第76話 一緒にお風呂?熱々鉄板ジョークだよね?
学校の鞄を部屋に片付け、うがい手洗いを終えた後リビングに戻る。すると、その頃にはすでに夕ご飯の準備は完了していた。
「松村くん、ちょうどご飯できたよ。みんなで食べよっ」
「あ、うん。ありがと」
宇月さんと凛と3人で食卓に座り、いただきますと一緒に手を合わせる。
「松村くんどう?美味しい?」
「俺まだ箸すら持ってないんだけど?」
隣に座る凛は、いただきますの後すぐにスマホを構え、この彩られた食卓の上をあらゆる角度から撮っていた。まるで何かの記念日かのように。
それにしてもやはり宇月さんは料理上手なのだろう。目の前に置かれたハンバーグは俺を待っているかのように温かな湯気が出ていて、デミグラスソースのいい匂いが食欲をそそる。
ふっくらしたハンバーグを箸で割ると、中からはキラキラした肉汁が程よく流れてきた。たっぷりとかけられたソースを絡めて一口目をいただく。
「おぉ、美味しいね」
「よかった♪」
宇月さんは自分の箸すら持たず、俺が二口目を口に入れるまでニコニコと眺めている。
隣の凛は満足のいく写真が撮れたのか、スマホを食卓の端に置き、目を輝かせながらハンバーグを頬張った。
「明澄ちゃん、これほんとに美味しいよ~っ。毎日食べたいぐらい」
「えへへっ、ありがと」
「ハンバーグを毎日は大変すぎでしょ。宇月さんの手が肉臭くなっちゃう」
「それぐらい美味しいって事だよ。お兄もさ~、"美味しいね"だけじゃなくて、もっといい感想あるでしょ~」
「肉の宝石箱や」
そう俺が呟くと、凛は申し訳なさそうに宇月さんに頭を下げた。
「……ごめんね、明澄ちゃん。私が代わりに謝るね~」
「いや、凛ちゃん。私もこれは肉汁というお宝が詰まった宝石箱をイメージして作ったんだよ。だから料理名は、"肉の宝石箱(ハンバーグ風)" なんだよ」
「……えぇ。なんで2人とも同じ感性なの」
宇月さんは嬉しそうに付け合わせのブロッコリーを食べる。
よく見ると宇月さんのハンバーグだけかなり小ぶりだ。なんなら彼女の皿の上は、明らかにハンバーグよりも茹でたブロッコリーやニンジンの方が存在感を放っている。さすがダイエッターの鑑。普段から意識が違う。
「ねぇ。結局さ、なんで宇月さんうちにいるの?」
俺はご飯を食べながら、ずっと気になっていたことを再び切り出した。
「それはね……バイトとして雇われたからですっ」
「え?バイト?」
「そう。学校の廊下に掲示板あるでしょ? あそこに家事お手伝いのバイト募集が貼り出されててね。いいなと思って見てたら、住所が松村くんのおうちだったんだよ」
「えぇ……? 俺、なにも聞いてなかったんだけど」
「応募の電話したら、松村くんのお母さんが出てくれてさ。凛ちゃんが怪我してて大変だから、少しの間お手伝いを募集してみたって言ってたよ」
それで学校に募集の紙貼り出すって……。
うちのプライバシーどうなってるんだ。
「……ていうのが今日の放課後の話」
「え。即採用すぎない?」
「若い女の子なら大歓迎って言ってたから!」
「母さんの下心が見え見えすぎる……。なんかごめん」
俺たちの会話を聞いていた凛が、横から口を挟む。
「でも来てくれたのが明澄ちゃんで良かったよ~。私、もっと話したかったからさ~」
「凛ちゃん……私もだよっ」
宇月さんはブロッコリーを箸で持ったまま、興奮気味に返事をした。
凛と2人で過ごすのが物足りなかったわけではない。それでも、いつも母さんと3人で過ごしていた我が家の生活が、ここ最近は2人だけの生活になってしまっていて、会話のキャッチボールも凛とだけ、広い食卓に並べられるのは2人分のご飯だけ、そんな現状にちょっとだけ寂しさも感じていた。母さんがいても積極的に会話していた訳ではないのに。
そんな中宇月さんが来てくれて、明らかに家の中が明るくなった。みんなで食卓を囲む今、凛も食べるのと話すので忙しそうにしていて、それがまた何より楽しそうで。
