第52話 何でも防ぐ盾、何も貫けない矛
「ま、まさか、その人が友梨乃ちゃんの言ってた人……?」
「えと…………」
男子生徒の問いかけに、困った様子の天羽さんがこちらを見てくる。
天羽さんが言ってた人って、何だ……?
口の中にご飯を含んでいて声を発することもできなかった俺は、半分ほどしか今の状況を理解できていなかった。
「そう……だよ」
「なっ……」
その男子生徒は天羽さんが肯定したことにショックを受けたのか、1歩後退りする。
「で、でも、付き合ってるわけじゃないんだよね……?」
「……うん、それはまぁ……」
「よかった……。じゃあ僕にもまだチャンスがあるってことか」
男子生徒はそう言うと、俺の方をじっと見つめてきた。
一体この状況は……?
よく分からないが、この男子生徒が少しジェラシーな感情をぶつけてきている事だけは感じとれる。
「君、名前は?」
俺は慌ててお茶でご飯を流し込む。
「んごっ、松村、蒼汰です」
「松村君ね……ん?蒼汰?どこかで……。……あぁっ、蒼汰ってもしかしてあの?」
"あの"って、どの蒼汰でしょうか。俺はあなたの事知らないんですが。
「部室の壁に飾ってある、あの蒼汰……?」
男子生徒は天羽さんの方を向いて確認をとる。
天羽さんは小さく頷いた。
「君がね……そうだったんだ」
体験入部の時の作品か。……え、あれまだ残ってたんだ。
男子生徒は再びこちらに視線を向けると、まじまじと俺を観察した。
「じゃあ松村君、僕と勝負してくれないか。……僕が勝ったら、友梨乃ちゃんの事は諦めてほしい。君が勝ったら、僕はもう友梨乃ちゃんの事は諦めるよ」
なんとなく色々と察してきた。
この男子生徒は天羽さんが言っていた書道部の告白魔だろう。
俺が彼女の隣にいるのを見て、嫉妬しているわけだ。
そして急展開すぎるが、天羽さんを賭けて自分と勝負しろと言っている。
ボディガードの役目は果たせているのか、逆効果なのか、俺は自然と色恋沙汰に巻き込まれてしまったんだ。
「そんなことしなくても、君が諦めてくれればいいだけなんだけど」
「なっ……!」
男子生徒はまた1歩後退りした。
「……い、いいや、松村君が諦めてくれればいい。だって、2人は付き合ってないんだろ?付き合ってないのなら、もう友梨乃ちゃんには近づかないでくれっ」
俺が天羽さんをもらうって意味で言ったわけではないんだけど。なんか煽ってしまった。
「まぁ、付き合ってはないけど。見ての通り、仲良しだし?もう切っても切れない仲だし?」
「そ、そんなの、口だけじゃないかっ。今、たまたま一緒にいるだけじゃないかっ」
「いや、明日も明後日も一緒に弁当食べるし。一緒に宿題したり、一緒に帰ったりするし?」
「うう、嘘だっ。僕はこれからちゃんと見てるからなっ。松村君が隣にいなくなったら、僕はいつだって友梨乃ちゃんにアタックするからっ」
「それはやめてあげてほしい」
「……じゃあやっぱり勝負だ!」
"じゃあ"って何よ。
なかなかしつこくて頑固な性格らしい。そんなんだから女子にモテないんだぞ?……って、俺が言える台詞ではないか。
ただ、このまま大人しく引き下がるのは非常に癪だ。売られた喧嘩は買わないと。
「わかった、いいよ。受けて立つ。で、勝負って何するの?」
「ちょ、ちょっと、蒼汰くん……?」
天羽さんが心配そうにこちらを見る。
「ごめん。勝手に天羽さんを賭けるようなことして。でも。勝負、させてほしい」
彼女は上目遣いでこちらを見上げた。
そして真剣に頼む俺の気持ちを察してくれたのだろう。不安な表情は消えないが、小さな声で返事をした。
「……わかったよ。じゃあ、無理はしないでね……?」
天羽さんのためだ。俺はどんな内容だとしても全力で勝負に挑む覚悟でいる。
「勝負は……期末テスト。今度の期末テストの順位で決めようじゃないか」
「て、テストか……」
「どうしたんだい松村君。自信がないなら、今ここで負けを認めてくれてもいいんだが?」
なんかこの人、煽るのが上手くなってきてるな。
「そんなことするわけないじゃん。いいよ、期末テストだね。ノッた」
「フッ。よく言ってくれた。……じゃあ僕は今からでも勉強するとするよ。松村君は呑気に弁当でも食べていてくれ」
その男子生徒は言いたいだけ言ってその場を去ろうとしたため、俺は彼を呼び止めた。
「ちょっと待って」
「な、なんだい?まだ何か用が?」
「…………君の名は?」
男子生徒はガクッと肩を傾けた。
「あ……赤山輝馬」
「赤山テルマ?…………ふふっ。わかった」
「……な、なんだその"ふふっ"は!」
「い、いや。覚えやすい名前で良かったよ。呼び止めてごめん。またねテルマくん」
「いっ、言っとくけど"輝馬"はカタカナじゃないからなっ」
彼はそう捨て台詞を吐くと、逃げるように俺たちの元から立ち去っていった。
「なんかすごかったね、彼。あんまりこっちの話聞いてなさそうと言うか……」
それに、すごいキザな性格とは対照的に、繊細な恋愛系の歌詞を書きそうな名前だったな。
「そ、そうなんだよね……。赤山くん、悪い人ではないんだけど。……っていうか蒼汰くん!勝負、受けちゃって大丈夫?」
天羽さんはやはり心配そうだ。
「天羽さんの事、勝手に賭けちゃったもんね。……でも大丈夫。ちゃんと責任取るから」
「せせ、責任っ!?……そ、それは私も、心の準備が欲しいっていうか……そのっ」
「ご、ごめんごめんっ、へ、変な言い方したっ。この勝負、受けたからには逃げずに最後まで闘うってことだよ」
「あっ、よ、よかったぁ。わ、私こそごめん、変なこと言って。……でも、頑張らせちゃって、悪いよ」
天羽さんはきっと俺に迷惑をかけていると思っているんだろう。勝手に勝負を受けたのはこっちなのに。
「そんなことない、なんならちょうど良かったよ。この勝負がなかったら、ちょっとだけ勉強して微妙な成績で終わってただろうし。頑張る理由ができた」
「そっか……。ありがと」
彼女はようやく顔の緊張を緩め、控えめに微笑んだ。
「今日からテスト期間で部活は休みだよね?この勝負、絶対負けられないからさ。俺、放課後は勉強するよ」
「ほんと?それじゃあ私も一緒にいいかな?」
「もちろん。またいつテルマ君が襲撃してくるか分からないし、俺から離れないでね」
「あははっ。その台詞、別のシチュエーションで言われてみたかったな」
……この笑顔、必ず守って見せる……!




