第42話 次の約束は、絶対に
「もう、日が沈みそうだね」
「そうだね」
「俺、結構この時間好き」
「……私も好き」
青とオレンジのグラデーションが空を覆い、自分達の影は先まで長く伸びている。
宇月さんと顔を合わせるわけでもなく、お互い数歩さきの地面を見つめながら歩く。
「……そ、そういえば、松村くんは最近、放課後何してるの?」
「最近は、少しだけ筋トレしてるかな」
「筋トレ?急だね」
「うん。やっぱりいざって時、筋力とか体力が大事だと思って」
「それって、例えばどんな時?」
「んー。誰かに肩を貸す時とか?」
「自分のためじゃないんだね。ふふ」
ずっと顔を合わせなかった宇月さんが、こちらを見て少しだけ笑った。
「宇月さんは、図書室で勉強でもしてるの?」
「ううん、本読んでるだけだよ」
「え、あ、そうなんだ」
「……もしかして意外だった?」
「うん。そんな文化的な一面があったとはね」
「えー。私、文化的で道徳的で、知的な女子なんだけどな」
「それは知らなかったよ。……そんな知的な宇月さんは、どんな本読んでたの?」
「そ、それは何でもいいでしょ、別にっ」
「……はは。じゃあ訊かないでおいてあげる」
「よろしいっ……」
一見いつも通りに話してくれているかのような彼女の横顔は、少し先を見て、どこか落ち着いていた。
俺の視線に気付いているはずなのに、こちらを向かずに歩き続けるのは、これ以上は近づかないという固い意思の表れだったんだろう。
少し進むと、向かう方向の先には小さな公園があった。
俺は公園の中にあった自販機の方を指差す。
「ちょっと、寄ってもいいかな?」
「うん、いいよ。私も喉乾いたし」
2人で自販機の前に立って商品を眺める。
今までだったら、ここでジャンケンとか挑まれてたんだろうな……。
隣で自販機を見ていた宇月さんは、何も口出しすることはなく、俺が先に購入するのを静かに待っているようだった。
…………ガコンッ。
お互い自分のドリンクを買った後、俺は近くのベンチを指差す。
「少し、あそこで休憩してもいいかな?」
「え?2人で……?」
「うん」
"2人で"……。
何でもない単語なのに、わざわざそれを訊かれた事に心臓がギュッとなった。
……しかし、そんなのはもう今更だ。気にしてはいけない。
彼女の表情を見ないまま、ベンチへ向かう。
俺がベンチに座ると、後ろから付いてきた宇月さんも間を空けて隣に座った。
「今日はごめん。待ち伏せみたいなことして」
「う、ううん。大丈夫。……ちょっとびっくりしたけど」
「だよね」
「うん。……でも、私も話したいことあったから」
そう言った彼女は、やはり顔を合わせないままだ。
「そうだったんだ」
「うん。……」
そう小さく返事をするも、彼女から話し出す事はなく。
せっかく買ったのに、持っていたドリンクはお互い開けないまま。
隣で座る彼女は、両手でそれをキュッと握りしめていた。
「宇月さんから、話していいよ」
相手の話を先に聞いてしまうと、自分の話がしづらくなってしまうかもしれない。話す勇気を持てたのに、その気持ちが揺らいでしまうかも。
……でも、それは彼女だって同じはずだ。
宇月さんはコクりと頷いて話し始めた。
「……私ね、よく考えたんだけど、やっぱり部活を作るのはやめておこうと思って」
「生徒相談部の事?」
「そう。面白そうだなって、思ったんだけど。最初は松村くんと2人でしょ? 私はあんまり上手くやれる気がしなくて。ほ、ほら、変なことして足引っ張っちゃうかもだしっ。……自信、ないから。……だから、ごめんね?」
「……わかったよ。大丈夫、気にしないで」
宇月さんはずっと言いたかった事を伝えられたからか、少しホッとした様子でジュースを握っていた。
「ありがと。……それで、松村くんの話って?」
「俺は……」
ここまで歩いてきて、自分が彼女から距離を置かれている事はより明白になっていた。
話し方、歩く時の距離感、視線の向け方、全てが今までとは違っていて。それが分かっていても、今、ぶつからないといけない。
逃げて後悔なんて、したくない。
隣にいる彼女の目を見て、話を始めた。
「俺は少し、寂しくなったよ。宇月さんと距離ができて」
「え……?」
「席替えして、話さなくなって、自分だけの時間ができて。あぁ、宇月さんが隣にいないと、結構暇なんだなって」
彼女は少し驚いたかと思うと、そのまま黙ってこちらを見つめていた。
