第54話 そのハートマーク、本物ですか?
「あっ、そういえばさ。天羽さんに相談があったんだった」
俺はシャーペンを持ったまま、向かい合って座っている天羽さんに話しかけた。
「どうしたの?」
「来週、妹の部活の試合でさ。バレーの県大会なんだけど、引退がかかってる大事な試合なんだよね」
「そっか、3年生はそろそろ引退する時期だもんね」
「うん。それで当日応援にはいけないから、何かプレゼントというか……差し入れ?をあげたいんだけど」
「何にしようか迷ってるって感じかな?」
「そうなんだ」
天羽さんは、すぐに顎に手を当ててウーンと考え始めた。
……よかった、キモいとか言われなくて。
「お守りとかも考えたんだけど、そこまで気負わせたくないって想いもあって」
「なるほどね~。……でも、どちらにしろ、お兄ちゃんからもらうお守りはちょっと恥ずかしいもっ。ふふ」
天羽さんの発言が気になったので、俺は少しだけ想像してみた。
凛がお守りを受け取ってくれたとする。
そのお守りの存在に気付いた凛のチームメイトは、"誰にもらったの?"って、たぶん聞いてくるだろう。
"お兄にもらったんだよ"なんて言ってしまった時には、もう俺はシスコン認定だ。
"凛ちゃんのお兄さん気持ち悪い"、"凛ちゃんのお兄さんには気を付けろ"、"女子中学生の妹が大好きな変態兄がいるぞ"って噂されてしまうかもしれない。……それは、まずい。
「……たしかに俺、この町にはいられなくなるかも……」
「えぇ、な、なんかいろいろ飛躍しすぎてる気がするけどっ」
「ありがとう天羽さん、やっぱりお守りはなしだね」
「そ、そう……?」
となると、あまりいいアイデアはない。
手紙なんてもっと恥ずかしいし、バレー用品は今新品をもらっても仕方ないだろうし……。
天羽さんは俺が頭を悩ませているのに気が付き、人差し指を立てながら笑顔で口にした。
「……じゃあさ、お菓子とか、どうかな?」
「お菓子?」
「そうっ」
天羽さんは自分の鞄を空けると、そこに入っていた小さな箱を取り出した。
箱の正体は、よく見るチョコ系のお菓子。
そしてそれを両手で俺に向かって差し出した。
「……はいっ。これ、蒼汰くんに」
「え?俺に?」
「うん。わ、私のために頑張って勉強してくれてるから……そのお礼だよ」
「あ、ありがと」
天羽さんがちょっと恥ずかしそうに渡してきたせいで、俺まで恥ずかしくなってしまった。
箱を受けとると、裏には "Thank You♡" という文字と、可愛いクマさんのイラストが描かれている。
こ、これは……。♡が付いてるじゃないか……。
しかしよく見ると、ハートマークはたぶんクマさんが発しているだけだ。別に深い意味なんてないはずなのに、単純な俺は自分でもバカだと思うぐらいドキッとしてしまった。
お菓子だから特別な気持ちなんてない。これはちょっとしたお礼なんだ。……頭で理解していたはずなのに、天羽さんの破壊力はすごい。
……でも、そういうことか。きっと凛にも同じなんだ。
「これ、めちゃくちゃ嬉しいよ。もらう方は遠慮なく受け取れるし、重くないから考えすぎなくていいし、いいアイデアだね」
俺は考えすぎてしまったけど。
「で、でしょ?……メッセージも入れられるし、想いは伝えられるかなって」
「そうだね、ちょっと一言伝えるにはもってこいかも。……よしっ、この案採用で! 今度使わせていただきます」
「うんっ、お役に立ててよかった」
凛もお菓子だったら気兼ねなく受け取れるはずだ。
食べてしまえば残るものでもないし、それぐらい、軽めの差し入れが理想的だろう。
「じゃあ、俺の悩みはサクッと解決したし、そろそろやろうかな」
シャーペンだけ持ってずっと手が止まっていたため、今から本格的に勉強を始めることにした。
今日は国語をやるつもりだから、まずは古文の勉強をしよう。
そう思って教科書を開くと、天羽さんも同じ教科書を取り出した。
