第109話 カエルが好きになれてたら
民宿に戻ってお風呂に入り、部屋で就寝する時間。
今日はいろいろあったから疲れたな……。
布団に入って遠くに聞こえるカエルの合唱へ耳を傾けていると、すぐ隣からガサガサと何度も落ち着かない音が聞こえてきた。
誠一郎がまだ眠れていないのか、何度も寝返りをうっているようだ。
「どうしたの誠一郎。眠れないの?」
「あ、あぁ。そういう蒼汰もだけどな」
「……まぁね。誠一郎は何かあった?」
「い、いや、なんでもないけどよ……」
「そっか。じゃあまぁとりあえず、おめでとう。誠一郎と委員長はほんとにお似合いだと思ってたから。よかったよ」
「さんきゅ……って。え、な、なんで知ってるんだよっ」
布団からガバッと起き上がった誠一郎。
焦る彼を目だけで捉えながら、俺は布団から返事をする。
「ふふ。やっぱりそうだったんだ。見たらなんとなくそんな気がして」
「ったく。後でちゃんと言おうと思ってたのによ。お前そういうところは意外と鋭いんだな」
「まあね」
実際に二人の異変に気付いたのは福徳さんだった。
俺はもちろん勘がいい方ではないが、友人二人の変化にも気付けなかったし。
正直、あまり人のことを気にかける余裕なんてなかった……。
「でも、それで合ってたなら、本当におめでとう」
「おう。……まぁ、ありがとよ」
応援していた二人の、待ちわびていた朗報だ。
……なのに。なぜ自分はもっと大きな声でおめでとうと言えないんだ。
夜だから……なんかではない。
自分の器の小ささがむき出しになってしまったようで、すぐそこにあった木の天井が、今は果てしなく遠くに感じる。
「……いつかさ、絶対に付き合うだろうなって思ってたけど。こんなに早いとは、びっくり」
「自分のことだけどよ、俺も驚いた。まさかあいつの方から、一歩踏み出してくれるとは思わなかったからよ」
「そっか。委員長、すごく頑張ってたみたいだから。俺も嬉しいよ」
委員長はずっと前を見て、誠一郎だけを見て、変わろうと努力を続けていた。
今の俺はもう、背中を押してあげるなんて、えらそうな事は言えない。
……明日会ったら、心からの「おめでとう」という言葉だけを伝えよう。
「ふたり、仲良くね」
「おう、さんきゅ」
"旅のいいお土産"が、自分の物である必要なんてない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は目を瞑って夢の世界へ逃げていった。
*****
次の日。
朝食を食べた後、出て行った宿泊客の部屋の片付けをしていると、ペアになっていた委員長が声をかけてきた。
「松村さん。そういえば昨日の夜中に目が覚めて、なんとなく部屋の窓から外の方を眺めたんです。そうしたら、宇月さんが外の方へ歩いて行ったのが見えて……。何か知ってますか?」
「え? そうなんだ。俺は何も知らないけど」
「そうですか……。じゃあ、もしかして島の幽霊…………」
「いや、幽霊なのに宇月さんて……。普通もっと怖い見た目してるでしょ」
「あ……はは。たしかにそうですよね」
シーツを剥がす委員長は、パッと見いつも通りで、何も変わりないようだった。
「じゃあ、あんな夜中に何しに行ってたんでしょうか……」
「なんだろうね。……あ。ところで委員長。昨日の事、誠一郎から簡単に聞いたよ」
「えっ」
「無事に伝えられたんだね。ほんとによかった」
「あっ……。あの、はい、えへ……。う、嬉しいです」
いつものように顔を伏せる委員長。
でも、今日はきっと遠慮しているわけではない。ほんのり赤く染まったその顔が、彼女の掴みとった幸せの尊さを表している。
俺が昨日、誠一郎に心の底から「おめでとう」と言えなかったのは、勝手に自分を横並びにしていたからだ。
先を走っていく2人の背中なんてもう見えないのに、まだ自分が走り出せていない事ばかり考えてしまっていたから。
……でも、同じ土俵になんて立っていなかった。
自分はただの見物人で、ギャラリーで。
無理にでもそう考えると、自然に2人へ目を向けることができた。
だから今は、心からの「おめでとう」を。
「おめでとう、委員長。俺もすごく嬉しいよ」
「……ありがとうございます!」
彼女は目を細めて、眩しそうに笑った。
「……よしっ、これで君が恋愛マスターだ。俺は自分でこの任を解こう」
「そ、そんなっ。まだ聞きたいこととか、いろいろあったんですが……」
「あはは。最初から冗談だったからね。俺に聞いても経験無さすぎて参考にならないよ? たぶん、どう向き合おうって委員長が悩んでくれてる方が、むしろ誠一郎は嬉しいんじゃないかな」
「そう……いうものなんですかね……?」
「うん。きっとそうだよ。俺、彼女いたことないから分かんないけど」
「えぇっ!」と目を見開いている委員長に軽く親指を立てた後、俺は洗濯物のシーツを抱えて部屋を出た。
部屋を出てランドリーの方へ向かっている途中。
玄関を通りかかったところで、外の方から笑い声が聞こえてきた。
解放されている玄関から見えたのは、明るい日の光と朝の爽やかな空気。
そして少し遠くで笑っていた、宇月さんと流星君。
…………今日も、いい天気だな。
腕の力が緩まったことで、抱えていたシーツがぐらりと落ちそうになる。
……おっとっと。
危ない、仕事を増やしてしまう所だった。
いっそ痛気持ちいいぐらいに感じる程の胸の疼きを感じ、ギャラリーになった俺は、静かに、自分が向かうべきだった方向に足を進めた。




