第78話 今日は凛ちゃんのお祝いの肉じゃがだよっ
学校からの帰り道。
今日は宇月さんがうちで家事手伝いのバイトをする日なので、どうせならと一緒に帰ることにした。
帰り道から少し逸れた場所にある小さなスーパーに2人で立ち寄り、夕飯の食材を調達して再び家路につく。
スーパーから出た後、歩きながら宇月さんが質問してきた。
「松村くん、今日の晩ごはん何がいい?」
「それ普通買い出しする前に聞くよね? 今日は肉じゃがにするって、さっき食材買ってたじゃん……」
「いや、もし"カレーがいい"って言ったら、カレー味の肉じゃがにならできるよっ」
「カレー味の肉じゃが……それはもうカレーだよ」
「そっか、それはもうカレーか……」
彼女は腕を組んで真剣な顔で呟いた。
「……深いね」
「え、どこが……?」
スーパーの袋を手に持ち、カシャカシャと音を立てながら並んで歩く。
「……ていうか、ありがとね。買った食材持ってくれて」
「ううん全然。一緒に来た甲斐があったよ」
「ほんとに助かっちゃったよ」
食材自体は大した重さではないが、学校の荷物も一緒に持っているとなると、女の子にとっては結構な負担になるだろう。これぐらいしかできないが、少しでも役に立てているようで良かった。
松村家に着いて玄関の扉を開けると、置いてある靴を見て宇月さんが元気な声をあげる。
「おっ、凛ちゃんもう帰ってるっ」
「ほんとだ。静かだし、たぶん勉強してるね」
「私たち邪魔しないようにしないとね」
「そうだね」
リビングの中に入ると、今日も凛は食卓で勉強道具を広げていた。
「あ、おかえり2人とも~」
「ただいま」
「ただいま凛ちゃんっ」
「明澄ちゃん、今日のご飯はなに~?」
「今日は肉じゃがだよっ」
「やったぁ~! お兄の料理も結構いけるんだけどね、やっぱり明澄ちゃんのが一番なんだよ~。いつお嫁に来てくれるの?」
「ええっ、おお、お嫁さん?!……はちょっと……まだ私15だし……!」
「じゃあもう少し待たないとか~」
「そ、そだよっ」
それだともう少し先なら来てくれるみたいじゃん……。
凛が宇月さんをからかうので、俺まで動揺してしまう。ここに母がいたら、宇月さんはもっと質問責めになっていただろう。……いなくて良かった。
「そ、そんなことより凛。勉強頑張ってるじゃん。宇月さんは今から料理してくれるから、凛は勉強続けような」
「分かってるよぉ。でもせっかく明澄ちゃんがいるから、明澄ちゃんに教えて欲しかったな」
凛はキッチンで買ってきた食材を取り出している宇月さんの方を眺める。
「いや、凛ちゃん。勉強なら松村くんに聞いた方がいいよ。今回の期末テスト、松村くんの方が成績良かったんだから!」
「えぇ、そうなの?」
それを聞いた凛はこちらの方を見る。
その顔、意外だと思ってるな?
たしかにこれまで家で勉強とかあんまりしてこなかったし、普段の様子から俺の成績がいいなんて微塵も思っていないのだろう。まぁ良かったのは今回だけだから間違いではない。
「え、お兄って実は勉強できるの?」
「そうだよ、松村くんすごいんだから!」
なぜか宇月さんが嬉しそうに返事をする。
……宇月さんとは誤差ぐらいなんだけど。
「そっか、そうなんだ。じゃあお兄と同じ血を引く私も、頭いいってことじゃん~」
「絶対そうだよ!」
根拠のない理論に宇月さんが同調する。
「そうだよね! やったぁ、これで受験はバッチリだ~!」
「そうだよ!おめでとう凛ちゃん!」
「やったやったぁ~!」
合格したわけでもないのに一緒にバンザイしている2人を差し置き、俺は自分の部屋へ荷物を置きに行った。
自分の部屋に入って思い出す。
お盆は福徳さんのおばあちゃんの所に行くんだよな。それに明日は水族館へ行くんだったっけ。
学校でも家でも宇月さんと過ごしているのに、夏休み中も一緒なのか。宇月さんばっかりじゃん……。
そう思いながら自然と頬は緩んでしまっていたので、きっと自分はこの夏休みを楽しみにしているんだろう。
明日来ていく服とか、また後で考えないと。それに行き方とかバスの時間、もう一度確認しておかないと。
一緒に行く相手が今も同じ家にいるというのに、なんだかソワソワしてくる。あの日天羽さんもこんな気持ちだったんだろうか。
自分の気持ちを落ち着かせるためにも、やっぱり凛の勉強を見ることにしようと思い、俺は再びリビングに戻った。
宇月さんは夕飯を作り初めていたので、それが出来上がるまでの間、凛の横に座って勉強を教える。
しばらく一緒に問題を解いてみたが、結構理解力は高いようだ。これなら、真面目に勉強すればうちの高校に受かるぐらいにはなるだろう。
しかしよく考えると、凛と受験のことなんて深く話したことはなかった。彼女が一人で問題を解いている途中、気になったので質問してみる。
「ところで凛はどの高校受ける予定なんだ?」
「え?もちろん生武高校だよ?」
「え?そうなの?」
「うん。進学校だからさ、頑張って勉強しないと入れないけどね」
「それじゃあ受かったら私たちと一緒だね!」
出来上がった料理を食卓に運びながら、宇月さんが反応した。
「うちを選んだ理由って、やっぱり松村くんと一緒がいいから?」
「ううん、違う違う。家が近いからだよ~」
「え?それだけ?」
「うん、そうだよ~」
"お兄ちゃんと同じ高校がいいから" なんて2次元の世界でしか聞かない重度のブラコンな理由ではなかったため、俺も安心した。
……いやでも、普通、家からの距離だけで決める?
