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自作小説倶楽部 第30冊/2025年上半期(第175-180集)   作者: 自作小説倶楽部
第179集(2025年05月)/テーマ 「浮気」
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18/26

01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 17』

【梗概】

 新大陸副王府シルハを舞台にしたレディー・シナモン少佐と相棒のブレイヤー博士の事件捜査。


挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「アラスの町」


    17 気まぐれな風


 急行列車〈ラ・リゾン〉は十両編成であることが多いのだが、最後尾は決まって展望車となる。今回のそれも十両編成車両だった。一等車乗客専用ラウンジで、ベランダがついていることから、風に当たりたいときはここへくる。

 黄金の髪を後ろで束ねた若い貴婦人と、私・ブレイヤー博士は、食堂車で供されたシャンパンに酔ったというわけでもないのだが、少し込み入った話しをしたかったので、展望車へやってきた。


「レディー・シナモン、実際のところ、それぞれの自宅で殺害されたランティエ兄妹の死因って何だったの?」

「博士も御存じのように、毒にはそれぞれ症状が残るものです。ただ、糖尿病の治療に使うインシュリンなどは体内でも分泌するものなので、健常者に大量投与して殺害したとすれば、痕を見分けるのは難しくなる」


 毒には、蛇やサソリといった生物系の屍毒と、シアン化合物(*青酸)といった砒素と鉱物系とがある。しかし警察によると、それら残留物は、ランティエ兄妹双方の遺体からは検出されなかったとのことだ。これら以外、何らかの毒を兄妹は盛られた。兄アベラールのほうはすぐ逝った。対して妹のほうは犯人によって、紐で首を締めた後に、縊死したかのように偽装したている。


 エロイーズのアパルトマンのテーブルには、飲み終えた珈琲カップがあった。兄と同じタイプの毒を飲んだとして、カフェィン好きな妹には免疫があって速効性がなく、犯人は結局、後ろからロープで首を締めて殺したということになる。そして、テーブル上の珈琲カップ横には、手垢に汚れた、フランス語訳の聖書が置かれてあった。シナモンが頁をめくってみると、福音書『マタイ伝』には、鉛筆で何箇所もボーダーラインが引かれており、その中に気になる一文があった。


 ――Entrez dans la porte etroite.――


「狭き門より入れ」という一文だ。狭き門の外側は、俗世で、狭き門という障壁・煉獄を越えた先に天国がある。

 ――これは、玄関の表札に鉛筆で落書きされていたものと同じ文だ!

 管理人の老婆は、子供の落書きだというのだが、偶然ではなかろう。もしかしたら、殺人被害者が、犯人に襲われて致命傷を負い、死の間際に書く〈ダイニング・メッセージ〉の可能性すらある。


 黄金の髪をした若い貴婦人と私の二人は、再びアラスの町の警察署を訪ねた。

 すると、そこの担当警部が訊き返してきた。


「ポーランド人女性?」


 アラス警察署のロラン警部は口髭を生やしていた。その人が、興味深そうに、若い貴婦人の顔を見た。


「レディー・シナモンは、ランティエ兄妹の死因が、偶然の死でなく他殺だとなさっている。――兄上のアベラールさんが、珈琲になんらかの毒物を盛られ殺害された。続いて妹のエロイーズさんが、絞殺された後に、縊死したかのように偽装された。――貴女は、それが同一犯による犯行だと考えておられる。アベラールさんが殺された直後に、東洋人の男が現場から立ち去るのを住民に目撃されているので、そこから犯人を絞り込んだ。そして、これまで捜査で見落とされていた、アベラールさんの恋人であるポーランド女性に注目した。つまりポーランド女性も、事件に何らかの可能性があると、おっしゃりたいのですね?」


 若い貴婦人が肯首すると、髭の警部が続けた。


「ランティエ兄妹の兄アベラールさんと交際していたという女性、テクラ・バダジェフスカ……。そのポーランド女性は、エロイーズさんとも接点があった。しかし、アベラールさんの葬儀はパリで行なわれ共同墓所に埋葬されていると、パリ警視庁が報告しています。さて、バダジェフスカさんが、わざわざ、アラスまで来て、恋人の妹さんと葬儀の打ち合わせをしていたかどうか?」

