第106話 辛いカレーと苦い夜
「……俺はあんまり知らないから。自分で聞いた方がいいんじゃない?」
こっちから近づいたのに……。心の狭い俺は何も教える気になれなかった。
そしてそんな自分への報いなのだろうか。突き放したはずの言葉は、皮肉にも真っ直ぐ前を向く青年の背中を押す。
「なるほど……そうですよね!自分で聞くのが大事ですよねっ!」
「……うん。……まぁ、そうだと思う」
清々しい羨望の眼差しを正面から受け止めきれず、俺はつい彼から目を反らす。
「次会ったとき、自分から話しかけてみます!……なんだか蒼汰さんは落ち着いてて、大人な雰囲気ですよねっ。アドバイスもくれるし、いい先輩って感じです」
「……いや、そんなことはないよ。俺はキミが思ってるような人間じゃない。……だから流星君、キミの方が……」
「え?」
「……い、いやっ、なんでもない……」
漏らしかけた本音。
最後の抵抗、それか認めたくなかっただけなのか、その台詞だけは外に出ていくことはなかった。
「……??そうですか。……あ、そういえば蒼汰さんはどうしてこんなところにいるんですか?ここ、人も来ないし何もないと思うんですけど」
「……あぁ、それは、お地蔵さんを探していて。民宿の鶴子おばあちゃんに頼まれてるから」
「それってもしかして、赤い帽子と赤いよだれ掛けを付けているお地蔵さんですか?」
「うん、そうだけど。どうしてそれを?」
「実は僕も、前に鶴子おばあちゃんから頼まれたことがあったんです。亡くなったおじいちゃんとの思い出だから、写真を撮ってきてほしいって」
「俺たちと同じだね……」
「やっぱりそうだったんですね! でも僕は結局見つけられませんでした。島中あちこち探し回ったんですけど、人が行くような場所にはどこにもなかったです」
「そうなんだ……」
流星君が言っていることが本当なら、お地蔵さんはこの島に存在するのか?
……それとも誰も立ち入らないような、危険な場所に置いてあるのだろうか。
どちらにせよ、島の住民である彼がくまなく探したと言うのだから、俺たちがこのまま普通に捜索したところで意味はない。今後の動きに関わる重要な情報だ。
「ほんとにあるんですかね?お地蔵さんって」
「どうだろうね。でも人目につく場所を探す必要がなくなったから、流星君の情報は役に立ちそうだよ」
「ほんとですかっ、少しでも役に立てたならよかったです!」
「うん。ありがとう。……じゃあ、もうそろそろみんなの所に戻らないと」
「あっ、そうですよねっ。わかりました、またどこかで会えたら!」
「うん、また」
手を振る流星君を背に、俺は丘の上で待つ2人のところへ向かう。
第一印象通り、流星君は爽やかでいい子。非の打ち所がない好青年だった。
でも、その事実が自分の心の澱みをさらに浮かび上がらせる。次会う時、俺はちゃんと"いい人"を演じられるだろうか。
お礼を言った時、それとお別れを言った時、取り繕っても笑顔を見せることができなかったから。この感情が薄れるまでは、宇月さんと話をするのは控えようと密かに誓った。
「蒼汰くん、どうだった?」
丘に戻ると、まだ遠くを見ていた天羽さんと委員長が俺の帰還に気付き、2人して期待の視線を寄せてきた。
「あそこにいたの、地元の中3の男の子だったよ。それで彼が言うには…………」
さっき聞いた流星君からの情報を共有する。
人目がつくところは既に調査済みであることを伝えると、2人も「それだとこれ以上普通に捜索しても仕方ないよね」と、1度全員で集まって作戦を練り直すことを提案してきた。
俺も全く同意見だったので、誠一郎に連絡を取って民宿に戻る指揮をお願いする。そしてちょうど夕食の時間も近かったため、食べながら作戦を練り直そうということになった。