これが宇月さんのすごいところだ。いるだけで、空気を明るく、暖かくしてしまう。
「どうしたの松村くん」
箸を止めてしまっていた俺を不思議に思ったのか、凛と話していた宇月さんがじっと見つめてくる。
「ご飯の固さ、あんまり好みじゃなかった?」
「いや、抜群に美味しいよ。米が口の中で踊ってる」
「えへへ、そうでしょ? 料理名は、"白米と私~お口の中でShall we dance?~"……でよかったかな?」
「ただの白ご飯だよね??」
ご飯を食べ終わると、さすがに申し訳ないので洗い物は俺がやることにした。
宇月さんは、「アルバイト代もらってるんだから私がやる!」と言っていたが、同じ学生の身分でそこまでこき使いたくはない。こちらも譲らず、結局俺に任せてくれることになった。
俺がシンクの洗い物を進める中、宇月さんは隣で自分が作った料理をタッパーに詰めていた。
「宇月さん、それ家帰ってもまた食べるの?」
「いやいや、私が食べるんじゃないよ。ダイエッターは家に帰ってもダイエッターなの。外にいても家にいても、私がその任を退くことはないんだよ。世知辛い世の中だよね」
「……それは大変そうだね」
「そうなの。……ていうか、ごめんね?タッパーにまで詰めて、自由にやらせてもらっちゃって。一応松村くんのお母さんには許可とってあるんだけど」
「全然、好きにしてもらっていいよ。でも誰が食べるのそれ?」
「私のお母さんだよ。大体いつも仕事で帰ってくるのが遅いからさ、一緒に作っておいてあげたくて」
「そっか、えらいね」
「そんなことないよ」
宇月さんの家は母子家庭だから、母親に負担をかけたくないという想いなんだろう。そういうところ、本当にしっかりしている。
「そ、そういえばさ、水族館……いつにする?」
彼女は料理を詰めていた手を止め、リビングにいる凛に聞こえないようにか、小さな声で問いかけてきた。
「今週の土曜日でどうかな?」
「いいよ。夏休み最初の日だねっ」
彼女は菜箸を持ったまま、笑顔で首を傾けた。
ちなみに金曜日は終業式。その後の週末だから、提案した土曜日はもう夏休みなのだ。
「なんの話してるの~?」
俺たちが小さな声で話しているのが気になったようで、リビングにいた凛がキッチンの方に出てきた。
「なんでもないよ~。それより凛ちゃん、その手でお風呂は大丈夫なの?」
「うーん、ひとりじゃ無理だから、明澄ちゃんが一緒に入って手伝ってくれたら、すっごく助かるかも~」
凛は呑気にそう言っているが、宇月さんはというと……。
「わ、私と一緒にお風呂……!? そ、それはいいの!? でもまだ心の準備が……!」
ひとりでモジモジしている。さすがにまだ裸の付き合いは早いと思うので、今日はやめるように俺も凛を諭す。
「宇月さんめっちゃ動揺してるじゃん……。凛、昨日までひとりで入ってたんだから大丈夫でしょ」
「え~、せっかく一緒にいられる思ったのに~。……あ、緊張しちゃうんなら、お兄と3人で入る?」
「ふ、2人なら大丈夫だと思うけどさ、3人でお風呂は少し狭いんじゃないかな?!」
……問題はそこじゃない気がするよ、宇月さん。
「そっかぁ、わかったよ。じゃあ今日は諦めて、私ひとりで入るね。明澄ちゃんはお兄と一緒に入ってあげてね~」
「ふぅ。……わかったよ!」
凛と一緒に入ることを免れ、ホッと胸を撫で下ろす宇月さん。論点がすり替わっていることに気が付いていない。
「……う、宇月さん? 俺と一緒に入ることになっちゃってるけど?」
「……ハッ!……や、やっぱり、それはまだ早いよ凛ちゃん!」
「早いっていうのもその……なんか違う気が……」
「……そそ、そだね! 早いっていうのもまだちょっと早いかも……! やっぱりムリだよ凛ちゃん……!」
凛はその台詞を聞くだけ聞いて、あはは~っと笑いながらお風呂場の方へ消えていった。




