第23話 力になれない悩み
「松村くん、こっちこっち」
小さめの声で呼びかけてきたその女子は、俺が作戦の協力を頼んでいた例の生徒だった。名前は……何だっただろうか。とりあえずAさんということにしておこう。
「あれ、2人しかいないの?」
「うん、そうなの。あと男子2人も同じグループだったんだけどね、さっき捕まっちゃった」
「それは大変だったね」
このグループは今残っているのは2人。
つまりこのAさんと、隣で静かに話を聞いているメガネの少女……委員長だ。
俺が委員長の方に視線を送ったことに気付いたのか、Aさんが委員長の肩にポンと手を置いた。
「この通り、鈴さんも頑張って生き残ってるんだけどね。女の子2人きりで心細かったの。だから助っ人として松村くんがいてくれると頼もしいよ」
「助っ人か……捨て駒の囮ぐらいに思ってもらえると助かるんだけど」
「そんな謙遜しないでよ〜、ねぇ、鈴さん」
「は、はい。それに捨て駒なら私がなります……」
委員長が喋った……!
まだ何も成し遂げていないのに、声を聞けただけで大きな達成感があるな。
「ちょっと、2人をそんな扱いできないって。囮とかなら私がやるよ」
「あっ、それならどうぞどうぞ」
「……え?私ハメられた?」
Aさんと俺のやり取りをみて、委員長が驚いた様子で口で抑えている。
「まぁそれはさておき、これからどうしよっか」
「じゃあ俺から提案なんだけど、他のグループメンバーは捕まったんだよね?じゃあこの3人で助けに行かない?」
助けに行く。聞こえはいいが、本当のところ俺の目的はそこではない。委員長に汗をかいてもらう必要があるため、できるだけ走らせたいのだ。
このまま隠れているだけだと、見つかるまで歩きもしない可能性があるから。
「もしかして松村くんのグループメンバーも捕まってるの?」
「いや、俺が把握してる限りでは捕まってないよ」
誠一郎は上手く逃げきれただろうか……。
「そうなんだ。でもいいの?助けられるのって自分のグループメンバーだけなんでしょ?松村くんが牢屋まで行っても無駄足……というか危ない目に遭うだけなんじゃないの?」
「そこは気にしなくていいよ。俺も自分のグループメンバーと合流したいし、牢屋に向かう途中で会えるかもしれないから」
「そっか。じゃあこっちもすっごく助かるし、行こう、一緒に。鈴さんもそれでいい?」
「は、はい、大丈夫です」
委員長、初めて話したけど本当に遠慮しがちだ。
全く喋らないという感じではないが、ずっと控え目で、自分から何かを主張する様子はない。
……そして何より、近くで見てもやはり顔が見えない。
長い前髪は目元まで隠していて、かけているメガネは謎の反射で白く光っている。話していても少し俯いているため、その表情さえも分かりづらい。
「私は皆さんにご迷惑をかけないようにしますので……」
「委員長、迷惑だなんてそんな。遊びなんだから、何があっても楽しめばいいんだよ」
迷惑というのは、陸上部と勝負するために敢えて近づいて捕まったりするような人のことだ。
……俺はすぐに一人の知り合いの顔が浮かんだ。
「じゃあこれから少しずつ牢屋の方に移動していこうか」
「松村くん、先頭お願いね」
「任せといて」
俺はひとりで立ち上がり、隠れていた塀からゆっくりと顔を出した。
よし、見える範囲でB組の生徒は誰もいないようだ。
「今は大丈夫みたいだから、あっちの物陰まで走ろう。さっ、早く早く」
なぜ俺がこんな先陣を切って積極的に動いているかというと、もちろん委員長を走らせるためだ。
敢えて少し速いペースで走りながら後ろを振り返ってみる。
すると、後方で前髪を揺らしながら一生懸命に走る委員長の様子が見えた。相変わらずメガネはかけたままだが、俺たちについてこようと頑張って手足を動かしている。
「ちょっ、松村くん!!」
「おむ゙ぅっっ」
突然後ろから体操服の首元を捕まれ、頭だけが前に吹っ飛びそうになった。
「あそこ!警察!」
Aさんが慌てた様子で指差した先には、遠くでグラサン警察が一人歩いていた。
「……っっ!じゃああっち行こう!」
俺はすぐさまターンし、向かっていたのとは別の方向にあった物陰へ走った。
後ろの二人も遅れながら一応ついてきている。
「……ふぅ、ここで一回、休憩しよっか」
「う、うん、い、息もあがっちゃったよ」
とりあえず警察に見つからず隠れられたことに安堵し、三人で座り込んで休憩する。
すると、ようやく呼吸が落ち着いてきたところで、こちらに慌ただしく走って来るもう一人の人影が見えた。
……警察か??…………ん?いや、違う。あれは……宇月さんだ。
「ま、松村く〜ん」
彼女は俺たちのもとに着くと、疲れ切った情けない顔で地面に座り込んだ。
「宇月さん、また会ったね」
「そこは"また会えたね"でしょ」
「…………ん?っていうか、天羽さんはどうしたの?」
「あっ、えっとね……。友梨乃はもう……」
「っっ……。そうか……」
俺と宇月さんはその場にしゃがみ、2人で静かに目を閉じて手を合わせた。
「ねぇ。友梨乃ちゃん死んだわけではないんだけど」
天羽さんが捕まってしまったとなると、誠一郎もやはり心配だな。今は委員長を走らせるという目的のために動いているが、どちらにしろ牢屋の様子は確認したいところだ。それに、宇月さんとも今後の動きを確認しておきたい。
「まぁでも宇月さん、会いたかったよ。少し話があるから、ちょっとこっち来てもらってもいい?」
「わ、私?……う、うん、いいよ…?」
珍しく大人しくなっている宇月さんを連れ出し、すぐそこの物陰に隠れた。そして二人で地面にしゃがむと、宇月さんが静かな声で問いかけてくる。
「ど、どうしたの松村くん?」
「ごめん、作戦の事とかいろいろ確認したくて」
「あぁ〜っ、うん。な、なんでも相談してよ」
「じゃあ、まずはあの子の名前なんだけど……」
「え?名前?……あぁ、恒例のやつだね」
「理解が早くて助かります」
「委員長と一緒にいるあの子は江口さんだよ。聞いた話によると、さんずいにエロって書いて江口っていう漢字なのが悩みなんだって。だから結婚するなら江口って人は無理だよね」
なんだろうその情報は。役に立つのだろうか。
「あ、ありがとう。江口さんね、覚えておきます」
「ふふん。貸し一つだねっ」
「はいはい。で、さっきその江口さんと委員長の三人で決めたんだけど、今から牢屋に向かおうと思うんだ」
「牢屋に?さては委員長のグループメンバーも捕まっちゃったんだね」
「お察しの通りで。俺も同行することになってるから、宇月さんもよかったら一緒に頼むよ」
「当然一緒にいくよ!それに友梨乃もポリに捕まっちゃったから、ちょうど助けに行けるもんね!」
……君はポリ派だったか。




