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フォルテューナ・パンタシア魔道具店の秘密〜魔道具店の店主が守護天使につかまるまでのおはなし〜  作者: ゆうひかんな
四章 蜘蛛の咬み傷

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第三話


 よし、決めた。


「いいでしょう、買い取ります」

「よかった!」

「ですが条件付きです。条件が満たせないようであれば買い取りはいたしません」

「そんな……」

「事前に商品は選ばせていただくとお伝えしておりました」


 そう言われてオリヴィアは言葉に詰まった。フォルテューナは揺らぐことなく視線を受け止める。


「王女殿下はさまざまな制約のある立場。たとえば気配を消しながら私が危害を加えないか見張る影のような存在。そして時間の制約もあるでしょう。今日こうしてこの場にいらしたのは日々の勉強や業務の隙間を使ってということも承知しています。そこまでしてくださるのだから買い取ってさしあげたいという気持ちはあるのです」


 でも無条件で買い取るわけにはいかない。フォルテューナにも店主として守らなければならないものがある。


「買い取った愛は、女性達の悲しみなのです。それをいい加減に扱えばさらなる不幸を呼び覚まします。だから買い取るまでにきびしい条件を課すのです。殿下は愛する臣民が不幸になってでも自分だけ幸せを望みますか?」

「……っ」

「あなたが命じればあんな寂れた建物のひとつくらい容易に壊せるでしょう。そのうえで望むように蹂躙することができます。ですが、残念ながら愛を捨て去ることはできません。なぜなら愛を買い取るには魔法を成就させる条件を満たすことが必須だからです」

「……条件を満たすには魔道具店と、あなたが必要なのね」


 さすが聡明な方だ、とにかく話が早い。


「ひとつだけ教えしましょう。魔法とは契約です。契約を結ぶには相応の対価が必要となります」

「では条件をクリアすれば買い取ってもらえるということね。条件は何かしら?」

「魔道具店の一室で作業が済むまで一人きりになることです」


 オリヴィアは青ざめて、深く考え込んだ。それが彼女の立場で最も難しいことだと知っているから。それでもフォルテューナは淡々とした口調を崩さなかった。


「対価というものは、本人にとって難度が上がるほど効果は高くなります」

「……」

「生まれてからこれまで、一人になることのなかったので不安でしょう。ですがご安心ください。屋内での身の安全は保証します。私の許可なくして屋外からの侵入および魔法の干渉改変はできません」

「そうはっきりと言える根拠は?」

「私の命を対価にして結界を張っておりますので」


 そう告げて、にこやかに微笑んだ。ぎくりとした顔でオリヴィアは顔を跳ね上げる。


「それって失われた魔法じゃないの?」

「さすが、よくご存知ですね。命を対価とする術を破るには命をかけるしかありませんから使う者が限られますし、使い勝手が悪いのです。そのせいで廃れてしまったと伝えられています」

「それは魔道具なの? それとも禁呪の一種かしら?」

「そこから先は機密情報なのでナイショです」

「ずるいじゃないの、私は話したのに!」

「冗談抜きで命かかってますから。お許しください」


 にっこりと笑って、フォルテューナは扉の外を指差した。


「それでも不安なら検証のために攻撃してと(かげ)に命じください。建物には傷ひとつつきません」

「やめておくわ、無駄に怪我しそうですもの」

「賢明な判断です」


 なにしろ一撃くらわせた時点で相手には致命傷が与えられるのだから。


 さて、私に言えるのはここまで。どう判断するのかしら?

 目を閉じていたオリヴィア様は深く息を吐くと立ち上がった。


「ちょっと失礼するわよ?」

「ああ、そうだ。ひとつ譲歩しましょう」


 フォルテューナは、にっこりと笑った。


「あなたの身を守るためには、そばに敵が近づかなければいい。違いますか?」

「まあ極論を言うとそうなるわね」

「あの店に従業員は私しかいません。ですから影は私を見張っているというのでどうでしょう?」

「は?」

「店舗スペースは自由に捜索していただいていいですよ。ただしオリヴィア様の入る部屋については、先ほども説明したとおりに個人の情報が秘匿されていますから警護が目的であろうと無関係の人間に入っていただくわけにはまいりません。それから」


 フォルテューナは唇に指を当てた。


「ご存知とは思いますが、念のため。この先で見たことはくれぐれも秘密に。これについてはチェチーリア様からも釘を刺されていますよね」


 慎重派のあの方なら絶対に言ってくださる。この約束が守れないのなら買い取りはできないことを。だってこの制約も契約には含まれているから。


「オリヴィア様はともかく、影は国に報告する義務がある。ですからその方が正義感に駆られて国に告げ口すれば全ては崩壊します。もし愛を買取ったとしても、契約が失われれば、倍の不幸となってあなたに返ってくるでしょう」

「倍の不幸?」

「名誉、金、地位の全てを失い、結婚相手も失うかもしれません」

「脅しではないわね」

「はい。愛を捨てるという契約はそれだけ重いのです。だから私は店を守るために命をかけています」


 女性達の幸せを守るためには、対価に命を差し出すしかなかった。


「さて、()()()()覚悟ができたらお越しください。店でお待ちしています」


 説得にどのくらい時間がかかるかしらね?


