第73話 Baby boy
「天羽さんは、いい友達。それ以上の表現は見つからない……かな」
「そうか。じゃあ、君が悲しそうな顔をするのは、それが理由だ」
「え?」
「君は結果として僕の恋心の妨げになってしまった。何度も告白しているのが迷惑だと思ってやったのだろうから、"結果として"だ。しかし、君は友梨乃ちゃんの事をいい友達だとしか思っていない。自分が勝って、自分が友梨乃ちゃんへ告白する……とかだったら違う気持ちだっただろうが。今回勝ってもただの友達なんだ」
「……つまり?」
「自分が友梨乃ちゃんを恋愛的に見ていなかったにも関わらず、友梨乃ちゃんや僕の恋路を邪魔をしてしまった。その罪悪感を感じているんじゃないのか?」
テルマ君に言い当てられ、ようやく胸の痛みの原因が分かった。
俺はこれまで天羽さんの事を、あくまでいい友達としか見ていなかった。可愛くて魅力的だけど、決して自分には手が届かない存在で。その心のストッパーのせいもあるのか、恋心を抱いていたわけではなかった。
……そんな自分に、こんなに真剣に恋をしているテルマ君や天羽さんに向き合う資格なんてなかったんだ。
言語化され理解できてしまったことで、2人に対する後ろめたさがより強くなる。
俺の顔を見て、さらにテルマ君が続ける。
「松村君、その気持ちは杞憂だ。少なくとも僕は、君が友梨乃ちゃんの事を好きだろうがそうでなかろうが、今回の勝負を一つのケジメにしようと思っていたから」
「……そっか」
「おそらく友梨乃ちゃんも気にしていない。彼女だって、君の気持ちには薄々気付いているだろう。それでもいい友達としている事を選んで、今まで付き合ってきたはずだ。……それに、今回の勝負に君の気持ちは関係ないんだ。友梨乃ちゃんは僕の告白に迷惑してただろうから、それが無くなっただけでスッキリしただろうよ」
「たしかに、スッキリした顔してたかも」
「……おい、僕の方も励ませよ」
「あはは。ごめんごめん。……でも、ありがとう。テルマ君のおかげで俺もスッキリした」
「フッ、そうか」
彼はスカした笑いで誤魔化した後、再びこちらを向いて話す。
「……本当は僕から言いたくはなかったんだが……」
「なに?」
「前に友梨乃ちゃんが僕をフッた時、彼女は"気になる人がいるから付き合えない"と言ったんだよ」
「そっか。そうなんだ」
たしかに天羽さんは想い人がいるような雰囲気もあった。
しかしテルマ君からの告白の返事でそう言ったとなると、適当にそれらしい理由を付けただけかもしれない。……というかその可能性の方が高いのでは?
「その時は、もしかしたら僕の告白を断るため適当に言っているのかもしれないと思ったんだ」
「それ、俺も同じこと思ったよっ」
「そんな少年のような目でリアクションしないでくれ……」
「ごめんごめん」
「……それで実は、今日も同じことを言われた。"気になる人がいるから、やっぱり告白は受けられない"って」
「そうなんだ。また適当に流されちゃったんだね」
「いや、それはきっと違う。今日僕は告白していないんだ」
「告白してないのにフラれたの?」
「君は痛いところばかり突いてくるな……。何回フラれたって慣れるもんじゃないんだぞ」
「なるほど、告白ゾンビも痛覚は残ってる的な?」
「……告白魔の方が幾分マシなんだが」
テルマ君は呆れながらツッコんだ後、また顔を引き締めて話を続ける。
「今日は僕が告白していない。それによく考えてみるんだ。この勝負に負けたことで、僕はもう友梨乃ちゃんに告白することはないんだ。だから、わざわざ"気になる人がいる"なんて言い訳を、最後に突きつける必要がないと思わないか?」
「たしかに、そうだね」
「だから、どういうことか分かるかい?」
「んー。天羽さんはテルマ君にとどめを刺したかった?」
「……今キミがとどめを刺したよ」
「ご、ごめん、冗談だって。本当に気になる人がいるから最後に伝えてきたってこと?」
「あぁ、きっとそうだ」
なるほど。天羽さんが覚悟を決めたような顔をしていたのはそれが理由なのか。
テルマ君にちゃんと向き合うと言っていたし、嘘や言い訳はしていないはず。テルマ君の予想が当たっているのはほぼ間違いない。
「そしてその"気になる人"だが。……友梨乃ちゃんが男子といるのを見たことがあるかい?」
「話してるぐらいなら見るけど」
「そうだろう。でも、一緒にご飯を食べたり遊んだり、勉強したりしている人を見たことあるか?」
「いや、そこまではないね」
「ああ。僕も同じなんだ。友梨乃ちゃんが必要以上に男子と関わっているのを見たことがない。部活の時ですらそうなんだ。……しかし松村君。キミとはどうだ?」
「結構一緒にいたね」
「……つまり、どういう事かもう分かるだろう」
「俺が男として見られてない……??」
「……君はバカなのか?……19位はまぐれだったのか?」
テルマ君は肩をすくめて大きなため息をついた。
「仕方ないから単刀直入に言うが、友梨乃ちゃんが気になっている人、僕はそれがキミなんじゃないかと思っている」
「…………」
天羽さんと一緒にいたのは、テルマ君との勝負があったから。あくまでボディガードをするためという理由があったからだ。
元から仲はいいと思うが、普段から長時間一緒にいるわけではない。
しかし、これまでの天羽さんの言動を見てきて、テルマ君が言っている事が全く的はずれではないという事も理解できた。
「その顔は、何か心当たりもあるみたいだな」
「……宝くじだって、誰かは当たるもんなのかなって」
「ハハッ。言い例えだ」
そう言って笑うと、テルマ君は上を向いてひとりで立ち上がった。
「じゃあ、これ以上僕が口を出すわけにはいかないな。友梨乃ちゃんがキミと話したがっていたから、今から呼んでくるよ。僕はそのまま部活に行くから、ここでお別れだ。ありがとう」
テルマ君は思っていたよりずっと物分かりがよく、決して独りよがりな性格ではなかった。
こうして話さなければ分からなかったことだ。話さなければ、その人の考えていることなんて分からない。
だから天羽さんとも、もう少し話す必要があるのかもしれない……。
「こちらこそありがとう。また勝負したくなったら言ってね、テルマ君」
「いや、しばらくは懲り懲りだ……」
「ははっ」
テルマ君は校舎の方に向かって行ったので、俺はそのまま体育館裏の階段で天羽さんを待った。
ボーッとした頭で、日陰から綺麗な水色の空を眺める。
これから天羽さんに何の話をされるのか考えると、心臓がうるさくなってきて、思わず独り言が出た。
「これは、夏の暑さのせいってことで……」
そんな独り言に、ぼんやりしていた視界の外から返事をしてきたのは、天羽さんだった。
「……どうしたの?何か考え事?」




