第103話 曲がり角でぶつかるのはヒロインかそれ以外かのどちらか
「私、そーたんと2人になれるタイミングずっと待ってたんだよね~」
白い歯を見せる福徳さんは、ゴム手袋がはめられた手でモミモミと空気を揉み始める。
その不敵な笑みにより、俺のブラシを持つ手が止まる。そして蒸し暑いこの空間で、緩んでいた背筋はゾワッと強ばった。
「……で、そーたん。どの子なの?」
「ど、どの子ってなに……」
「もぉー、分かってるでしょ?どの子を狙ってるのかってこと! 私、最初はあすみんの方だと思ってたんだけどね、実はゆりのんの方に何かあったりするのかなー……なんて、女の勘ってやつだよ」
「なに、そんなこと?」
「そんなことってなによ~。友達とお泊まりといえば恋バナじゃん?」
「それは夜寝る前とかにするもんじゃないの……」
「だって私たち、部屋が離ればなれになっちゃったでしょ?!」
悲劇のヒロインのように儚い表情で手を伸ばしてくる福徳さん。彼女の声が、湿度の高い部屋に小さく響き渡る。
……この人は絶対に好奇心で発言しているだけだ。深い意味がなさそうなことで身構える必要がなくなり、俺はブラシの柄に軽く寄りかかった。
「あんな適当な提案してきたからびっくりしたよ。皆も困ってたし」
「あ、あれなんだけどねぇ。私がそーたんと同じ部屋にするって言ったとき、あの時の女子の反応を見てたわけよ」
「どういうこと?」
「そーたんが私に取られるかもって思ったらさ、誰か阻止してくるかなーって」
……なんてワルい実験だ。そしてそれを試すだけにしては俺の心臓に悪すぎる。
結局あれで止めてくれたの、誠一郎だったし。
「でも釣れたのがせーちんだけだったのよ。残念」
「そんなもんだよ……。他の人は止める理由ないからね」
「うーん。だけどさ、あの時のみんなの表情はちょっと気になったんだよね。……ゆりのんは明らかに慌ててたし、あすみんも何か言いたそうだったもん。あと、こはるんもオロオロしてたしね」
……委員長がオロオロしてるのはいつもだ。
「まぁこはるんはせーちんの事ばっか見てるからね。こはるんが心配してたのは、せーちんとそーたんがデキてるかどうかって部分だったのかも」
「それに気付いてるなら変な心配させないであげてよ……」
「え?えっへへ」
福徳さんは恋愛レーダーが発達してるな……。
委員長が誠一郎に告白したい件はわざわざ言ったりしないが、彼女なら気付いてどこかでフォローしてくれるかもしれない。
……面白がらず、さりげなく助けてくれることを願おう。
「でさ、結局そーたんはどっちなの? ゆりのん?あすみん?」
「いや、どっちかだとか言ってないじゃん」
「じゃあどっちでもないの?」
「い、いや、別にそうも言ってないけど…………あ、て、ていうかさ。宇月さんなかなか戻って来ないね。すぐ戻ってくると思ってたけど」
「あ~、もう、はぐらかしちゃって~。……んー、でも、確かに遅いね。どうしちゃったんだろ」
宇月さんはボディソープの替えを取りに行っただけだし、鶴子おばあちゃんの所だからすぐ近くのはず。もう戻ってきてもおかしくないと思うのだが……。
「なんかアクシデントでもあったのかな?迷ってるなんて事はないと思うし……私たちも見に行ってみる?」
「そうだね。一応、心配だしね」
宇月さんが行ったであろう正面玄関は、廊下の角を1つ曲がるだけでたどり着く。全く遠くもないし、難しくもない。
彼女の行方が気になった俺たちは、自分たちの掃除用具をその辺に置き、濡れた足元だけ拭いて浴室を出た。
そして暖簾をくぐり脱衣所から出ると、何やら廊下の奧の方で這いつくばっている男女2人組が見えるではないか。
「あれ、あすみんじゃない?」
福徳さんの後に続き、すぐにその場に駆けつける。
這いつくばっているように見えたのは、床に散らばったドングリを拾い集める宇月さんと、同い年ぐらいの初めて見る男子だった。
「あすみん、大丈夫?」
「あぁ、かおりんっ、松村くんっ」
宇月さんは両手に一杯にドングリを持ちながら俺たちを見上げる。
「2人とも、ごめんね。私が遅かったから探しにきたんだよね? ちょっと角でぶつかっちゃってさ、彼が持ってたドングリばらまいちゃったの」
一緒になって拾っていた男子も、俺たちの方を申し訳なさそうに見上げる。
「すみません、僕が不注意だったんです」
「いやいや、私がちゃんと避けられなかったせいだから!」
「いやいや、僕が気配に気付いていればよかったんです!」
「いやいや、私の反射神経がもっとよければ!……って、このやり取り、さっきもやったよね」
2人は顔を合わせて「えへへ」と照れ臭そうに笑う。
「そっかそっか~、あすみんが迷子になってないみたいで良かったよ」
「ほんと、そうだね」
俺と福徳さんも膝をつき、まだ床に散らばっているドングリを一緒になって拾い始める。
「私、これぐらいで迷子にならないって~」
「でも素敵なメンズと運命の出会いを果たしていたとはねぇ~。もしかしてお邪魔しちゃったカナ?」
「そ、そんなんじゃないって!……ね??」
「あ、は、はい…………」
向かい合っていた優しそうな男子は、自分の頭を撫でながら顔を赤らめる。
そして、その澄んだ瞳は真っ直ぐに宇月さんの方へ向けられた。
「あ、あのっ、お名前……あすみさんって言うんですか……?」
「えっ、あっ、そ、そうだよ? 君は……?」
「僕は……流星っていいます。流れ星って書いて、流星です」
「そっか、流星君か……。素敵な名前だねっ」
廊下の窓から差し込む爽やかな日差しが2人を照らしている。
近くにいるはずの俺はその初々しいやり取りを見ていられず、小さく歪なドングリたちを1つずつ拾い続ける事しかできなかった。




