これが最後の手紙です
【ベルトン王国歴821年10月】
アデーレ、元気にしているかい?変わりはないか。
こっちに来て1ヶ月経つけど、君に会いたくて仕方ないよ。
俺はようやく兵役の仕事に慣れてきたところだ。いま俺がいるのは国境付近のゲルトという街なんだが、俺たちの街に比べると本当に田舎で、何にもない。
飲み屋だって2軒しかないんだぜ。だからいつも兵士でいっぱいだ。宿舎は狭いし寒いし、飲まなきゃやってられるかって思うのは分かる。だから最近は酒屋で安酒を買ってきて、部屋で飲んでるんだ。
毎晩酒盛りをしているせいか、仲間たちとはだいぶ仲良くなったよ。婚約者がいると話したら、羨ましがられた。ホラーツの野郎は「お前がいない間に彼女が浮気していたらどうする?」なんて聞いてきやがった。ホラーツってのは俺と同期の兵士だ。年も近いんで気が合ってる。
勿論、「アデーレが浮気なんかするわけないだろ」と答えておいたよ。でも正直に言うと心配だ。君は美人だから、俺がいない間に言い寄ってくる男がいるかもしれない。
なんてな!アデーレなら大丈夫だよな。
今のところウーヴェ国の軍は動く気配もないし、静かなもんだ。このまま何事もなく兵役が終わることを祈るよ。
じゃあな。返事を待ってる。
【ベルトン王国歴821年12月】
ケヴィン、お手紙ありがとう。
だいぶ寒くなってきたけれど、身体は大丈夫?そちらはかなり寒いらしいから、風邪を引いてないか心配だわ。
私は元気だけれど、実は父が病気になってしまったの。しばらく療養が必要だとお医者様に言われたわ。お店の方は母と私で何とか回しているけれど、人手が足りなくて大忙しよ。
本当は貴方に新しい手袋を贈りたかったのだけれど、そんなこんなでバタバタしていたものだから、まだ出来てないの。ゴメンなさい。
同僚の方と仲良くなれて良かったわ。貴方は明るい性格だから、人気者になっているのじゃないかしら。
それじゃあ、身体に気を付けて。あと、お酒はあまり飲み過ぎないようにね!
【ベルトン王国歴822年1月】
アデーレ、手紙を読んだよ。
マリウスおじさんの容態はどうだい?俺にとっても、義父になる人だ。心配だよ。
俺がいれば、店を手伝ってやれるのに……。こんな遠い所にいるせいで、君やカルラおばさんにも苦労を掛けてしまっているのがもどかしい。
実は先週、ウーヴェ軍が侵攻してきた。斥候部隊だったみたいで、軽い小競り合いだけですぐに撤退していったよ。
前線にいた仲間数人が怪我をしたけれど、俺は無傷だ。
そうそう、怪我人が出たんで治療士が呼ばれて来たんだけどさ。それが若い女性だったんだ。女の治療士がいるのは知ってたけど、こんな前線に、しかも若い女が来るなんて驚いたよ。
治してもらった兵士の中には、すっかり彼女へ夢中になってる奴もいる。なんでも治療の際、手を握って励ましてもらったんだってさ。兵役が終わる前に口説き落とすんだって豪語してた。
顔はちらっとだけ見た。まあまあ美人だったけど、俺はアデーレの方が美しいと思うよ。
【ベルトン王国歴822年2月】
ケヴィン、元気にしてるかしら。
戦闘があったのね。今回は小競り合いで済んだようだけれど、これから戦いが酷くなるのじゃないかと思うと心配だわ……。
お父さんの病気は小康状態が続いている。お店の方はね、クルト叔父さんが手伝いに来てくれてるの。おかげでだいぶ楽になったわ。
それでやっと少し時間が出来たから、手袋が出来上がったの。そちらへ着く頃には暖かくなっているかもしれないけれど、使って貰えたら嬉しいわ。
【ベルトン王国歴822年3月】
アデーレ、手袋ありがとう。早速使っているよ。
実はまたウーヴェ軍が攻めてきて、俺も前線に出ていたんだ。軽い怪我をしたんだけど、大丈夫だ。ロザリンデに回復術を掛けて貰ったらすぐに治ったよ。
ロザリンデの事は前の手紙にも書いたっけ?女の治療士だ。
直に見ると確かに華やかな美人だと思った。ああ、心配しなくていい。俺の愛する人はアデーレだけさ。
そういえば今日新しい兵士が来たんだが、その中にディルクがいたんだよ。そう、俺たちの幼馴染のあいつだ。驚いたよ。
ディルクはすごく緊張していてさ、何だか面白かった。俺も半年前はこんな感じだったのかな。
【ベルトン王国歴822年4月】
ケヴィン、忙しい中手紙をくれてありがとう。
貰った手紙で貴方が怪我をしたと知って、本当に肝が冷えたわ。ケヴィンの所へ行く!って私が大騒ぎしたもんだから、お母さんに落ち着けって叱られちゃった。
酷い怪我でなかったのは幸いだったけれど。どうか無理をしないでね。
父の病気は快方に向かっているわ。まだ休んでろって言われてるのに、時々店へ顔を出すのよ。私たちだけで切り盛りしてると聞いて、心配で仕方ないのでしょうね。
男手がなくなったことで、離れていったお客さんがいるのも事実だから、お父さんの気持ちも分かるわ。貴方が戻ってきてこの店を手伝ってくれるようになったら、またお客さんが戻ってくるかも!