民宿の小さな食堂に集合し、宿泊客より少し早いタイミングで夕食の飯のカレーを食べながらまた6人で話す。
「いやぁ~、にしてもそーたん、いい情報だねそれ」
「うん。ずっとやみくもに探すよりはいいよね」
「でも大体の場所を探したってことは、立ち入り禁止の危険な場所とか、いわく付きの心霊スポットとか、そういう場所を探さないといけないって事だよな?」
「しし、心霊スポット……ですか……」
一番激辛仕様のカレーを涼しい顔で食べていた委員長が、そのワードを聞いて震え上がる。
そして向かい側に座っていた福徳さんは、スプーンを持ったまま勢いよく立ち上がった。
「そうじゃん、それだよそれ!」
「え?」
「今日さ、夜みんなで肝試ししようと思ってたんだよー! だからついでにお地蔵さん探しできる場所にすればいいってことじゃん!」
そういえば委員長がその心配してたんだっけ……。
「か、かおりん……それってさ、ほんとの心霊スポットで肝試しするってこと……?」
「いや、心霊スポットっていうかさ、もう使われていない神社があるんだよ。用もなくて誰も人が寄らないからそんな感じの噂になってるだけで~」
「……そ、そういうのが心霊スポットなんじゃん!」
委員長の横で一緒に顔面蒼白になる宇月さん。
そんなことは知らなかったが、意外にも怖いものが苦手なのだろう。
「かおりちゃん……実は私もちょっと苦手なんだよね……」
「えぇ?女子はみんな苦手な感じなの? でも大丈夫!ペア作っていこうと思うから! ……うん、大丈夫!」
天羽さんの発言も虚しく、福徳さんは軽い「大丈夫」で肝試し強行の流れを作り出すのだった──。
夕食を終えて軽く休憩時間をおくと、俺たちは福徳さんの案内で肝試しのスタート地点へ向かった。
スタート地点へ向かう途中でさえ、風の音に反応して小さく悲鳴をあげる者が数名いたが、先頭の福徳さんはそんなこと気にしない。
「……さっ、スタート地点着いたよ。ここから真っ直ぐ行くと神社があるの。それでそのまま神社の裏まで真っ直ぐ突き抜けると、見晴らしのいい丘に着くからね。そこで集合ってことで!」
「か、かおりん……ほ、ほんとに行くの?」
「もちろんだとも!……じゃあ、ペアはどうする?」
……きた!
「そういえば誠一郎、怖いのは大丈夫だったよね?」
「ん?あぁ、まぁ苦手ではないな」
「じゃあ委員長とペア組んであげたら? 委員長一番怖がってるし、途中で腰抜かしちゃうかもしれないから。誠一郎なら俺より筋肉あるし、最悪ゴールまで運んであげられるでしょ?」
「あ、あぁ。それなら問題ないぞ。……小春が問題ないなら……な」
「……あ、えと…………わ、私は……お、お願いしたいです」
「おお!じゃあお2人さんは決まりってことだねー!もう決まった事だし、先に出発してもらおっか♪」
福徳さんの最後の後押しにより、無事に委員長と誠一郎を2人きりにすることに成功した。少しばかり……というかかなり強引な理由ではあったが、それぐらいでもいいだろう。
なんだかんだ、両想いなの全員気付いてるし。
そして2人を見送ったあと、4人になったところで宇月さんが話を切り出す。
「わ、私もさ、かなーり苦手なんだよね。こういうの」
「あはははっ、あすみんが苦手なのってちょっと意外だよね~」
「ほんとにダメなのっ。だからさ、かおりん、私と一緒に来てもらってもいい?」
「うん、ぜんぜんモーマンタイよ~」
「へへ、よかった~」
宇月さんは夕食を食べているときも、ここに来てからも、1度も俺と目を合わせてこなかった。
こうして福徳さんに頼っている今も、俺には角度をつけて肩で壁を作るように話している。
偶然か意図的かは分からない。
それでも、ようやく暗闇に慣れてきた俺の目は、図らずも彼女が浮かべる作られた笑顔……その僅かな歪みを捉えてしまっていた。




