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第九話 女子校生のロッカー蒸し(ゾンビ風味)

 ◆ ◆ ◆


 刹那は真っ暗闇の狭い空間の中で息を潜めていた。

 以前の失敗の原因は必要以上に手の込んだ準備に時間を掛けてしまったことだ。

 小細工無用。シンプルが良い。

 部室の扉を開いた瞬間にロッカーの中ら飛び出して驚かしてやる。

 普通に飛び出すだけじゃ多少たじろぐ位で表情は動かさないだろうから、以前買って部屋に放置していたゾンビマスクを被っている。

 以前は前日に小道具を購入したところを尾行されて失敗してしまったので、わざわざ押入れの奥で埃を被っていたコレを引っ張り出してきてやった。

 久遠を笑わせるどころか失敗ばかり繰り返し続けた(と本人は思っている)結果、ここ最近では夢にまで出てくるほどに久遠の鉄面皮に囚われていた。

 いい加減、なんでも良いからあの無表情が崩れる瞬間をこの目に焼き付けておかないと頭がおかしくなりそうな気がしてきていた。

 そもそもSに目覚めて折檻してきてんだったら、せめて嬉しそうにしないさいよ! 散々に人のことを好き放題しておいてクスリとも笑わないとかどういうこと!?

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・!」

 刹那はいつになく切羽詰まった顔で呼吸を荒々しくさせて、暗くジメジメとしたロッカーの中に隠れていた。

 じつはロッカーの中に入る前に久遠が教室から出るのを窓越しに見ていたので、おそらくあと3分ほどで部室に到着するだろうと予測できて––––––––––––

 ガチャッ。

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 なんで、もう居るの?

 というか、なんで扉を開ける音がしなかったの?

 横目で見ると扉はしっかり開いている。トリックではない。単に物音がしないよう静かに戸を開けただけのようだ。

 だからなんで今日に限ってそんなことするの? 普段はそんな扉を開ける音に気を遣ったりしていなかったじゃん?

 ゾンビマスク越しに気まずい空気の中、二人の視線が重なり合い数秒の時が経った。

 刹那は完全に固まっていて驚かせようと叫び声の一つすら上げることができなかった。

「・・・・・・・・・・・・。」

 ギィー・・・・・・ガチャン。

「あっ・・・・・・・・・・・・!」

 そして久遠はまるで何事もなかったかのような鉄仮面さでロッカーの扉を締め直した。

 間の抜けた表情で目と目を見つめ合わせていた刹那をそのままに。

 え? なにその反応? ・・・・・・え?

 ガタッ、ガタガタガタッ! ガタン! ガッ、ガッ!

「えっ? なに、ナニ、何っ!?」

 ロッカーの扉が閉められたかと思ったら、今度は外側からロッカーに何かをされているような物音が続いた。刹那は足元がグラつくのを耐えて、揺れが収まるのを待つしかなかった。

「・・・・・・ええ、今すぐに。・・・・・・本人の希望だから。・・・・・・ええ、そうね。・・・・・・ロッカーに引き込まってしまって。・・・・・・絶対に譲る気はないそうだから。・・・・・・そう、お互い大変ね。」

 ロッカーの外で久遠が誰かに電話を掛けているようであった。

 小声で、しかもこちらに背を向けて喋っているようでハッキリと聞き取ることはできなかった。

 だけど久遠が誰かに何かを頼んでいて、どうやらその誰かはすぐに向かってくるらしいということは分かった。

 ドタドタドタドタッ!

 ガラガラッ!

「お待たせ! すぐに準備に取り掛かるね! 急がないと間に合わなくなっちゃう!」

 慌てた様子で文芸部へやって来た人物の声には非常に聞き覚えがあった。

 幼稚園時代からの親友の篠原三四の声だ。

 そして刹那は何の気なしにロッカーの外へ出ようとした瞬間に異変に気付き始めた。

 ガチャッ。

 あれ? 開かない? いやいや、鍵が掛かっているところなんて見たことないよ。なに? 外からくーちゃんが扉を閉めてるの?

