第36話 アイデア1つ、アイスは2段で
春の遠足が終わって数日後。
俺は妹の凛と福井市内のショッピングモールに来ていた。
凛が部活で使うサポーターと私服を見たいとのことなので、何やら忙しそうだった母の代わりに俺が同行している。
「やっぱショッピングに来るなら"エムパ"だよね~」
「まぁ、県内ナンバーワンのショッピングモールだし。知り合いに会う確率もナンバーワンだけど……」
「えぇ、もしかしてお兄、私と歩いてるの恥ずかしい?」
「そんなことはないよ。凛の方こそ、兄と仲良く歩いてるなんて、誰かに見つかったら嫌な思いするんじゃないか?」
「もうお兄、妹をなめすぎ~。もちろん、家族といられるのは見られたくないって子は多いけどさ。私は、このとんでもなく恥ずかしくて絶対見られたくない状況でも、敢えて気にせずに堂々としてるっていうのが、逆にカッコいいと思うわけだよ~」
「見られたくないのは否定しないのね」
「んへへ」
俺と凛は建物の内にあるスポーツ用品店へ向かった。
この店舗は県内一のショッピングモールにあるのに加えてまあまあな広さがあるため、大体の競技の大体の物が揃う。だから大体のスポーツマンは何か欲しかったら大体ここに来る。……というのが、アンスポーツマンである俺の見解だ。大体。
「お~、あったあった。サポーター、これが欲しかったんだよね」
「なんか違うんだ?このサポーターは?」
「うん、ロゴが可愛いの」
「……性能面じゃないんだ」
凛はお目当てのサポーターを手に取った後、そのままバレー用品のコーナーを見始める。
「あとは練習着でも見ておこうかな~」
「へぇー。練習着ってこんなに種類あるんだな」
上機嫌で練習着を選んでいる凛を眺めていると、凛がその中の1つを俺の体に押し当ててきた。
「お兄はこれとかどう?今後の練習のモチベーションもあがるよきっと」
「すごいナチュラルにバレー部にしようとするじゃん……。てかそれレディースだし」
「えぇ~、バレー部、おすすめなんだけどなぁ」
「運動部はなぁ……。既にグループできてて入りづらい感じあるんだよなぁ」
「……ねぇ。それ、中学の時も同じ様なこと言ってたよ?」
「そ、そうだっけ……?」
言われてみればそんな事言ってた様な気がする。こうやって呑気にしすぎてチャレンジしないのは、きっともったいない事なんだろうけど。
「何かやりたい気持ちはあるけど……勉強する時間も欲しいし、どうしたもんかな」
「じゃあ、作っちゃえばいいじゃん」
「作るって?部活を?」
「そ~。だって、今ある部活も、たぶんこれまで誰かが作ってきたものでしょ?お兄だって、それぐらいできるんじゃないの?」
考えてもみなかったことだ。たしかに自分で作ってしまえば時間の融通も利きそうだし、意外とありかもしれない。
「んー、アイデアの1つってことで、その案はもらっておくよ」
「私のアイデア料は高いからね~?」
「分かった分かった、髪乾かしてあげる券でいいか?」
「それは元々お兄の仕事だからだめで~す」
「……仕事じゃなくて気まぐれな慈善活動のつもりだったんだけど」
「アイス1つおごる券で手を打つよ~」
「え?アイス?」
「妹からの好感度は他の女子からの好感度に直結するからね、こういう積み重ねが大事なんだよ~?」
「はいはい、買いますよ。好感度爆上がりで頼むよ」
「やったぁ~!」
その後二人でアイスを食べ、アパレルショップや雑貨屋、本屋などを回って充実した休日を過ごした。
凛は部活が忙しく、こうやって丸1日休みになること自体が少ない。3年生最後の大会が近いため、最近はより一層練習に励んでいる。
そんな大事な時期の貴重な休みを兄と過ごすなんて、ただの日常の延長でしかなく。自分には癒しも刺激も与えてあげられないと思うと、少し歯がゆいところだ。
それでも凛は、俺と一緒に過ごすことに文句など言わず、いつものように力の抜けた笑顔を見せ、買い物を楽しんでくれた。
……最後の試合に勝ったら、盛大にお祝いしないと。
