第44話 肉を切らせずに骨を断つ
次の日の朝。俺は普段よりも少し早く学校についた。
教室には既に宇月さんの姿があり、何やら書き物……いや、勉強しているみたいだ。
「宇月さんおはよう」
「あ、松村くんおはよっ。今日は少し早いんだね?」
「まぁね。ところで宇月さん、俺と勝負しない?」
「おぉ、珍しく松村くんからだね? いいよ、受けて立とうっ」
しめた。
俺が勝負をしかけた理由、それは宿題をやってこなかったから。
勝負に勝って、宇月さんに写させてもらう……それが今回の狙いなのだ。
「じゃあ、勝ったら俺のお願い聞いてね。負けたら逆に聞いてあげるから」
「いいよ、そうこなくっちゃ」
「じゃあ腕相撲でいい?」
その言葉を聞いてすぐ、宇月さんは半目で睨んできた。
「……松村くん。それはズルすぎる。……負けだよ、うん。もう、松村くんの負け」
「ちょ、待って分かった、違うのにするからっ」
「当たり前だよもー。んじゃあ、叩いて被ってジャンケンポンでどう? それならそんなに男女で差は無さそうだし」
「いいね、そうしよう」
俺たちは机の上にハリセンとヘルメットを2つずつ準備し、それらを挟むように向かい合って座った。
「ハリセンとか、よくこんなもの教室にあったね」
「あぁこれ? こんな事もあろうかと用意してあったんだよ」
……いやどんな事だよ。
「じゅ、準備がよくて助かるよ」
「でしょ?ふふん」
俺は椅子に座り直して構えた。
「悪いけど、容赦しないからね?」
「ふふっ、それはこっちの台詞だね。……あ、カウンターありでいこうね」
カウンター……?
なんだそれ? 地元ルール的なやつかな。地元ほぼ一緒なはずだけど。
それを確認する間もなく、宇月さんは勢いよく掛け声を始めた。
「たぁたいて、かぶって、じゃんけんぽぉーーん!!」
宇月さんはグー、俺はパー。
……きたっっっ!!
俺はすかさず目の前のハリセンを手に取り、素早く振りかぶる。
しかし宇月さんはヘルメットを取るわけでもなく、両手で自分の頭を抑えて屈んだ。
「きゃっ!!」
急に女の子みたいな声をあげられ、俺の手がピタリと止まる。
「かうんたぁぁぁーーっ!!」
小さくなっていた宇月さんは目にも止まらぬスピードで自分側のハリセンを手に取り、そして叩いた。
……俺の頭を。
スパァァン!!
何が起きたのか理解が追い付かず、戸惑う自分。
宇月さんは嬉しそうに声をあげた。
「やった勝った!!」
「……え、負けたの俺?」
「そうっ!やったやった!」
何が起きたんだ。
たしかに俺は叩かなかった。だから勝ってはいない。
……けどなんで負けた?
