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第2話 ノートの1ページ目を何に使おうが本人の自由

カーーーーン カーーーーン…

 


 ここに着いて初めて鳴ったチャイムの音とほぼ同じタイミングで、ジャケットを羽織った若い女性が教室に入ってきた。

 先程まで空いていた周囲の席はいつの間にか生徒で埋め尽くされており、そのほぼ全ての視線が彼女に集まっている。 

 女性はチョークで大きな音を立てながら文字を書いていくと、こちらに振り返って話し始めた。


「このクラスの担任になった佐藤だ。皆、よろしく」


 女性の先生か。若く見えるけど、頼れる雰囲気の人だな。


「自己紹介はこれぐらいにして、皆さん、まずは入学おめでとう。今から楽しい高校生活が始まるということで、私からの入学祝いだ!」


 彼女は教室に入ってきた時から持っていた紙の束を、勢いよく、高く前に突き出した。

 

「課題……だっ!」


 それまで動くことを躊躇うぐらい静かだった教室が、突然突きつけられたパワーワードによってざわつき始める。 



 担任ガチャというなんだか失礼な言葉を思い浮かべていると、右腕をシャーペンの頭で突っつかれた。


「できたよ!」

  

 宇月さんが目を輝かせながらこちらを見ている。俺は佐藤先生の方にも半分意識を向けながら、彼女が嬉しそうに指差しているノートに目をやる。そこには、黒く細長い体で立っている見たこともない生き物が描かれていた。


 ……こ、これは……。最大級に譲歩して優しい評価をするならば、キモ可愛いと言うやつだ……。



 「さて、課題のことだが……」


 半分だけ意識を向けていた佐藤先生の方から、聞いておいた方がよさそうな話が聞こえてきた。

  

「私は今、夢だった教員という仕事をしている。だが今でも目標はたくさんある。宝くじで1発当てること、競馬でひと儲けすること、長身イケメンと結婚すること、、、挙げていくとキリがないな。人は目標を持つことで、日々の生活が潤っていくんだ。大人になっても、夢を追いかけている時間は胸が高鳴るものなんだぞ。だがみんなは、私よりもっともっと若い。この高校生という限られた3年間の中では、私なんかとは比べ物にならないぐらいキラキラした時を過ごす事ができるはずだ。そこで、みんなにも早い内から目標を持ってほしいと思っている」

 

 彼女は先程前に掲げていた紙の束を、前の席の生徒から配り始めた。

 

「というわけで、この用紙に自分がチャレンジしたい事、もしくは目標を書いてもらう。必ず記入して金曜日までに提出すること!全員だからな♡」


 この婚活ギャンブラー先生、最後にハートマーク付けたって何も誤魔化せないぞ。

 今まで大した目標もなく過ごしてきた俺には、こういった正解のない課題は何気に難しい。困ったものだ。


「じゃあこのあと入学式あるから、それまで休憩!」




 佐藤先生の話が終わると、教室の中が一気に騒がしくなった。周りの生徒も、やはり課題の件を気にしているようだ。


 再びツンツンと右腕を突かれて顔を向けると、宇月さんが涙目でこちらを見ていた。 


「う、うっ、うなっ、うなっ、ううぅ……」


「はいはい、本当に存在したんだね、ドジョウ星人」


「ウナギ星人だしっ!」


「こいつ、人間みたいな足が生えてるんだね。しかも生足……」


「ウナギのぬるぬる成分があるからね。靴とか履かないんだよ」


「そうなんだ。……意外に設定の作り込みがあるんだ」

 

「へへっ。よくできてるでしょ〜?私の勝ちってことだねっ!」


 彼女は満足気な顔でパタンとノートを閉じた。

 あ、もうこれで俺が負けたのね。

 


「ところで宇月さん、さっきの課題のこと、ちゃんと聞いてた?」


「あー、自分のやりたい事か目標を書くんだったよね?そんなの私には簡単すぎるぐらいだよ」


 ずっとお絵かきに集中していた割に、先生の話をしっかり聞いていたのは少しいけ好かないが、一応話を膨らませてみる。

 

「じゃあ宇月さんのやりたい事って何なの?」


「私はね、人をプロデュースするような仕事がしたいな。それかSASUKEオールスターズに入りたい」


「そっか。プロデュースなんて素敵な仕事じゃん。立派な夢だと思うよ」


 SASUKEオールスターズは触れなくていいだろう。

 

「松村くんの夢はなに?……もしかして世界征服?それともおかしの家を建てたいとか?……フフッ」


 ……勝手に想像して笑うのはやめていただきたい。


「特にやりたい事はないよ。これといった才能もないし」


「才能かぁ……」



 宇月さんは良いことを思いついた!というような顔をして、自分の机に入っていた課題の用紙を取り出し、何かを書き始めた。


「私はこれに決めた!」 


 宇月さんがこちらに見せつけてきた用紙には、“失くし物を見つける"と書かれている。

 なんか探してるの?……と聞こうとしたが、宇月さんはそんな隙を与えない。


「それで、松村くんはこうでしょ!」


 彼女は、俺が自分の机に置いていた用紙をぶん取ると、スラスラと勝手に書き終えてしまった。


"自分の才能を見つける"


「やりたい事がないなら、才能を探してみたらいいじゃん。自分にどんな才能があるのか分かれば、やりたい事が見つかるんじゃない?・・・ん?何言ってるか分かんなくなってきた。どういう事?」 


「俺に訊くの?」

 

 でも、宇月さんが言っていることは意外にも自分の中でしっくりきていた。

 才能が見つかれば、それを突き詰めてみたいと感じるかもしれない。自分が他人より“優れている事"は好きになりやすいから。


「何かの才能を探している内に、夢とか目標も一緒に見つかるかもしれないって事じゃない?」

 

「そうそう、そういう感じっ。私手伝うから、とりあえず色んなこと始めてみようよ!これで課題はクリアだね!」

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