリーは車で向かうような場所なのだろう。車内には祖父母と孫のような組み合わせがいくつか見られる。
宇月さんは窓の方を眺め、動き出したバスに子供のように興奮している。
そしてひとしきり景色を堪能した後、こちらを見て話し始めた。
「ねね、島に行く話なんだけどさ。他に誘えそうな人がいたら誘っておいてって、かおりんに言われてるんだよね」
「そうなんだ。バイトの人手があればあるだけいいってこと?」
「うん、そう言ってたよ。だから何人か声をかけようと思ってるんだけどね~、友梨乃、ペン見くん、コハちゃんあたりでどうかな?」
「いいと思う。もし聞かれてたら俺も同じ答え出してたよ」
「だよねっ!」
宇月さんは目の前で勢いよく親指を立てた。
そういえば、あれから誠一郎と委員長は進展があったのだろうか……。
「そういえばペン見くんとコハちゃんって、今どんな感じなのかな?」
「ははっ。今俺も全く同じこと考えてた」
「ええ?そうなの? やっぱりさ、2人のこと見てると応援したくなっちゃうよね。なるべく見守るだけにしようって思ってるけど、この夏休みできっかけぐらい作ってあげられるといいなって」
「そうだね。2人を見てると俺でもむず痒くなるよ。最近の委員長って男子に人気があるから、早くしないと誰かのものになっちゃうかもしれないしね。誠一郎には頑張ってもらわないと」
「やっぱりそうなのっ? コハちゃん美人だからね~、絶対人気あると思った!」
「まぁ、宇月さんも相当噂されてるけどね」
「えっ?私??……"あいつ最近太ったな"みたいな?」
「……いや、今の流れでそうはならんでしょ。可愛いって噂されてるんだよ」
「そ、そうなんだっ……」
彼女は珍しく恥ずかしそうに頬を赤らめ、俺からスッと視線をそらした。
そしてまたこちらを向いて呟くように告げる。
「……じゃ、じゃあ、うかうかしてると、誰かのものになっちゃうかもね」
俺はその言葉を聞いて、彼女の目を見つめる。
「そうだね……」
そしてその目を見つめたまま、バスの降車ボタンを押した。
ピンポーーン。
『次、停まります』
宇月さんは俺からすぐに目をそらすと、プイッと窓の方を向く。
外を眺める彼女の耳は、後ろから見ても分かるぐらい赤く染まっていた。