「蒼汰くんが古文やるなら、私もしようかな」
「おぉ、じゃあちょうど教えて欲しいところがあるんだよ」
「どれどれ?」
「このあたりなんだけど……分かりづらいから、隣行ってもいい?」
「うん、いいよ」
天羽さんと向かい合わせで座っていた俺は、彼女の隣に移動した。
彼女は少し身を乗り出し、こちらの教科書を指差しながら、丁寧に古文の現代語訳を教えてくれている。
「ここがポイントだって先生が言ってたんだけど……」
一生懸命話す彼女を間近で見て、改めて美少女だということを認識する。
この子はやっぱりモテるだろう。気が利くし、優しいし、可愛いし。それでもって話しやすい。テルマ君がゾッコンなのも頷ける。
そんな事を考えていたら、いつの間にか天羽さんがこちらを見つめていた。
「もぅ蒼汰くん、聞いてた? なんか違うこと考えてたでしょ?」
「……あっ、ごめんごめん。でも、最初の説明で大体分かったよ。ありがと」
「それならいいんだけど?また何かあったら言ってね」
「うん」
お互いに分からないところを質問し合い、その日も下校時間ギリギリまで勉強を続けた。
勉強の進捗はいい感じだ。
自分で問題を解いていると、授業で理解できていなかった所がよく分かる。
一つ一つ正解できるようになっていくのはゲームを攻略していってるみたいで、ちょっとした楽しさすら感じる。
天羽さんに「古文いい感じだよ」なんて言いながら、一緒に生徒玄関の方へ歩いていると、向かい側から歩いてくる男子生徒と目が合った。……テルマ君だ。
「ゆ、友梨乃ちゃん……」
最初、俺と目が合ったはずなのに、なぜ天羽さんの名前を呼ぶんだ……。
「本当に松村君と一緒にいるんだね」
「そうだよ……。じゃ、じゃあ私たちいくから。赤山君、またね」
「ま、待って。……あの、連絡した件っ……」
「……えと、メッセージで言ってた話?……ご、ごめんね、返事できてなくて……」
「いや、いいんだそれは。……で、週末なんだけど……」
「ご、ごめん私っ、週末は予定があるから……」
まるで俺が存在していないかのように、2人は会話を続けている。
テルマ君、休みの日に天羽さんを誘ったのか。テスト前の貴重な休み、それも俺と勝負しているはずなのに。
158位のポンコツなんて眼中にないってことか……。くそう。
「……私、蒼汰君と一緒に勉強する約束だからっ……!」
……なるほど。完全に断る口実だ。
もちろん天羽さんとはそんな約束していない。
俺、やっぱりボディーガードとしてちゃんと役に立ってるじゃん。よかった。
「なっ……。松村君と……」
テルマ君がやっとこっちを見たので、親指を立てておく。
「そ、そうだったんだ……。分かったよ」
「ごめんね……」
残念そうな顔をした後、肩を落として反対方向へ歩いていく彼の後ろ姿を見ていると、嘘を付いたのが少々気の毒に感じてしまった。
「蒼汰くん、ごめんね。合わせてもらっちゃって」
「いや、いいんだよ。……まぁたしかにあんなに落ち込まれると、嘘ついたのが少し申し訳なく思えるけど……」
「そうだよね……。じゃ、じゃあさ……土曜日、本当に勉強しない?一緒に」
「え?勉強?」
「……うん。そ、それだったら……嘘にならないかなって」
「なるほどね」
「い、嫌だったら大丈夫だからねっ」
天羽さんは両手を前に出してフルフルしている。
「そんな、嫌なわけないよ。1人だとサボっちゃうかもしれないし、寧ろそうしてくれるとありがたい」
「ほんとにっ?」
俺が断る理由なんてないのに、天羽さんはクリクリの目を見開き驚いていた。
「じゃ、じゃあ、家に帰ってから場所は考えるから、また夜にでも連絡するねっ!」
そこから家に帰るまで、歩きながら英単語の問題を出してくる天羽さんは、なんだか少しだけ嬉しそうに見えた。
……どうせ嘘つくなら、デートって言ってくれれば良かったのに。