そして次の日。登校すると、いつものように宇月さんが先に教室で座っていた。
「宇月さんおはよう」
「あ、松村くん……。お、おはよ」
月曜日で眠いのだろうか。今日の彼女はいつも程の元気はなさそうだ。
「今日、雨ひどいね」
「そ、そうだね」
「こんなに降るなら学校休みになるかなって期待したんだけど。そう上手くはいかないもんだね」
「うん……。私も、今日は休みになればなって、思ったよ」
宇月さんでも、そういう事を考える日もあるのか。
「宿題もまだ終わってないし、やばいやばい」
「私も。昨日はなんだか、手をつけられなかったな」
「よかった、仲間がいて。あの数学の先生、怒ると怖いしね」
「そ、そうだね」
「昼休みには終わらせないと」
「うん。……わ、私、ちゃんとするよ」
「うん」
「………………」
「……………あっ、と、ところで、部活って何入るか決まった?」
「……まだ、決まってないかな」
「そ、そっか」
「そんなお前たちに朗報だ」
「っっっ!!??」
微妙な空気感の中、それまで気配がなかった佐藤先生に後ろから話しかけられる。俺たちは突然のことで、椅子をグラつかせるぐらいに驚いた。
「先生、なんでいるんですか」
「なんだ松原、私は担任だぞ。担任が教室にいて何がおかしいっていうんだ」
「担任なら生徒の名前ぐらい覚えてください……。で、朗報って何ですか?」
佐藤先生は、よく聞いてくれた!と嬉しそうにニヤケると、俺たちにだけ聞こえるよう小さな声で話を始めた。
「それはだなぁ。実は先週、校長に呼び出されて、私が生徒のメンタルケアの活動を任されることになったんだ。……で、何をしようか考えてたところ、二人の顔が浮かんだわけよ」
「どういう事ですか……?」
「二人とも、まだ部活決まってないだろ?うちのクラスで未所属なの、お前らだけだからな」
「え、そうだったんですか……。って、俺たちが部活に入ってない事と今の話にどんな関係が?たしかに時間はあるかもしれないですけど」
「フッフッフ。生徒のケアは生徒ががやると良いと思ってな。……2人とも、新しく部活を作るってのはどうだ?その名も"生徒相談部"だ。いいだろ??」
生徒相談部……お堅い感じの名前だ。
「生徒が生徒の相談を受けるんですね」
「その通りだ松原。教師には話しづらい、ちょっとした悩みってあるだろ?そういうのを聞いてあげるんだ。思春期の悩みは思春期が一番共感できるからな」
一応、理にかなっている。
凛に言われた時も考えたが、自分達で部活を立ち上げるとなれば、そこそこ時間に融通が効くだろう。誰かの役にもたてるし、自分としては結構アリだ。
生徒の悩みを聞くという事なら、宇月さんが好きそうだし、食いつきそうな気もするが……。彼女は意外にも黙って話を聞いているだけだった。
「じゃあ、やるかどうかは2人で話し合って決めさせてください」
「分かった。もちろん、やってくれるとしたら私が顧問になるからな。良い返事を待ってるよ」
そう言い残し、佐藤先生は職員室へ戻っていった。
「……宇月さん、今の話どう思う?俺はやっても良いって思ってるけど」
「う、うーん……ちょっと、考えさせて欲しいかな」
薄暗くグレーな空に、しっとりと落ち着いている教室。外からは雨の音が聞こえる。
「そっか。……他にも部活、いろいろあるもんね」
「……そ、そうそう。いっぱいありすぎて迷っちゃう~みたいな」
「そう、だよね。……まぁ、ゆっくり考えてよ。返事はいつでも良いからさ」
「……うん」
やっぱり、今日の宇月さんは少し様子がおかしい。
静かで大人しく、いつも通り勝負を挑んでくることもない。それでも普通に話してくれているし、ある程度の愛想を持ち合わせているが、その笑顔もどこか他人行儀で。なんとなく距離を置かれているような……。
ジメジメした空気が体にまとわりつき、口を開こうとするも上手く言葉が出てこない。
いつも通りの距離、隣の席にいるはずの彼女に、俺は何故かそれ以上話しかけることができなかった……。