「こんな感じだけどさ、今でも友達だと思ってるよ。本当はもっと仲良くしたいって思ってる。……でも俺、なんかやっちゃったんだよね? ボーッとしてるし、自分で気付かない内に、宇月さんを傷つけるような事、しちゃったんだと思う。だから今日はその理由を聞いて、ちゃんと謝りたいんだ」
「ち、違うよ。私も、友達だと思ってるよ。松村くんは何も悪いことなんてしてない」
「そ、そうなの……?」
彼女はコクりと大きく頷く。
絶交する勢いで距離を取られていると思っていたのに……。
意外な返答に俺は肩透かしを食らい、続く言葉が出てこなかった。
「だから松村くんが謝ることなんて、ないよ」
「……そっか」
でも、とりあえずよかった。
彼女を傷つけたわけではなかったんだ。
「じゃあ、どうして……。前みたいに過ごすことはできないかな? 俺は普通でいい。宇月さんはもう、大事な友達の1人なんだよ」
「それは、嬉しい……。でも、ダメだよ。松村くんはそれでいいかもしれないけど、私は望んでない。つい近づきすぎちゃって、それで絶対、迷惑かけちゃうから」
「いや、何も迷惑なんてことはないよ。恋愛対象じゃないって事だってもう聞いてるし……俺は宇月さんと一緒にいても、勘違い野郎にはならないから」
「……で、でも、私たち付き合ってるんじゃないかって、噂されたりしてるんだよ?」
「そんなのちゃんと話せば分かってもらえるし、俺は気にしない」
「私だって、それぐらいは気にしないよ……」
「じゃあなんで……」
「……だから、私達じゃなくて、彼女さんが嫌かもしれないじゃんっ」
「…………え?……今なんて言った?」
「……私が仲良くしてると、彼女さんが、嫌な思いするかもしれないじゃんっ」
「……誰の?」
「誰のって……松村くんの他に誰がいるの?」
俺は身に覚えのない単語を聞いて、数秒間思考した。
彼女?……俺の?
……そんなの、いつから存在したんだ?
「待って、宇月さん。……俺って彼女いたんだ?」
彼女はこちらを見つめたまま静止する。
「……えっ、だ、だって、見たもん」
「何を……?」
「一緒にいるところ」
「……えぇ。……ちゃんと生きてた?足、生えてた?」
「あ、当たり前じゃんっ。……エムパで、私見たもん。2人で仲良くデートしてるところ」
エムパ……。
そう、それは、たしかに少し前に行ったショッピングモールだ。
だけど……。
「宇月さん……。それ、妹」
「………………え?」
「それ、俺の妹」
彼女は、首を傾げて口を開けたまま、再び止まってしまった。
「……ねぇ。もしかして、勘違いしてたの?」
「えっ、いっ……」
「……そんな事、だったんだ」
俺は一気に緊張が解け、ベンチの背もたれにに寄りかかる。
そしておもむろに、手に持っていたジュースを1口で飲み干した。
宇月さんは未だ隣で頭の中を整理している様子だ。
「今までのって、何だったんだろ……。……でも、そんな事で、よかった。ただの勘違いで、よかった……」
今まで考えてたあれこれも、この勘違いさえ分かってしまえば、どうってことはなかったんだ。
彼女の気持ちも、俺の気持ちも、判断するにはまだ早かったんだ……。
俺はフゥ……と大きく息を吐く。
「……で、でもっ、距離感近かったしっ……」
宇月さんはまだ完全に飲み込めていないようだ。
「そりゃあ、妹だからね」
「……あ、じゃあ、アイス!あーんって……してたしっ」
「妹だし、一口欲しいって言われる事ぐらいあるよ」
「……あ、あと、ふ、服とか、選んでもらってたしっ」
「それは身近な若い女子の意見も大事にしないとと思って」
「……じゃあ、あれは……」
「うん。デートなんかじゃないよ。ただ、妹の買い物に付き合ってただけ」
理解してくれたのか、逆にショックを受けたのか、宇月さんは、自分の口を覆うように手を当てて顔を赤くした。
「てか、宇月さん、俺たちの行動把握しすぎじゃない?」
「そ、それは……たまたま、行くところが同じだったんだよ」
「……もしかして、つけられてた?」
「ちち、ちがうよ!……ちょっと、覗いただけ!」
「まったく……」
俺が軽く睨むと、彼女は上目遣いで口を開いた。
「……ご、ごめんねっ?」
申し訳なさそうにモジモジしている。
「はぁ……」
自然とため息が漏れる。
「今回は特別に許してあげる。コーヒー牛乳で」
「……か、買わせてくださいっ!」
焦ったり張り切ったりしている宇月さんを見て、その豊かな表情が懐かしく、俺は自然と笑みがこぼれた。
「次の昼休み、絶対ね?」
彼女はこちらを見つめた後、眉をハの字にして笑った。
「うん、絶対っ」