それまで、私が頑張るわ。
【ベルトン王国歴822年6月】
返事が遅くなって済まない。
あれから何度か戦闘があった。仲間にも怪我人が続出している。
ロザリンデは凄いんだ。普通の女なら卒倒しそうなくらい、酷い怪我の兵士を見ても怯まない。血が付くのも構わずに一人一人の手を握って「大丈夫ですからね」と励ましてくれるんだ。あんな素晴らしい女性がこの世にいるんだなって感動した。
仲間たちが彼女に憧れる理由が分かった気がする。
こないだ彼女と少し話したんだけどさ。何でも両親を戦争で失ったことで、戦で亡くなる人間を一人でも減らすために、治癒士を目指したそうだ。学費もなくて、先輩治療士の所で働きながら術を教わったらしい。偉いよな。
【ベルトン王国歴822年7月】
ケヴィン、元気にしている?怪我などしていないかしら。
ロザリンデさんという女性は、とても偉い方なのね。でも私は彼女のことではなく、もっと貴方の近況が聞きたいわ。
次の休みには帰ってこれるのかしら?
貴方に会えるのを楽しみにしてる。
【ベルトン王国歴822年9月】
戦争は膠着状態だ。ウーヴェ軍は数日おきに攻めてくる。深追いはして来ないが、またすぐに姿を現すんだ。
あいつらは俺たちを精神的に追いつめようとしてるんだって、部隊長が言っていた。卑怯な奴らだよ。
おかげでみんなピリピリしていて、部隊の雰囲気が良くない。
ロザリンデの偉大さを君にも伝えたくて書いたのに、分かって貰えなかったようだね。内地で安穏と暮らしている人間には、彼女のように前線で活躍している者の凄さは理解出来ないんだろうな。
危険だから後方へ異動したらと助言したんだが、彼女はここへ留まると言ってくれた。
ロザリンデを見ていたら、俺も頑張らなきゃって思うようになったよ。兵役は2年だが、延長を申請しようかと考えてる。彼女のように、俺もこの国へ尽くす人間になりたい。
【ベルトン王国歴822年11月】
今度の休みに帰省するつもりだ。話したいことがある。
【ベルトン王国歴823年4月】
両親から手紙が来たよ。ロザリンデとの結婚は許さないと書いてあった。
君が俺の両親に泣きついたのか?しかも、彼女のありもしない悪口を吹き込むなんて……。アデーレがこんなに陰湿な女とは知らなかった。婚約を破棄したのは正解だったよ。
誰に反対されようとも、俺はロザリンデと結婚する。
お金を貯めて、この辺境近くに家を買うつもりだ。彼女のことを認めないならば、両親とも絶縁する。俺はそのくらいの覚悟を持って彼女と向き合っているんだ。絶対に彼女を幸せにする。
君も嫉妬に狂ってこんなことをしたのだろうから、恨まないよ。
俺のことは忘れて、別の幸せを見つけてくれ。手紙も二度と送らないで欲しい。
【ベルトン王国歴824年3月】
アデーレ、何度も手紙を出しているのに、どうして返事をくれないんだい?
