第61話 スマホを持っただけなのに
「そうだよ松村くん。一緒にキュウリ食べて松村くんだけ痩せちゃったら、私もう立ち直れないんだから」
そう言いながら宇月さんはキュウリをかじり続ける。
全く太っていないし、なんで痩せたいのか謎だが……。
「じゃあ宇月さん、23位の秘訣とかないの?」
「んー、そんなのないけど、まずはよく授業を聞いておくことじゃないかなぁ。特に松村くんは」
「えぇ?」
別に俺だってサボっているわけではない。
でも窓側の一番後ろの席、その特等席でボーッと外を眺めてしまうのは、年頃の男の子なら当然なのだ。天気のいい日は窓も空いていて気持ちいい風が入ってくる。きっと誰だって空を眺め、雲の流れを見ていたくなるもの。
「ほらっ、すぐこんな感じになるでしょ?」
「ふふふ。たしかに蒼汰くん、これが通常運転って感じかも」
またボーッとしていたのを指摘されたので、止まっていた箸を動かし始める。
「寝てないんだからいいでしょ」
「いや、なんなら睡眠時間に当てた方が有意義なのかも……」
「えぇ……授業中に寝てないのが俺の誇りだったのに」
「そんな小さな誇りは捨てるのよ」
「わかった、今度から潔く寝ることにするよ」
「そっちなんだ」
たくさん話しながらご飯を食べ終わると、みんなそれぞれ勉強する態勢に入った。
1日目の手応えで余裕はできたが、だからといって油断してはいけない。
しばらく黙々と問題を解き進め、一段落したところで一気に疲れが襲ってくるのを感じた。
背伸びすると、宇月さんと天羽さんが揃って頬杖をついてこちらを見ていた。
「ほら、すごいでしょ?蒼汰くんいつもこうなの」
「ほんとだねぇ。この集中力、授業中に発揮すればいいだけなんだけどねぇ……」
「あははっ、それはたしかにっ」
俺の話をしていたのか。
言われてみれば、周りの音が入ってこないぐらい自分だけの世界になっていた。
休憩しようかとスマホを見ると、時刻は16時過ぎ。いつの間にか、いい時間になっている。ここまで続けていたなんて、どうりで身体が重いわけだ。
そしてスマホにはメッセージの通知が1件。10分ほど前に仙台くんから送られてきていた。
"松村氏、まだ学校にいやしませんかっ?"
仙台君がメッセージを送ってくるなんて珍しい。
"今友達と相談部の部室にいるよ。どうしたの?"と返信すると、すぐに既読がついて返事がきた。
"広島先輩がクッキーをたくさん持ってきたのでお裾分けなのです"
女子高生みたいだな。……でもクッキー、嬉しい。
ちょうど小腹が空いて何か食べたくなっていたところだ。
"おぉ、ありがとう。それはめちゃくちゃ嬉しい"
"では誰でもいいので放送部の部室に来てもらってもいいですか?"
勉強にも疲れていて休みたかったし、早速受け取りに行くため立ち上がろうとすると、天羽さんが不思議そうに見てきた。
「蒼汰くん、どうしたの?」
「あぁ、放送部の仙台くんから連絡があってさ。クッキーをお裾分けしたいから部室に取りに来てほしいって」
「おぉ!そうなんだ!」
横で聞いていた宇月さんが嬉しそうに声をあげる。
「もらってきたら、みんなで食べよう」
「やった!……じゃあ松村くんに行かせるのも悪いし、誰が行くかジャンケンしようよ」
「え?いや、俺に連絡来たし俺が行くけど」
「……ううん!私今18連勝中だから、ジャンケンしたいの!」
「はいはい、わかったよ」
ジャンケンがしたいという理由だけで、リスクしかない勝負を挑んでくるとは……。
宇月さんの提案にノッて3人でジャンケンをした。結果はグー、パー、パー、でまさかの天羽さんの1人負け。完全にとばっちりを受け、1番の部外者である天羽さんが行く事になってしまった。放送部と面識なんてないだろうに。
「天羽さん大丈夫?やっぱり一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫だよ。廊下は暑いし、最近いつも付き合わせちゃって悪いから。これぐらい任せてよ」
「そう?……じゃあお言葉に甘えて待ってるよ。気を付けて行ってきてね」
「うんっ、行ってきます!」
天羽さんは人見知りとかしないし、仙台君にあらかじめメッセージを送っておけば大丈夫だろう。
"クラスメイトの天羽さんが取りに向かったからよろしく"
天羽さんが行った後、仙台君へメッセージを打っていると、宇月さんが俺の手元をじっと見つめてきた。
「……松村くんって、友達とメッセージのやり取りとか、するんだね」
「え、そりゃあするよ」
「そっか……」
「俺そんな孤独な人間だと思われてた?」
「い、いや、そうじゃないけどっ」
たしかに学校であまりスマホを触っていなかったし、意外だと思われたのだろう。
校内ではわざわざ誰かと連絡を取ることは珍しいが、家では誠一郎や天羽さんと連絡を取ることは少なくない。宿題や次の日の持ち物を教えてもらったり、どうでもいいような話をしたり。普通の高校生と何ら変わりはないはずだ。
「仙台君の連絡先も知ってるんだ?」
「うん、この前のラジオの相談の時にね」
「そっか……」
あんまりいい反応ではない。
あの時仙台君とやり取りしていたのはラジオの構成と進行についてだ。何か気に食わなかったのだろうか……。
「もしかして、勝手に仙台君と進めてたの嫌だった? 宇月さんも頑張ってくれてたのに、ごめん」
「えっ、いや、全然? 私は原稿考えるのでいっぱいいっぱいだったからっ。……きっと裏で色々と考えてくれてたんでしょ?ありがとっ」
「俺にはそれぐらいしかできなかったから。感謝されるような事じゃないよ」
「もー、ちゃんと素直に"どういたしまして"って言えばいいのに」
そう言って彼女はウフフと笑った。
「……あっ、で、でもさ、やっぱり私もトークに混ぜて欲しかったかも。……その方が、やってる感あるし?」
「なにその理由。でも分かったよ、次からそうするよ」
「う、うん、そうしてねっ」
宇月さんはそう返事をすると、黙ってこちらを見る。
「………………」
「………………」
どうしたんだ?そんなに見つめられても困る……。
突然黙られてしまったのでこちらも黙っていると、彼女はおもむろにスマホをポケットから取り出した。
「えーと、今何時だろ?……お~、3時半ぐらいか。結構経ったねぇ。……あと今日の気温は……うわぁ、すごい高いじゃん。……あっ、そういえば星座占い、見てなかったな~。何位だろ。……へぇ~、そうかそうか」
ひとりでブツブツ呟きだしたので、思わず俺も声をかける。
「……宇月さん、初めてスマホ買ってもらった子供みたいだね」