やましい理由ではなくても、安直すぎてそれはそれで心配なんですけど。
そう思っていた矢先、宇月さんが口を開く。
「今改めて思ったよ。やっぱり凛ちゃんって、松村くんの妹なんだね」
「……いや、俺でもそんな理由で決めてないからね?」
夕飯が全て食卓に出揃ったため、今日も3人でいただきますをする。
おいしそうな料理が並ぶ前で、凛はまたスマホを構えて何枚も写真を撮っていた。
「凛。写真もいいけど、早くしないと冷めてくよ」
「えぇ~。だってこんな綺麗にできてる料理、残しておかないともったいないよ~」
「そういう時は心のフィルムに焼き付けるんだよ」
そう諭すと、凛が不服そうに言い返してくる。
「お兄なに言ってるの?今時はデジタルなんだよ? データで残すんだよ」
そして宇月さんも目を瞑って頷きながら応戦してきた。
「そうだよ松村くん。心のフィルムじゃ可愛いは共有できないんだよ。思い出を誰かとシェアすることで広がる素晴らしさがあるんだよ。日常のキュンは、シェアハピでキュンキュンになるんだよ」
「……全然意味わかんない」
「まぁでも凛ちゃん。ご飯ぐらいいつでも作ってあげるんだから、そんなに特別に思わなくていいよ?」
「明澄ちゃん……ありがと。もう腕治んなくてもいい気がしてきちゃった」
「そ、それは困るから、いっぱい食べて早く治してね」
まだ数回しか会っていないが、凛は宇月さんにかなり懐いている。「明澄ちゃんはいつくるの?」って、毎日のように聞いてくるし。
でも凛の腕が治ってしまったら、宇月さんはうちでバイトする必要がなくなってしまう。そうなったら別に仕方のない事なのだが、きっと、早くもその時の事を気にかけているのだろう。
「あ、凛。そういえば明日はお昼前には出掛ける予定だから、昼食は自分でなんとかできるか? 夜には帰ってくるけど」
「うん、それぐらい大丈夫だよ~。どこ行くの?」
「えーっと、海の方」
「ふぅ~ん、そうなんだ~。あ、明澄ちゃんは?明日は来ないの~?」
「うん、ごめんね。私も明日出掛ける予定なんだ。夜なら、一応来られるけど」
「そっかぁ~。明澄ちゃんはどこ行くの?」
「えっ?」
今のところ凛には明日の事を何も伝えていない。水族館に行くことも、もちろん宇月さんと出掛けることも。
"デートだ"って思われるのは何だか恥ずかしいし、できればここは伏せておきたいのだ。
俺はバレないよう表情を変えず、宇月さんに視線のみのアイコンタクトを送った。
「えと…………。さ、魚の方、かなっ」
俺の視線に気付き、宇月さんは人差し指を立てながらそう答えた。
嘘はついてないけど……何?魚の方って。
「ん?そ、そうなんだ~? あ、じゃあ私ひとりぼっちかぁ。お兄、お土産でも買ってきてよ~」
「う、うん。何か買ってくるよ」
「私もっ、凛ちゃんに何か買ってきてあげるねっ」
「やったぁ、ありがとっ。楽しみ~」
この時、俺はなぜ気付かなかったのだろう。
2人がお土産を買ってしまったら、同じ行き先だった事なんてすぐにバレてしまうという事に……。