「……カウンターって、なに?」
「一撃必殺、命を賭して繰り出す最後の反撃だよ」
宇月さんはハリセンを持ったまま、自慢げに答えた。
「……そう。それは、参ったね」
彼女はハッと思い出したように、自分の鞄をゴソゴソと探り始める。
「勝負、勝てて良かったよ。助かった~」
「……なんかあんまり納得いってないけど。まぁ、叶えられることなら」
「じゃあこれっ」
宇月さんが満面の笑みで見せてきたのは、数学の問題集だった。
……そう、解答部分が真っ白なままの、今日の宿題の問題集。
「私、なんだか昨日手につかなくって」
「そうなんだ。……でも宇月さん、ごめん。それ、俺も終わってない」
「へ……?」
彼女はまた、ハリセンを手に取る。
「……じゃ、じゃあとりあえず、もうひと勝負……やっとく?」
「……やらないよ?」
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続々とクラスメイトたちが登校してくる中、俺と宇月さんは2人で誠一郎に手を合わせていた。
「おねがいっ、ペン見くん」
「そう、誠一郎にしか頼めないんだよっ」
そこへ、教室に入ってきたばかりの天羽さんが近寄ってきた。
「どうしたの?」
「おぉ天羽。こいつらなぁ、宿題やってこなかったから見せて欲しいって頼みに来たんだよ」
「え?2人で?」
「そう」
「そっか。ふふ」
誠一郎と天羽さんは顔を合わせて笑った。
「……ていうか、2人ともやってこなかったの?」
「うん。なんか、昨日帰ってふわ~っとしてたら、いつの間にか寝ちゃって」
「俺もそんな感じだったかも」
「だよね? でも私、松村くんがやってきてくれてるって信じてたんだけどなー?」
「いやいや、俺だって宇月さんがやってきてるって信じて、身を切る思いでやってこなかったんだけど?」
「ちょっと2人とも、まずは自分でやろうとする姿勢をもたなきゃダメでしょ~?」
「はい……」
注意する天羽さんに言い訳することもできず、俺たちは小さく返事をした。
「そういやもうすぐ期末テストだろ? お前ら大丈夫なのか?」
「私は大丈夫だよ~。だって大丈夫だもん」
それを聞いた誠一郎は、黙って天羽さんの顔を確認した。
「……あぁ、文脈はおバカさんみたいだけど。明澄、こう見えて結構勉強できる方なんだよ」
「そうなのか?世の中、不思議なこともあるんだな」
「そう、不思議なこともあるものなのよ」
宇月さんは腕を組んでウンウンと同調した。
……自分でもそう思ってるんだ。
「蒼汰くんはどうなの?成績とか」
「え?俺? んー……」
「松村くんはねー、私のスカウターによると…」
宇月さんは左手の指で丸を作り、メガネのようにして俺の顔を覗いた。
「学力……たったの5か……」
「明澄それ……どうなの?基準が分からないけど」
「んー、普通だね」
「……よかった、ゴミじゃなかった」
「そ、蒼汰くん。そこは言い返していいとこだよ」
実際、自分の学力はそこそこといったところだ。
勉強はあまり好きじゃないし、頑張ってきたこともない。
「まぁ、伸び代に期待しててよ」
「……んんっ? てことは、勝負だね!」
宇月さんは顔を輝かせて反応した。
「……もしかして、期末テストの点数ってこと?」
「そう!」
なるほどそうきたか。
正直部が悪い勝負だと思うが、挑まれた勝負から逃げることなんてしない。……特に今回は。
「分かったよ、受けて立とう。俺にもプライドがあるからね」
学力に関しては特に宇月さんには負けられない、というか、なんでだろう、負けちゃいけない気がする。
「それでこそ松村くんっ」
「……で、ハンデはどうする?」
「え?ハンデ?」
「だってそりゃあ、結構勉強できる宇月さんと、学力たったの5しかない俺じゃ勝負にならないでしょ」
「松村くんのプライドとは?……まぁ、考えてもいけど……」
宇月さんは腕を組んだまま目を瞑り、少しの間黙考した。
「……じゃあ私、勉強中にチョコ食べるの控えるよ」
「チョコ?」
「うん。勉強中に糖分摂るといいって言うでしょ? だからよく食べてたんだけど……今回は控えるよ」
「た、たしかに糖分は脳のエネルギーになるって言うもんね」
天羽さんが説明を加える。
「……あと、最近ちょっと油断できない状況になってきてて……。食べ過ぎはよくないかなって」
「それ、ハンデっていうか、ただのダイエ……」
「松村くん!!!」
宇月さんが持っていた問題集を口に押し当ててきたせいで、俺はその言葉の続きを言うことはできなかった。
そして、俺たちのやり取りをずっと見ていた誠一郎が、ついに口を開く。
「……勝負は分かったから……お前ら、とりあえず、宿題やったらどうだ……?」




