第41話 プラシーボだっていいんです
「て、てっきり、エネルギー切れになってしまったのかと思ってました」
彼女は慌てて弁明する。
「いや、部活もしてないのにエネルギー切れ起こしちゃだめでしょ」
「そ、それもそうですね。早とちりでした、すみませんっ」
深々と頭を下げた彼女は、丁寧に両手でグミの袋を差し出してくる。
「……じゃあ、予防ということで、差し上げますね」
「え、うん、ありがと」
……委員長、酸っぱいグミ、持ち歩いてるんだ。
差し出されたグミを受け取ると、委員長は再び悲しそうな表情で俺を見つめてきた。
「松村さん、最近、宇月さんと一緒じゃないですよね……」
「え? まぁ、そうだね」
委員長までその話をするんだな……。
「何があったのか、教えてくれませんか? 私にできることがあったら役に立ちたいんです」
「……ありがと、気持ちはすごく嬉しいよ。でも、本当に何もなくて。何でこうなったのかは、正直俺にも分からないから」
「そう……ですか」
彼女はしょんぼりと下を向いた。
こうやって心配されるのは、自分にとって心底ありがたいことだ。
誰かが力になってくれると思えるだけで、それだけで十分。
本当に困ったときに助けを求められる人がいると思うと、気持ちも少しは前向きになれる。
「宇月さんとは、話したんですか……?」
「え……?」
「ちゃんとお話して、納得して、こうなってるんですか?」
「……いや、避けられてるみたいだし」
「……それでは、ダメです。ちゃんと話さないと、伝えないと、勇気を持たないと……。後悔するのは自分なんです……」
「……………」
「それを教えてくれたのは松村さんです」
彼女は顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。
「……私、まだ完全じゃないけど、自分の気持ちを伝えられるようになりました。1歩踏み出してしまうと、2歩目3歩目は、想像していたより重たくなくて……。クラスの皆さんとも、徐々にお話しできるようになってきて。今は、学校が楽しいです」
「そっか。よかった」
「でもそれは、松村さんが背中を押してくれたからです」
俺はたしかにあの時、委員長に心を開いてほしかった。
自分の意志があるのなら、こうしたいって気持ちがあるのなら、勇気を持って話さないともったいないって。そう思って話をした。
「松村さんは、どうしたいんですか?」
「それは……」
今の自分はどうだ……?
まだ宇月さんと話していないのに、距離を置かれたことに怯んで、彼女の気持ちも勝手に決めつけて……。
話してみないと、直接気持ちを伝え合わないと、何も分からないのに。向き合わないために、それらしい言い訳を並べてるだけじゃないか。
「……俺は、ちゃんと話したい。もし友達でいられなくなるとしても、理由を聞いて、納得して。それで、これからの関係を考えたい」
「そうです……。勇気を持ってください。もし後退りしそうになっても、今度は私が、背中を押しますから」
……そうだ。大丈夫。
やらない後悔より、やって後悔する方がずっといい。
いつまでも落ち込んでいるなんて、柄じゃない。
「……ありがとう。もう、大丈夫。もう十分、背中を押してもらえたよ」
委員長は、以前とは違う力強い眼差しで、俺の目を見つめながらコクりと頷いた。
「……よしっ。思い立ったら早い方がいいからね、俺はこのままここで、宇月さんを待つ事にするよ」
「はいっ。それでこそ松村さんですっ。私、応援してますから」
委員長は明るい顔で笑った。
「そのグミにも、おまじないをかけたので」
「……えっ。どんなおまじないが?」
「食べた人が、笑顔になれるおまじないです。あと、酸っぱい顔にもなれます」
手に持っていたグミの袋を見る。
「ふふっ。それは効果ありそうだね」
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生徒玄関を出てすぐ横で、宇月さんを待つ。
宇月さんの下駄箱にはまだ靴が入っていたので、彼女が下校していない事は分かっていた。
しかし、部活を終えた生徒たちが次々に玄関から出てくる。下校する生徒の数もほとんど無くなってしまっていた。
宇月さん、遅いな……。
こうして待つ側になると、時間が進むのがとんでもなく遅いということが分かる。いつ来るか分からないものをずっと待つのは不安で、思った以上に長く感じられて。
あの日は約束までしていたんだから、宇月さんはもっとそう感じていたのかな……。
すると、静かな玄関からゴソゴソと音が聞こえてきた。
しばらくすると、中から少女が1人、鞄の紐をぎゅっと握りしめ、俯いたまま出てきた。
「宇月さん」
「……えっ。松村くん」
彼女は驚いた様子で、小さな声を出した。
「なんで?」
「ちょっとね。宇月さんに用があったから」
「そ、そう……なんだ」
「宇月さんは、こんな時間までどうしてたの?」
「図書室にいたの。……家に帰っても、暇なだけだから」
「そっか。それでこの時間なんだね」
「うん」
お互いそれ以上の言葉をかけず、無言の時間が生まれる。
「……あのさ、よかったら、一緒に帰ってもいい?」
「え、えと……。今日だけ……なら」
「ありがと」
俺たちは人ひとり分以上の距離を保ちながら、家の方に向かって歩き始めた。




