01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 16』
16 拒絶しないでほしい
翌九日、木曜日。
レディー・シナモンと私・ブレイヤー博士は、アラスに停車する急行列車〈ラ・リゾン〉に乗るべく、北駅のホームに立った。
「〝姫様〟、またファンがついて来たようだわ」
ときどき感じる黒い影は、確かに近くにいる。
荷物は赤帽が運んでくれる。
そこで、今しがたの黒い影ではなく、フルミ大尉が現れた。
「君達が追いかけている真犯人をつきとめるなんて状況じゃない。――辺境では〝異変〟が起きかけている。アラスへは行くな。無理なら早々に切り上げろ」
「フルミ大尉、その情報って機密事項では? どうしてそんな話を私達に?」
「個人的に貴女のファンだからだとでもしておいてくれ」
――ファン? 婚約者が殺されたばかりなのに、姫様を口説いている? いや、かまっているだけ? 人を食ったような物言いだな。
車掌が行き先を告げて周った。駅員の安全確認の後、〝ラ・リゾン〟は出発した。車窓越しに、ホームにまだいるフルミ大尉が望めた。
臨時便の兵員輸送列車が通常ダイヤに割り込んでいる。そのため、通常ダイヤそのものが、時間帯にズレが生じていた。乗車した急行列車は、午前六時発だったのが、五時三十分発に繰り上がっていた。
食堂車〈プルマン〉での食事は七時で、だいぶ間がある。真鍮の手すりがついた側廊のある一等車の小部屋・コンパートメントは六人掛けで、私は二人掛けクロスシートに、レディー・シナモンと並んで座った。
*
車掌が食事の用意が出来たことを報せに来た。レディー・シナモンと私・ブレイヤー博士は連れ立って、食堂車に向かった。朝食はクロワッサンに、スクランブルエッグとソーセージ、そしてトマトとレタスを盛り合わせたサラダがついたもので、飲み物は珈琲、紅茶、ミルク、オレンジジュースのいずれかから選ぶようになっていた。
先客がいた。
「あ、〝姫様〟」素っ頓狂な声を上げたのは、雑誌社〝ラ・レヴュ〟特派員コンビのカメラマン、ナバルだった。「ここで姫様達にお会いするなんて、運命的っすよね、先輩!」
先輩であるサルド記者は、感動の余り、カチコチに硬直していた。
その先輩に代わって、お喋りなナバルが、状況を説明した。
「俺達、これから前線の取材をするっすよ。もっとも、リールの町で乗り換えて、東部地域に向かうんすけどね」
サルド記者がナバルを睨んだ。
「あっ、やっぱ姫様達にご同行させていただっくす。――姫様を追っかけると、また面白い事件にありつけそうだ」
かつてサルドとナバルは〝ラ・レヴュ〟の社命を受け、豪華飛行船による世界一周旅行で、私達と行動をともにしたことがある。――そこで、公にされていないのだが――殺人事件があった。レディー・シナモン少佐は、それまでにも幾つかの事件を解決している。
食堂車はガラガラだ。
サルドとナバルは四人用テーブルに移って、姫様と私を同じテーブルに座るよう勧めた。
シルハ盆地を出た列車は、大聖堂で有名なアミアンへ停車して、さらにアラスへ向けて発車した。
数キロごとにある踏み切りには番小屋がある。そこには通信式のブザーがあって、列車が通過する度に、前の番小屋前が次の持ち場の番小屋の担当者のところへ、ブザーで連絡するシステムをとっていた。
急行列車〈ラ・リゾン〉は、アーチ積みをした、赤レンガのトンネルに突入し、轟音を立ててくぐり抜け、葡萄畑、麦畑のただ中を駆け抜け、川や運河に架けられた橋梁を渡った。そうして列車は湿地地方に入った。
湿地地方は穀倉地帯であり、鉄道網が構築されまでの数百年間、新大陸の随所で掘削されてきた運河があり、そういったインフラを利用した織物業も盛んだ。――そのためか、車窓越しに田園風景を眺めていると風車小屋が増えてきた。
緩やかに波打った平原。
丘の上の廃虚化した風車小屋の一つから、ガラス越しに、チカチカと瞬く光が見えた。
「モールス信号のようね」
私ががそう言うと、レディー・シナモンがうなずいた。
――PREZCMRCBABCSDRVFNBBCNAT――
彼女は、送信されたアルファベットを、素早く野帖に書き留めた。
列車には、自分につきまとっている、怪しい人物が乗っている。その者へ宛てたものだろうか。――はたまた大戦後に休戦条約が結ばれてはいるものの、諜報戦が繰り広げられている、旧大陸〝帝国〟諜報員に宛てた指令なのだろうか……。
続く
【登場人物】
01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官
02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官
03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長
04 バティスト大尉:依頼者
05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。
06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。
07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。
08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。
09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。
10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。
11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。




