第62話 やっぱりカエル好きなんだね
「ち、ちがうよっ。う、占いとか見るの、ただの日課だもんっ」
「そうなんだ」
そんなに欠かさずチェックするような内容でもないと思うけど。
俺も仙台君からメッセージがきていたので再び返事を打ち始める。すると宇月さんが自分のスマホを持ったまま、また話しかけてきた。
「……あっ、そ、そういえばさ、この前学校の帰りに猫がいたからさ、写真撮ったの!」
「おぉ」
「ほらっ、見て見て」
そう言って少し身を乗り出すと、画面をこちらに向け写真を見せてきた。
画面には正面から撮った猫の写真。写っているのは間違いなく猫だが、香箱座りで目を瞑っていて、あまりこちらに興味はなさそうな顔をしている。
「眠そうだね」
「そうそう、日向ぼっこしてたの」
「気持ち良さそう」
「可愛いでしょ?」
「うん」
「……じゃ、じゃあ、写真、あげよっか?」
「え?いや、いいよ、帰り道に自分で探してみるよ」
「……そ、そっかぁ……自分で撮りたい派かぁ」
宇月さんは分かりやすく肩を落とす。
写真までもらっても仕方ないと思い断ったが、そう落ち込まれると悪い気がしてくる……。
やっぱり写真もらおうかなと言いかけたところ、宇月さんが次の話題を振ってきた。
「……そ、そういえば松村くんはさ、数学って得意?」
「得意だと思ったことなかったけど、勉強してみたら1番スイスイいけたかも」
「そっか、それならきっと得意なんだよ。テスト範囲の問題、もう全部解いた?」
「うん、やってあるよ」
「ほんとっ?」
「うん」
「……じゃ、じゃあさ、数学……テストの最終日じゃん?」
「うん」
「分からない問題とか出てきたら……聞きたいんだよね」
「うん」
「……だからさ、そのっ……連絡先……教えてほしい……」
俯いて口ごもりながらお願いしてくる宇月さんの様子を見て、思った。
もしかしてさっきからずっと連絡先を聞きたかったんだろうか……。
「……あ、あの、嫌だったら……全然いいからね」
「……あっ、いや、ごめん。もちろんいいよ。……俺も宇月さんの連絡先、知りたかったし」
「……え?」
「……え?」
彼女が驚いてるのを見て、自分が少し恥ずかしい事を言ってしまったのだと気付く。
他の人の連絡先は簡単に聞けた。
しかも宇月さんと接してきた時間は他の人よりも長いはず。
それなのに、どうしてか彼女にだけは素直に聞けなくて。結局今まで、一度も話題に挙げずに過ごしてしまっていた。
「……ほんとは、私もずっと知りたかった」
「そ、そっか……」
じっと見つめられ、いい返しが思い付かない。
汗が頬を伝うぐらい、身体は熱くなってきている。
「……ほ、ほらっ、ふ、2人だけの部活なんだから、いろいろ連絡とるのに必要かなって……」
「そ、そうだね。必要だね」
「そうでしょ?……だから……。……は、はいっ……。これ、読み込んで」
「……うん」
言われるがまま、差し出してくれたQRコードを読み取る。
"宇月明澄"
表示されたのは、フルネームで登録された彼女のアカウント。
アイコンには蕎麦らしき画像が映っている。間違いなく宇月さんのアカウントだ。
友だち追加のボタンを押すと、すぐにスタンプが送られてきた。宇月さんからだ。
トーク画面を開くと、カエルのキャラクターが"よろしく"といった感じで手をあげているスタンプがきていた。俺もタコのキャラクターがペコリとお辞儀しているスタンプを返す。
スマホから顔を上げると、彼女はこちらを見て微笑んだ。
「ありがとっ」
嬉しそうにこちらを見る彼女。
何かをあげたわけではないのに、両手でスマホを持ち、胸の前で大事そうに握りしめていた。
……普段はおてんばなのに。
たまにこういう顔をされると、調子が狂う。
俺は普通で、ありきたりで、実に今更な返事をした。
「……これから、よろしく」
「うんっ」
天羽さんが出ていってから5分と少し経っただろうか。
連絡先を交換してから宇月さんと2人で話していると、小さな腕に大量のクッキーを抱えた天羽さんが帰ってきた。
「ただいま~。たくさんもらっちゃった」
机の上にドサッと置かれるクッキーたち。個包装の袋が紙箱いっぱいいっぱいに詰め込まれている。
「ほんとたくさんだね」
「そうでしょ?放送部の人に『いっぱい食べて大きくなっちゃってください』って、笑顔でどんどん渡されて……」
その空回りしている感じ、よく身に覚えがある。
宇月さんの方を見ると、彼女も思い出したようでフフフと笑った。
「それきっと仙台君だね」
「うん、絶対そうだね」
「蒼汰君に連絡くれた人?……私、おっきくなりたいなんて言ってないんだけどな」
そう言って天羽さんは腕を組んで膨れている。
「まぁ、悪い人じゃないから許してあげてよ」
「そーそー。仙台君、ちょっと変わってるけどね。いい人ではあるからっ」
「……んんー、2人がそう言うなら、今回は見逃してあげる」
天羽さんはやや不満そうな顔のままクッキーをひとつ取り出し、すぐに小さく1口かじった。
何かを言うわけではないが、片手を頬に添えて「んふっ」と幸せそうな音を漏らしたので、あぁ美味しかったんだな、と宇月さんと顔を合わせる。
「……ねぇそういえばさ。蒼汰君、なんかさっきから顔赤いけど、大丈夫?」
「え?」
クッキーを頬張っている天羽さんが、まじまじとこちらを見つめてきた。
「い、いやっ、大丈夫だけどっ」
「そう?なんか汗かいてるしさ」
「まぁこれだけ暑いとね」
見つめられ、より身体が熱くなる。
すぐそこにあったエアコンのリモコンを見ると、設定温度は23.5℃。高い設定でもないし、2人も暑がる様子はない。
今まで気付かなかった。
おそらく今この部屋で暑いと感じているのは自分だけだ。
もしかしてこれは……。
俺はトイレに行くと言ってゆっくり立ち上がり、部室を出て1人でお手洗いの方に向かった。
立ち上がって歩いてみたことで明確になる。……身体の調子がおかしい。
頭はボーッとして軽くめまいがするし、身体は朝よりもずっとだるくて重い。
少しだけ廊下の壁に寄りかかって休んだ後、部室に戻る。2人はクッキーを食べながら談笑していた。
俺は自分が広げていた勉強道具をさっさと片付ける。
「あれっ、松村くん、もう帰るの?」
「うん、ごめん。母さんから連絡があって、家の事とかしないといけなくなっちゃって」
もし俺が風邪だったのなら、2人と一緒にいるわけにはいかない。既に弁当まで一緒に食べてしまったため少し心配だが、これ以上同じ空間にいるのは危険だ。
「そっか、じゃあまた明日だね」
「うん。また」
悟られないよう、普段通りの姿勢で部室を出た。
少し前までは熱いだけだったのに。玄関に向かう廊下で、既に真っ直ぐ歩けなくなっていた。
そこから学校からの帰り道、自分がどうやって家にたどり着いたのかは覚えていない。
朦朧とする意識の中、長い道のりを歩いたような、歩いてないような。
誰かの声が聞こえてきて目を覚ますと、俺は家の玄関で倒れていた。
凛が俺を揺さぶっている。
「……ね、ねぇ、お兄、大丈夫?誰にやられたの?」