もしかして、以前二度と手紙を送るなと伝えたことを気にしているのか?君のそういう律儀なところは長所だと思うけれど、もう少し頭を柔らかくしてもいいんじゃないかな。
月末にはそっちへ戻る。待っていてくれ。
【ベルトン王国歴824年4月】
愛するアデーレへ
君へ会いに行ったのに、マリウスおじさんに追い帰されたよ。なんだか酷く怒っていて「お前みたいに不義理な男を、我が家へ入れることはできん!」と怒鳴られた。
何か誤解があるようだ。君からおじさんへ説明して欲しい。いずれは家族になるのだから、仲違いしたままじゃ君も困るだろう。
ロザリンデのことは気にしなくていい。あいつとは離婚するつもりだ。
あの女の言うことは全部嘘だった。「愛しているのはケヴィンだけ」と言っていたくせに、部隊のいろんな男と寝ていたんだ。
天涯孤独というのも嘘だった。既婚者と不貞をして、親から絶縁されたらしい。その上、行く先々で似たようなトラブルを起こして辺境へ流れてきたそうだ。師匠だと言っていた先輩治癒士も、前の男だった。
お腹の子だって、俺の子だか分かったもんじゃない。
ずっと騙されていた。同僚たちも、それを知っていたくせに黙っていたんだぜ。酷いだろう?
酔っぱらったホラーツがニヤニヤしながら俺に話したんだよ。
俺が「何で教えてくれなかったんだ!」と怒ったら、「みんな知ってるぜ。故郷で待ってる可愛い婚約者を捨てて、あんな女を嫁にするなんて奇特な奴だと思ってたんだ。まさか本当に知らなかったとはな」と笑い物にしやがった。
仲間だと思っていたのに……。その後、すぐに除隊手続きをした。あんな奴らと一緒に戦えるか!
なのに実家へ帰ったら、両親は怒って俺を追い出したんだ。息子が久しぶりに戻ってきたってのに、薄情な親だと思わないか?
やはり俺には君しかいない。
結婚したら、君の家の店を手伝うよ。俺という後継ぎが出来るんだ。おじさんやおばさんも喜ぶんじゃないかな。
そうそう、マリウスおじさんが「アデーレにはもう新しい婚約者がいるんだ。付き纏うのはやめてくれ」と言っていたけれど、嘘だよな?君が俺以外の男を愛するわけはない。
もしかして、無理矢理嫁がされようとしてるのか?
俺たちを引き裂くなんて許せない。今すぐ助けに行くから、荷物を纏めておいてくれ。
そのまま二人で新婚旅行ってのもいいな!
君のケヴィンより
【ベルトン王国歴824年4月】
ケヴィンさんへ
この手紙が届く頃には、私はこの街にいないでしょう。
貴方からの手紙を読んだ父と婚約者のフォルカーがひどく心配して、一足早く彼の実家のある街へ移ることになりました。
だから、これが最後の手紙です。
フォルカーと結婚するのは本当。貴方から婚約を破棄されて落ち込んでいた私を、彼はずっと励ましてくれたわ。ようやく立ち直った頃に「前から君の事が好きだったけれど、婚約者がいると聞いて諦めていたんだ。どうか俺を選んで欲しい」と求婚されたの!
まっすぐで優しくて、私を尊重してくれる良い人よ。私を貶めるようなことは絶対に言わないしね。貴方と違って。
父は回復したけれど本調子じゃないし、店は縮小すると言っているわ。いずれは店を畳むつもりみたい。今まで忙しかった分、両親にはゆっくりして欲しいわね。
貴方はご両親から受け入れて貰えなかったらしいけど、自分から縁を切ったのだから当然じゃない?
絶縁の手紙が届いた時のご両親の嘆きようを、貴方は知らないのでしょう。
「うちのバカ息子が済まない」と泣きながら謝る彼らに、私の心まで締め付けられるようだった。
ようやく息子の事を諦めて生きていこうとした所に、シレッとした顔で戻ってくるんだもの。そりゃ怒るわよ。せめて、土下座して謝るくらいすればいいのに。
それと、ロザリンデさんのことも。貴方は離婚すると言い張っているけれど、私との婚約を破棄してまで添い遂げようと思った女性なんでしょう?しかも身重ですって!そんな相手を簡単に捨てることができるのね。心底呆れたわ。
生涯を共にする覚悟を持って迎え入れたのだから、彼女の過去がどうであろうが、お腹の子の父親が誰であろうが、受け入れるべきじゃない?
というより、貴方の選択できる未来はそれしかないと思うわ。
貴方が一方的に婚約を破棄したことはこの街で知れ渡っているから、そんな男と結婚したがる娘さんはいないでしょう。
ご両親も、貴方を絶対に受け入れないと仰っていたしね。大人しく辺境へ帰った方がいいわよ。
ああ、でも兵役にも戻れないんだったわね。
乱闘騒ぎを起こして除隊されたんですって?ディルクから聞いたわ。
そちらで新しい職が見つかるといいわね。
私はフォルカーと幸せになるわ。貴方も、自分の幸せを追求してね。ロザリンデさんと共に。