 刹那の予想は的中していた。

 ロッカーの前に立ち塞がる久遠は呼び出した三四に悟られることなくロッカーの扉にもたれかかり背中で扉をガッチリ押し込めていた。

「ちょっと、くーちゃん––––––––––––」

 ドガンッ! ドゴシャッ! ガン! ガン! ガン!

 刹那が声を出そうと瞬間、久遠は肘や後ろ蹴りでロッカーの扉をバシバシと叩いて邪魔してきた。

「ん? せっちゃん、どうかしたの?」

「早くしろって急かしてるみたい。作業の音で鼓膜が破れないように、先に完璧な防音処理をしろだって言ってるわ。」

 さらに刹那にとって最悪に不都合な発言まで捏造してくる始末だった。

 三四の仕事は手早く、刹那が無実を訴える声が届くより先にロッカーへの完全防音処理が完了してしまった。

「それにしても本当なのか?」

「ええ、どうしてもと言っていたわ。」

「まさか・・・・・・まさか男子野球部の着替えを覗くためにロッカーを改造した上に、更衣室へ運び込めだなんてのう。これが思春期というやつか。」

「発情期の間違いでしょう。」

「うー、まさか幼稚園時代からの親友がこんな変態になってしまうとわねぇ。涙が出てくるよ。」

 本人の聞こえていない所でとんでもない風に話が進行しつつあった。

 刹那の目の届かない所で三四と話す久遠の表情は心なしかいつもより緩んでいた。



 ◆ ◆ ◆


 ガタガタッ、ガタン!

「うおっ!? 今度は・・・・・・なんだ!?」

 ゴロゴロゴロゴローッ。

 くぐもった電動ドリルの音が防音処理の上から鳴り続け、ガタガタとロッカーが振動を繰り返していたのが止まったかと思うとまた次の異変が起きた。

 どうやらロッカーごとどこかに移動させられているらしい。

「痛っ!」

 かなり乱暴な運び方で、すごく揺れる反動で頭や身体のあちこちをぶつけてしまっていた。

 それもしばらくするとピタリと止んで、刹那は再び真っ暗闇の静寂の中に取り残された。

 当事者である刹那には露知らぬことだが、彼女の入ったロッカーは無事(?)男子野球部の更衣室へと運び込まれていた。

 ジリジリジリジリ。

 少し落ち着いてきた所でまた別な違和感が

「なんだか熱いな・・・・・・まるで火に炙られているような・・・・・・あれ?」

 ジュウウゥゥッ。

 「まるで」ではなかった。「そのもの」であった。

 なんということでしょう。なんの変哲もないただのロッカーは匠の手によって個室サウナに生まれ変わりました。

「ぎゃあああぁぁ! 熱い! 暑い! あつい! 燃えるうううぅぅ! 焦げるううぅぅ! 焼けるううぅぅ!」


「それにしてもなんでロッカーをサウナに改造する必要があったのかのう? 覗きに関係ないじゃろうに。」

「その方が興奮するらしいわ。汗だくになりながら、汗まみれの野球部の半裸を眺めるのがイイとか。」

「・・・・・・子供の頃からの親友がずいぶんと遠い場所に行ってしまった気がするのじゃ。」

「・・・・・・そうね。遠い場所(あの世)に行ってしまうのかもしれないわね。」


 ロッカーの中は非常に狭く、気を抜くと地肌が熱せられた金属部分に触れてしまえば火傷必死だ。

 それはそれとして加湿器まで搭載されているようでロッカーの中の湿度まで異常に高まり、ダラダラと大量の汗が噴き出してきていた。

 暑さと湿度で意識が朦朧としつつあり、刹那は次第に一枚ずつ制服を脱ぎ去っていった。

 時折ロッカーの扉を開けようとガチャガチャするがビクともしない。厳重にロックが掛けられているようだ。

 ゾンビマスクと下着一枚になるまで脱衣を繰り返し、とうとう命の危機を真剣に感じるようになってきた頃。

 ガチャリッ。

「開いた!」

 唐突にロッカーの扉が開いた。

 それは偶然でもなんでもなく久遠がタイミングを見計らって遠隔操作でロッカーの扉を開錠したからだ。練習を終えた野球部員たちが部室へ入ってから数分ほど経ったタイミングを見計らって。

