第101話 デジタルデトックスって私には毒なの
「うん、ちょっとね。明澄は今から外に出るの?」
「そうだよ。……あ、あぶないあぶない、もう少し早かったら2人の邪魔しちゃうところだった~」
宇月さんは「へへ~」と首の後ろをさすりながら、デッキへと続く扉へと向かう。
その程度の会話だったが、すれ違いざまの彼女の表情。それが少しだけ胸の奥に引っ掛かり、振り返る。
しかし、右足を半歩出そうとした瞬間、波に遊ばれた船体がグラリと傾き、その足は踏み留まるために元の位置へ戻されてしまった。
「うわぁっ」
隣で体勢を崩してしまった天羽さんの手が俺の腕を捕らえ、さらに身動きが取れなくなる。
そして揺れが収まると、我に返った彼女は強く掴んでいた手をパッと離した。
「あ、ご、ごめんね」
「ううん、全然大丈夫」
再び振り返ると、既に宇月さん外へ出てしまっていた。
……さっきの自分は、彼女に何を言いたかったんだろう。弁解とか、そういうのはお門違いなのに。
今から追いかけてもかける言葉が見つからず、俺はもう足を踏み出すことができなかった。
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「よぉーし、着いたね! じゃあ今からおばあちゃんち案内するからね~!」
島に上陸した俺たちは、福徳さんの案内で彼女のおばあちゃんが経営している民泊に向かい始めた。
視界に入ってくるのは、ほとんどが青と緑。
空は遠いのに、いつもよりずっと大きく感じる。
きちんと整備されている道路も車など通らず、聞こえてくるのは波の音とカモメの鳴き声だけ。
機械とか人工物から切り離され、洗濯物を天日干ししているような晴れやかな気分になる。
……そう、これはまるで、心の洗濯……。
「うわぁー、島ってやっぱりワクワクする!」
美味しい空気を目一杯肺に取り込んでいたところだったが……。スマホのカメラでカシャカシャと音をたてる宇月さんにより、俺の心の洗濯物はヒュウと何処かに飛んでいった。
「宇月さん……」
「な、なに~、松村くん。また心のフィルムで……みたいなこと思ってるんでしょ?」
スマホを下げた彼女は不服そうに頬を膨らませる。
「こういうのはSNSにあげないともったいないんだよ? 言ったでしょ?ハッピーはシェアしてハピハピになるんだって」
「なんか前言ってたのと少し違うけど……。ていうかその流木見てハピハピになる人いるかな?」
宇月さんが最初に被写体に選んだのは、綺麗な青空や珍しい動植物でもない。その辺の道路に転がっていた長細い流木。
どこから飛んできたのか流れてきたのか知らないが、俺には価値がある物にも芸術的な物にも見えない。……ただの流木だ。
「い、いるもんっ。分かる人には分かるってやつなんだよ、ねぇ、かおりん?」
「ん?そうだぞ~、そーたん。これ風水的にもすごくいい感じだから、スマホの待ち受けにするとかなり運気上がるやつだったりしちゃうんだぞ~?」
「えっ、そうなの?! じゃあ私これに待ち受け変える!」
悪い人に騙され、すぐにスマホをポチポチし始める宇月さん。隣の福徳さんは見えないところでニヤニヤと笑っていた。
フェリーでの事があったが、宇月さんは特に変わりなくいつもの様子だ。普通に話してくれるし、普通に笑ってくれる。
あの時見えた表情は気のせいだったのかもしれないな……。
程なくして大きな民家の前にたどり着くと、福徳さんはその家の前で大きく手を広げた。
「さっ、着いたよ! ようこそ皆さん!民宿コルツへ!」
「おぉ~、でかい家だな!あと"コルツ"って、何かおしゃれな名前だしな!」
誠一郎の言う通り、目の前の2階建ての民家は、横幅・奥行きともにかなりな大きさだ。
塗装や壁の状態は綺麗だが、和風の昔ながらな造りをしていて落ち着いた趣がある。
俺たちが全体を見渡していると、広い玄関がガラガラと開き、杖をついたおばあさんが微笑みながら出てきた。
「あ、おばあちゃん!来たよ!」
「おぉ、香かい。よく来たわのぉ。こんなに友達を連れてきてくれて、ワシも若くなった気分になるわい。ほっほっほ」
「あはは、なに言ってるの~。……あ、みんな紹介するね? 私の祖母で、この民宿をやってる鶴子おばあちゃん」
みんなが「よろしくお願いします!」と元気に挨拶する中、頭を下げ終わった宇月さんは1人顎に手を当てている。
「鶴子おばあちゃん……か。どこかで聞いたことあるような気がする……」
この様子、どこかで会った事があるのか?
んん~と声を漏らしながら眉間にシワを寄せる彼女が気になり、「昔会ったことあるの?」と質問を投げようとしたところ、横から委員長がボソリと呟いた。
「民宿"コルツ"……鶴子さんのお名前からきているんですね」
「あ、あぁ、ほんとだっ!さすがコハちゃん!」
なるほど。
この落ち着いた雰囲気とは少し似つかわしくないコルツという名前も、おばあちゃんの粋なもじりだったわけか。
って宇月さん。数秒前に聞いた民宿の名前に引っ掛かってただけかい……。