「あくまで可能性です」


「鑑識の結果、エロイーズ様の爪に付着していた、犯人のものと考えられる皮膚の血液型はA型でした。彼女の血液型は?」

「B型です」

「エロイーズ様のご両親は? お兄さんのアベラール様は?」

「確か、父親がO型で、母親がA型でしたか……」


 雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員で記者のサルドとカメラマンのナバルは、レディー・シナモンとの付き合いは長い。彼女が関わったいくつかの事件において、この二人は重要情報を提供し、見返りに取材記事を書いて、世間の耳目を集めたものだ。協力を申し出た彼らと、町の教会で合流する。


 サルド記者が案内したのは、ありふれた石造りのゴシック風教会だった。ただ他所と違うのは、二十年前の大海嘯スタンピードの傷が癒えておらず、半壊したままの状態で使用している点にある。


「姫様方、ここの教会にランティエ家の過去を知るという、司祭様がいらっしゃるってことです」


 門口で出迎えた司祭は白く長い髭を生やしていた。


「ランティエ家の人達ですか? ああ、知っていますとも、レディー・シナモン。日曜礼拝は欠かさずおいでになっていました。アベラールが生まれたのは、大海嘯のちょっと前だった」

「ここ、アラスの町が大海嘯で虫たちに襲われたとき、ランティエご一家は?」

「他の市民同様に、他所へ避難していましたよ。――五、六年だったか、アベラールが、シルハで生まれた妹のエロイーズと一緒に町へ戻り、この教会にも挨拶に来た。――他所で生まれた妹はもちろん、兄のほうも、子供のとき以来ですから、最初、誰だか判りませんでしたがね……」


 ここで司祭が、もったいぶった口ぶりで、

「先の大海嘯のおり、町中を巨大な虫達が蹂躙したわけですが、我々が前もって準備していたとある作戦によって、一人も犠牲を出しませんでした。どんな作戦かと申しますと……」


 司祭の長い話を訊き終え、教会を出た若い貴婦人と私、それから雑誌社特派員の二人はエロイーズが勤めていたという寄宿学校を訪れてみた。

 アラス旧市街の町屋は、急勾配の屋根と煉瓦れんが壁からなっているのが特徴的だ。かの寄宿学校もそうで、運動場の奥に、二階建て校舎と寄宿舎一棟ずつで構成されていた。


 学校長が言った。

「アラスは大海嘯に見舞われましたが、奇跡的に損傷がありませんでしたので被災後、すぐに学校が再開出来たんですよ。――ああ、エロイーズ先生はお気の毒なことをしました。まさか、あんなことになろうとは……」


 応接室に、レディー・シナモンと一同は通された。


「エロイーズ様のご両親もこの学校に勤めておられたのだとか……」

「ランティエ一家が他所へ移ってから父上から手紙を戴きました。夫人ともども重い病気だとあり、ほどなくそろってお亡くなりになった。そして昨年、師範学校を出たばかりの娘さん、エロイーズ先生が、お兄さんのアベラールさんと一緒にやって来たんです。――うちもちょうど教師が足りなかったから、二つ返事で採用しましたよ」


 エロイーズは勤務態度も良く学校長に好意的に見られていた。死因について自死する原因はまったく判らない。学校長の話は警察の調書と一緒だ。

 シナモンは最後にもう一つ質問した。


「エロイーズ様は珈琲をよく飲まれましたか?」

「カフェイン中毒でしたよ。酒・煙草はやりません。そのあたりは、フリー・ジャーナリストだった兄上、アベラールさんと対照的です。――兄妹と私が、この部屋で面会したとき、お兄さんは、お出しした珈琲に手をつけなかった。紅茶はどうですかと勧めると、それも苦手だとおっしゃっていた。それで葉巻煙草を差し上げたら喜んでお吸いになった……」

「アベラール様は愛煙家だったのですね?」


 学校長が肯首した。


 我々が宿に戻ると、彼女は中間報告の書簡を綴った。


 続く

【登場人物】


01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官

02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官

03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長

04 バティスト大尉:依頼者

05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。

06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。

07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。

08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。

09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。

10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。

11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。

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