第105話 コンタクトを使いこなせるようになりました
「い、委員長、ごめんっ、変なこと言ったね」
「い、いえ……だ、大丈夫です」
「んん~? 蒼汰君は意外と女たらしだったのかなぁ~?」
天羽さんのジットリした目が、俺の身体を一歩引かせる。
「そりゃあ、こんなに可愛い子が一緒だったら、デレデレしちゃうのも分かるけどさ~。私はてっきり一途なんだと思ってたよ~」
「い、いやっ……もちろん委員長は素敵だと思うけど、口説きたかったわけでは……」
「あー、自分がカッコいいからって、またそういうこと平気で言っちゃって」
「かっ…………」
彼女は後ろに手を組み、下から笑顔で俺を覗き込む。
「……へへっ。これまでの仕返しだよっ」
たまに出てくるプチデビル天羽さん。
やましいことは何もしていないはずなのに、何となく背徳感に駆られてしまう。
でもその可愛らしい笑顔で、ほんの少しだけ気が紛れたような気がした。
「まぁ、蒼汰君がこう言ってるようにさ、きっとペアになった人がなんとかしてくれるよ」
「そ、そうですよね……!」
「そうだよ委員長。どうしても怖いなら、ペアの人に手を繋いでもらえばいいと思うよ。人と手を繋ぐと不安が98%和らぐっていう、有名な実験結果もあるらしいし」
「そ、そうなんですね……!」
……もちろん嘘だ。
「な、なんとか乗りきれるような気がしてきました!」
隣から突き刺さる天羽さんの視線が少し痛いが、これであとは委員長と誠一郎をペアにすればいいだけ。
吊り橋効果も相まって、2人の関係が進展することを祈ろう。
緩やかな坂を登りきると、夏らしく青々とした芝生が丘一面に広がっていた。
芝生の緑と空の青。その境界線はどこまでも続いていそうだ。
坂を登ってきた疲れと、島ならではの雄大な景色が同時に飛び出してきて、俺たちは言葉を交わすことなく空の方を眺めた。
遠くから吹いてきた潮風が、優しく緑の絨毯を揺らしている。
奥底にある汚れまで洗い流してくれるような、爽やかな風。
この風を肺いっぱいに取り込んだなら、自分の中のすすけた空気は消えてくれるだろうか。
──全てを入れ換えられたなら、吐き出してはいけない相手に、吐き出さずに済むのだろうか……。
目を瞑り呼吸を整えていると、天羽さんの優しい声が聞こえてくる。
「蒼汰君……?」
「……ん?」
「どうしたの?大丈夫?」
「……あ、あぁ。ごめん、なんでもないよ」
「ほんとに……?」
「うん、大丈夫。……早速お地蔵さん、探してみよっか」
「……そうだねっ」
委員長と3人で丘の先の方に立ち、目を凝らしながら民家や山を見渡す。
丘の上からなら何か見えるかと思っていたが、俺たちはその広々とした自然豊かな景色に目を奪われるだけ。赤い目印を付けているとはいえ、お地蔵さんなんて小さくて見つけられない。
「んー、なんとなく予想はしてたけど、あんまり見えないね」
「まぁ天羽さんはちっこくて見えないか……」
「ち、ちっこくないもんっ!………………ふふっ」
天羽さんはプクッと言い返してきたかと思うと、すぐに頬の風船を萎ませて笑った。
いつも通りの明るくて可愛らしい笑顔。
……そんなつもりなのかは分からない。でも、まるで俺を励ますかのような笑顔だった。
「ねぇ、小春ちゃんは?何か見える?」
「えと、私は……。お地蔵さんではないのですが、向こうに人が……」
委員長が指差したのは、丘のすぐそばにある林。
少し遠くて薄暗いが、たしかに人の気配がある。
「ほんとだ、人がいる。小春ちゃんよく見つけたねっ」
「あ、あれって……」
「ん……? その感じ、蒼汰君、あの人のこと知ってるの?」
「あ、いやっ、そうじゃないよ。…………でも俺、あの人に聞き込みしてきてもいい? お地蔵さんがどこにあるか、聞いてみようと思うんだけど……」
「え?うん、いいよ。私たちも一緒に行こっか?」
「……ううん、一人で大丈夫」
「そう?じゃあ何か手掛かりが掴めたら、後で教えてね」
そうしてそれとなく天羽さんと委員長を振り切った後、俺は1人で林の方へ向かった。
気持ちは前に向いていない。自分でも何を話したいか分からない。でも、この足は遅いながらもその人の方へ運ばれている。
俺が会ってどうするんだ……。
近づくと、その人物は地面に膝を着いて何かを拾っている。そしてこちらが声を掛ける前に、その爽やかな顔を向けてきた。
「あっ、あの時の!……コルツでお会いした方ですね……!」
「う、うん」
「あの時はありがとうございました!」
立ち上がって深く頭を下げたのは、昼間に民宿の中で会った流星君だ。
「いや、俺は特に何も……」
「いえいえ、すごく助かりました。……そういえばお名前、聞いてなかったですよね……?」
「俺の名前なんて聞いてもどうしようもないと思うけど」
「そんなこと言わないでください。とても親切にしてくれた人なので、覚えたいんです」
100%の善意で親切をしたのだったら、感謝の言葉も気持ち良く受け取れたのかもしれない。
でも、あの時の俺は違う。この子の思っているようなできた人間ではない。
「何てお名前なんですかっ??」
「蒼汰……」
「蒼汰さんですねっ!」
キラキラとした目を向けられ、後ろめたい気持ちが込み上げる。
この子はこんなに綺麗な目をしているのに。澱みが取れない俺の肺は、また毒のある言い方でしか返せなかった。
「覚えなくていいよ」
「いや、そういうわけにはいきませんっ」
「……まぁいいけど。……こんなところで何してたの?」
「松ぼっくりを拾ってたんです。弟のために」
「そっか、えらいんだね」
「いえ、そんなっ。……でもあの時も同じこと言われましたっ。コルツで、明澄さんに」
「そう……なんだ」
「……あ。そういえば、あのっ、明澄さんとはお友達なんですよね?……よかったらその、彼女のこと、聞かせてもらえませんか……?」
胸に突き刺さっていた小さなトゲが押し込まれ、ズキズキと痛みを思い出させる。
先程まで爽やかに感じていた風は、俺だけを避けるように周りの木々を揺らし始めた。
ざわめき出すそれらが、弱く醜い自分を取り囲み、逃げ場を塞ぐように追い詰めてくるのだった。