 防音処理されたロッカーの中に閉じ込められていた刹那は外で久遠と三四が話していた会話の内容を知るはずもなく、ましてや暑さで脳まで茹で上がりそうな中で冷静にロッカーの空気穴の隙間から場所を探る余裕もなく、何も知らぬままに練習で良い汗をかいたばかりの野球部員たちの集まりの中に出ることになった。

 下着一枚の変態露出狂スタイルで。

「ふぇっ!?」

 しかも頭には暑さのあまりに変成してしまいホラー感の増したゾンビマスクが被せられていた。

「うわああああぁぁぁ!!?」

「えっ!? ゾンビ!? ・・・・・・いや、え? 女? え?」

「変態! 痴女だああぁぁ!」

「覗きか!? 嘘だろ、なんで男子野球部で!? そういう性癖なのか!?」

「ぎゃあああぁぁ! 化け物!?」

「どうすりゃいい!? 先生呼べばいいのか、こういう場合? それとも直で警察呼ぶべきなのか!?」

「つーか、なんで下着一枚!? 汗でビショビショだし!」

 ほんの数秒の間にその場はかつてないほど騒然となった。

 いくら身体を鍛えた運動部の男子生徒たちであっても、突如目の前に現れたあからさまな変態痴女の存在は恐怖でしかなかった。

 しかもドロドロに半解したゾンビマスクに下着一枚だけという訳の分からない仕様だ。

 恐怖だ。

 一方で刹那は刹那で半裸状態の筋肉モリモリマッチョメンたちに突然囲まれた状態に放り出された状態な訳で。

 それだけでも目が点になるほど驚かされた上に、顔が真っ赤になるほどイケナイものを見てしまった気分になっているというのに、自分が下着一枚の半裸状態なのを思い出してますます顔を真っ赤にさせた。

 ゾンビマスクで顔も顔色も分からないけれど、当人にとってはそういう問題ではなかった。乙女の尊厳的な問題であった。

「きゃあああああぁぁぁ!」

「「「「「うわああああぁぁぁぁ!」」」」」

 互いに半裸状態の男女たちが互いの姿を見ながら悲鳴を上げあう地獄絵図。

 文芸部の部室で改造したロッカーに備え付けたモニター用のカメラ越しに現地の映像を確認して、久遠は狂ったように喜び笑い叫んでいた。

 その隣で三四が変態に変わり果てた親友の恥辱に塗れた姿を目撃して静々と涙を流していた。横で鉄面皮を崩して大笑いしている久遠のことを気にする余裕もなさそうだった。

 多くの人間が傷を負っている中で、久遠ただ一人はホクホクだった。

「うひいいいぃぃっ!!」

 さすがに教師や警察に追い掛け回されなれている刹那の状況判断から行動へと移る速度には目を見張るものがあり、即座にその場からの逃亡を開始した。

 年頃の若い女の子の下着姿に欲情する余裕すら失って驚き叫んでいる野球部たちを尻目に足早に更衣室から飛び出してから3秒後、刹那が持ち帰るのを忘れた自分のブレザー制服を取りに戻ってきたことで野球部員たちはもう一度大きく身をたじろがせて真剣に悲鳴を上げた。

 忘れ物を回収し、今度こそ更衣室を走り去る刹那の後ろ姿をジッと見送る野球部員たちの表情から恐怖の感情が消え去る頃、一人がポツリと呟いた。

「––––––––––––あれってやっぱり瑠璃垣刹那なのか?」

 迫真のゾンビマスクを貫通するレベルの驚異的な認知度を誇る刹那に、人間の尊厳に満ちた学園生活を今後送ることはできるのだろうか?

 少なくとも、親友の三四にすら「そういうこと」を願望として持っていると言われても疑問に思わないあたり・・・・・・それは困難と言うべきなのかもしれない。


「あははははははははははははははっ! 本当に最高・・・・・・ねっ!」


 もっともそのことを歓喜して笑い叫ぶ人間が一人居る訳でも。

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