第77話 最初"うづきん"って呼ばれたんだよ……
宇月さんの松村家でのアルバイトは今のところ不定期で、彼女の余裕がある時という事になっている。次のバイトは金曜日の予定だ。
それも母親と宇月さんで取り決めたそうだが、相変わらず俺には何の相談もなかった。そもそも宇月さんが雇われた理由が"若い女の子だから"という訝しい理由だったため、余計なことを言って俺が契約解消にしてしまわないためなのだろう。
……てっきり母は家のことを心配していると思っていたのだけれど。息子に彼女がいないことを一番心配していたのでしょうか?
金曜日、終業式の日。
終業式も期末テストの返却も無事に終わり、夏休みの課題もこれでもかというぐらい膨大な量が出された。
だが、宿題がどれだけ多かろうが、明日から長い夏休みが待っているんだ。……そんな無敵感がどこからか湧いてきて、教室の中は普段よりかなり浮わついた空気になっていた。
担任の佐藤先生が最後のホームルームを終えると、部活がある生徒は部活へ、何もない生徒は今後の予定を楽しそうに話したりして、みんな次々と教室から出て行った。
……ついに、夏休みが始まった。
「松村くん、なに眠そうな顔してるの?」
教室の生徒がほとんどいなくなったあたりで、宇月さんが窓際の俺の席に来た。
「あ、宇月さん、俺そんな眠そうだった?」
「うん。今はさ、"ついに俺たちの夏が来たっ"……って顔するとこでしょ」
「概ねそんな感じのこと思ってたはずなんだけど」
「え、私にはボーッと雲眺めてただけに見えたよ?」
「ボーッと眺めてたけど、心の中ではそう思ってたんだよ」
「……んー、まだ私若いからよく分かんない」
「……同い年だよ」
宇月さんが俺のところに来た理由は、今から一緒に部活に行くためだ。夏休み前の最終登校日だというのに、 生徒相談部は今日もしっかり休まず活動をすることになっている。誰も来ないと思うけど。
部室へ向かう廊下を歩きながら、宇月さんが嬉しそうに話しかけてくる。
「松村くん、今日は何する~? 泥団子作りの続きやる?」
「宇月さん、それ前も言ってたけど、泥団子なんて作り始めてすらないからね?」
「そうだっけ?」
いつもの如く、階段を上がって3階の部室へと向かう。
そして部室がある廊下に差し掛かったところで、宇月さんが前を見て何かに気が付いた。
「あれ?部室の前に誰かいない?」
言われて前方を見ると、たしかに生徒相談部の部室の前あたりで、扉を見つめて立っている一人の少女がいた。
俺たちが近づくと、その少女は宇月さんの方を見て声をあげた。
「あっ、あすみん!」
「おおっ!かおりん!」
名前を呼ばれた宇月さんが嬉しそうに駆け寄る。
「かおりんどうしたの?こんなところで」
「あすみん、生徒相談部って部活やってるんだよね? 今日は相談があって来たわけさ」
「おお~っ、それは大歓迎だよ!じゃあ入って入って!」
宇月さんが少女を中に案内し、俺も一緒になって部室へと入室する。
部屋にある大きめな机を挟み、俺の横に宇月さん、そして向かい合う形で少女が座った。特徴は……前髪ぱっつんだ。
「さてさて、本題に入る前に……。あすみんの彼氏さんカナ?」
ぱっつん少女は俺の方を見てニタリと笑う。
「ち、ちがっ……。宇月さんと一緒に生徒相談部をやってる、松村蒼汰です」
「あらら、そうだったか~。この横並びのしっくり感、てっきり彼氏さんだと思ったんだけどなぁ」
「か、かおりんっ。わ、私たち付き合ったりしてないよっ。"しっくり"じゃなくて、どちらかと言うと"しっとり"なんだよっ」
「……宇月さん。それもたぶん違うよ」
「へ?」
向かいの少女は俺たちのやりとりをまたニタリと見届けると、コホンと咳払いをして自己紹介を始めた。
「えー、私、1年C組の福徳 香って言います。あすみんとは委員会が一緒で仲良くなったの。よろしくネ~」
俺に向かい片手を振って挨拶してくる。
初対面なのに随分とノリが軽い人だ。
「よろしく」
「うんっ、よろしく。蒼汰くんだから……"そーたん"だねっ」
なんというコミュ力だ。
きっと最初に人見知りしたであろう宇月さんも、このノリで懐柔されてしまったに違いない。
「私の事もかおりんって呼んでくれていいよ?」
「い、いや、とりあえずは福徳さんで……」
「そう?呼びたくなったらいつでも呼んでよね?」
「ああ、ありがとう」
かおりん……じゃなくて福徳さんは、両ヒジを机の上についてこちらを見つめる。
「……にしてもそーたん、こんな誰も来ない部屋で可愛いあすみんを独り占めしてるなんて、けしからんヤツめ~」
「ちょっ、かおりんっ。ま、松村くんに変なこと言わないでっ」
「あはは~、ごめんごめん。少しからかいたくなっただけだよ」
本当に強烈な人だ。あの宇月さんが一緒にいてここまでたじろいでいるとは。
「で、かおりん。相談ってどうしたの?」
「あぁ、そうだった。えっとね。実はおばあちゃんの思い出探しを手伝って欲しくてね」
「思い出探し?」
福徳さんはふざけるのをやめたのか、落ち着いた口調で話し始めた。
「そう。私のおばあちゃん、香川にある小さい島に住んでるんだけどさ、もう結構な歳だから足腰が弱っちゃっててね。全然まだ危篤ってわけじゃないんだけど、あんまり遠くまで歩くことができなくて。……それでね、おばあちゃん、"死ぬまでにもう一度お地蔵さんを見たい"って言い出したんだよ」
「お地蔵さん?」
「そっ。亡くなったおじいちゃんと、そのお地蔵さんの前で結ばれたんだってさ。だから写真でもいいからひと目見たいらしくてね~」
「じゃあ私たちがそれを探しに行くってこと?」
「簡単に言えばそーいうこと! おばあちゃんかなり昔のことだから、お地蔵さんの場所を思い出せないんだよ。島のどこかにあるはずだから、それを探すの手伝ってくれないかな?」
宇月さんは話を聞くと、こちらを見て頷いた。
「そういうことならっ、私たちに任せて!」
「おーっ、ありがとう~!さすがあすみんとそーたん!」
「あっ、でも私、夏休みはたくさんバイトしようと思ってるからさ、あんまり長くはいられないかも」
「あすみん言ってたもんね、めっちゃ働くって。そこで提案なんだけど……おばあちゃんちって民宿やってるからさ、そこでバイトしない?」
「え、バイト??」
「そそっ。働きながらだとバイト代がもらえる上に宿泊代もかからないしさ。それに島までの旅費も出してもらえるだろうしっ」
「いいねそれっ!」
ん?……ということは?
「松村くん、人生初バイトできるチャンスだよっ」
「え?あ、うん」
やっぱり俺もバイトするのね。
「福徳さん、バイトっていつから?」
「お盆休みが一番忙しいからさ、お盆の間に来てくれると嬉しいんだけど」
お盆休みか……。
お盆ならうちの両親も帰ってくるだろうし、凛を一人にする事もない。……人生初バイト、やってみますか。
「わかったよ。それなら大丈夫」
「やったぁ! 楽しみだねっ」
宇月さんはこちらを見て可愛らしく笑った。




