第51話 霧散 ~タコは忘却の彼方へ~
天羽さんは宇月さんに耳打ちし始めた。
俺には全く聞こえない声量だったので、話を聞いている宇月さんの表情を見る。
宇月さんは話を聞きながらすごく驚いた表情をした。そしてウンウン頷いたかと思うと、またびっくり顔を見せる。
耳打ちが終わると、宇月さんは首を捻りながら天羽さんの方に目をやる。
「これは困ったもんだねぇ。……でも、なんで松村くんには話さないの?」
「え?……だ、だって、なんか恥ずかしいし……。あ、あと、あんまりいろんな人に言わない方がいいかなって」
「それは困ったね。で、なんの話だったの?」
「えっとね、友梨乃がね……」
「ちょ、ちょっと、2人とも!なに淡々と話進めようとしてるのっ!」
流れで話を聞こうとしたが、天羽さんに止められた。
「でもさ友梨乃、松村くんに手伝ってもらうっていう手もあると思うよ?」
「え?」
次は宇月さんが天羽さんに耳打ちする。
天羽さんはそれを聞くと、普通に俺に聞こえる声で聞き返した。
「それは……私はありがたいけど……。明澄はいいの?それでも?」
「……うん。だって、松村くんも生徒相談部だし。……て、ていうか、私の許可とか別にいいんだよっ」
「じゃ、じゃあ……話しちゃうよ?」
天羽さんは両手を自分の膝の上でギュッと握りしめ、きまりが悪そうな表情でこちらを見た。
「実は、少し前に……他のクラスの男の子に告白されてね……」
「えっ、ほんとに?さすが天羽さんだね」
「さ、さすがなんかじゃないよっ。私も、ほんの少しは嬉しかったんだけど……特にその人に対して恋愛感情とかなくて、断ったの」
……まぁ、ハッキリ言って天羽さんならよりどりみどりだろう。
その男子は気の毒でもあるが、天羽さんにフラれるというのは普通の事……というか、ライバルの多さからもそう簡単に付き合ったりできない気がする。
「それで相談ってことは……まさか諦めてくれないとか?」
「……まさにそれで……」
「え。そうなんだ……。断っても、まだ告白してくるってこと?」
「うん。……彼氏がいるんじゃないなら、可能性がゼロってわけじゃないと思ってるみたいで。もう4回も告白されてて……」
なんて男子だ。俺ならフラれてからも何度もアタックするなんて、恥ずかしすぎて絶対に真似できない。それにその度胸すらない。
でも世の中には、何回も告白してやっと相手を射止めたという人も少しはいる。諦めきれないほど好きと言えるのは、寧ろ羨ましいところでもある。
天羽さんの立場で相手の熱い気持ちを考えると、ただ迷惑がるのもいたたまれないというわけか。
「それは本当に困ったね」
「でしょ?友梨乃ももう断りたくないと思うの」
「……うん。何度言われても、私の気持ちは変わらないよ。だって……」
「だって?」
「……あ、いや、なんでもない。……でも、気持ちは変わらないって伝えてるし、さすがにもう諦めてほしくて……」
何回言っても諦めてくれない相手に、どうしたら諦めてもらえるのだろう?
天羽さんの気持ちが変わらないのと同じように、きっと相手の気持ちも変わらないのだ。
良い案が思い付かず考え込んでいると、宇月さんが口を開いた。
「だからね、松村くんを盾にするっていうのはどうかなって」
「……なんか俺、道具みたいじゃん」
「松村くんを盾にさせていただくっていうのはどうかなって」
「……言い方変えただけじゃん」
「……と、とにかくっ、友梨乃1人ではもうどうしようもないと思うの。もう告白して来ないでって強く言う事もできないし……」
「やっぱり、迷惑ですって強く言うのはダメなの?」
「うん……。その男の子、私と同じで書道部なの。あんまり波風立てたくないし、変な噂とかになったら嫌だから……」
4回も告白されているのなら、強く言ってもいいのかもしれない。迷惑ですって伝えないと、相手も分かってくれないのかもしれない。でも、他に手段があるなら試すに越したことはないだろう。
学校という狭いコミュニティの集合体の中では、恋愛のいざこざは居心地の良し悪しに深く関わる。とりわけ部活に関しては、3年間も同じメンバー過ごすことになるから注意しないといけないはずだ。
「俺を盾にするっていうのは全然いいけどさ。具体的にはどうするの?」
「ボディガードだよ、ボディガード。常に友梨乃の横にいればさ、なんか勘違いして諦めてくれるんじゃない?」
「ええ?そんなんで大丈夫?他の人からも噂されちゃうんじゃ……」
「他の人から噂されるぐらいが、逆に効果的なんじゃないかな」
「それもそうか……。いや、でも天羽さんはダメでしょ。俺が隣にいるっていうのも、変な噂にかわりないよ。最近の松村と天羽さんは仲がいい、付き合ってるかもとか、あることないこと噂されるかもしれないし。別に俺が勘違いされる分には構わないけど、天羽さんは違うでしょ。なんで松村なんかと……って、よからぬ噂が立って迷惑することになると思う」
「また、人のことばっかり……」
「そうだよ蒼汰君、自分を低く見積もりすぎだよ。私はそんなの平気だから」
そう言ってくれるのはありがたいが、自分の心配は変わらない。
噂なんて、どう広がるか分からない……。情報に疎い人は、真偽を確かめずに噂を鵜呑みにする傾向がある。俺がそうだから。
「……天羽さんの大事な青春時代を奪いたくはないから。なんかあったら、絶対俺に言ってよ?」
「わ、わかった……!じゃあ、蒼汰くんにお願いする。……これで、いいんだよね…………」
天羽さんが心配そうに宇月さんを見つめる。
「うん……。松村くん。友梨乃の事、頼んだよ?」
「わかった」
こうして俺は少しの間だけ、天羽さんと過ごすことになった。
そして次の日。中庭で天羽さんと弁当を食べていた時だ。
「ごめんね、蒼汰君。お弁当まで付き合わせて」
「天羽さん、今日そればっかりだよ。全然迷惑とかじゃないから。お昼を一緒に食べられるなんて、俺は幸せ者だよ」
申し訳なさそうにする彼女をよそに、俺は呑気にご飯を頬張る。
「またそんな冗談言って。じゃあ、お礼に私のタコさん……」
「ゆ、友梨乃ちゃんっ! その人は……」
天羽さんが何かを言いかけたところで、突然見知らぬ男子生徒が声をかけてきた。
「……あ、赤山君……」
天羽さんはよそよそしく返事をした。