 応接室を出て、店に戻ったフォルテューナは右手に雑巾を握りしめた。待つついでに窓掃除をしよう。バケツを足元において右から順に窓のガラスを拭き始める。


「あなた、いつも掃除してるわね。掃除が趣味なのかしら?」

「趣味といいますか、単に終わらないだけなのですよ。それが毎日続けるうちに趣味と昇華して」

「もういいわ、聞いてるとなんでか悲しい気持ちになるから」


 それはわかる。実のところ、フォルテューナは掃除や片付けものが苦手だ。


「それで、結論に至りましたか?」

「ええ、愛を買い取ってちょうだい」

「影は秘密を守ってくださいますか?」

「誓わせたわ。愛を失わなければ国が滅ぶと脅したの」

「大袈裟ではありませんからね。もし婚約の締結後に公爵閣下に靡くようなことがあれば、オリヴィア様だけでなく国の信用も失墜するでしょう。最悪、戦争になるかもしれない。人心の機微に聡い方でよかったですわ」


 影にしては甘い人だ……だからこそ、この国は救われるだろう。


「ではこちらへ」


 扉を開けるとドアベルが鳴る。文机の引き出しから鍵を出してジャラリとテーブルの上に置いた。


「時間があまりないようですから手短に説明いたします。約束事は二つ。部屋に入ったら、机の上に指示書があります。指示に従って行動なさってください。そして全てが終わったら、この鍵をご自身の手で外側からしっかりと掛ける。それが一番重要です。質問はございますか?」

「ないわ」

「それではまいりましょう」


 先に立って地下へと降りていく。蝋燭の明かりに、ハーブの香り。陽だまりにまどろむような幸せを感じる場所。ここはフォルテューナが用意した捨てられる愛のための墓場だ。そして螺旋階段を降りた先には形状の異なる木製の扉が三つ。


「気になる扉はありますか?」

「それは好きに選んでいいという意味かしら?」

「はい、そのとおりです」

「ということは入り口の形状が違うだけで()()()()()()()()()()()のね。では一般的な形状の四角い扉にするわ」


 フォルテューナは驚いた。これだけの限られた情報で、本質に気がついた人間は少ない。この方は合理的で頭の回転が早く思慮深さも持ち合わせている。この資質がオリヴィエラ嬢と同じものだとすれば、ますます不思議だ。結婚してまで取り込んだくせに、旦那様は彼女の何が気に入らなかったのだろう。そしてかつての記憶を取り戻した今、何を告げるつもりなのか? 


 まあいい、真実は愛を捨てた先にしかない。フォルテューナはオリヴィアの手のひらに鍵を置いた。


「扉を開く前に確認させてください。オリヴィア様、あなたはご自身が蜘蛛と呼ばれたころの記憶を取り戻しました。旦那様は蜘蛛であったころのあなたを深く傷つけたかもしれませんが、今世も同様とは限りません。若い女性の心は揺れやすいもの。両国に多少のわだかまりは残るかもしれませんが、公爵閣下は有能な方だそうですので、婚約については上手く事をおさめてくださるでしょう。心の求めるままに彼を選んで、かの方の手腕にかけるという道も残されています」


 そして今世こそ、蜘蛛は旦那様に愛される。


「生まれ変わりに意味がないとも限りません。そして愛を失ってしまえば二度と取り戻せないのです。それでも愛を失う道を選びますか?」

「当然よ。彼には何度も言っているの、私はオリヴィアよ。オリヴィエラじゃないわ」


 迷うかと思えば間髪入れずに即答した。フォルテューナは苦笑いを浮かべる。


「公爵閣下はどうしてそこまでオリヴィエラ嬢にこだわるのでしょうね?」

「自分の愚かさを認めたくないからでしょう。受け入れられないというのなら、いつまでも記憶の中に残るオリヴィエラを愛し続ければいいわ」

「たしかにおっしゃるとおりです」


 それこそ永遠に変わらない愛、ただ一度きりの恋だ。


「それにね、一度やらかした人間が次はやらないなんて保証はないのよ」


 オリヴィアは自ら扉を開ける。そして手のひらに乗せた鍵を強く握りしめた。


「小さな蜘蛛にだって牙はある。敵とみなせば咬みつくでしょうね」


 小気味よい音を立てて扉は閉じた。


 なんとも勇ましい女性ね。尽くすタイプのオリヴィエラ嬢とは違っているかもしれないが十分に魅力的な人なのに。ちょっとよくわからないわ、公爵閣下がオリヴィエラ嬢の何に囚われているのか。フォルテューナは深く息を吐いた。


「さて、店に戻りましょう」


 振り向くこともなく、フォルテューナは階段を上がっていく。それからいつものように文机の引き出しに鍵をしまった。紅茶を二杯入れて片方をテーブルにおくと、無人の空間に話しかける。


「お飲みにならないと思いますが一杯だけお付き合いくださいね」


 そう言い置いて文机に座ると紅茶を片手に仕入伝票と売上伝票の整理を始めた。普段ならフォルテューナの店は買い物客がいてそこそこ忙しい。だが買い取りの希望があるときは貸切りの札を下げて、他の客の姿は見せないようにしている。フォルテューナは売上台帳に金額を書き込み、ふっと顔を上げた。


「ああ、戸棚にある商品は自由に手に取って差し支えありませんよ? ただし、鍵のかかっている棚には決して触れないようにお願いしますね。冗談ではなく命を奪われます」


 紅茶のカップを片手にフォルテューナはページをめくる。王家に古くから仕えるという影――――気配も感じないし相手の姿は見えないが、店の結界に反応があるということでわかるだけの存在。

 己の全てを国に捧げる彼らと私利私欲のために生きるフォルテューナは対極にあった。うん、私には絶対に無理だわ。だからこそ卓越した能力や忠誠心は賞賛に値する。

 

「もし気になる商品がございましたら手に取ってみてください。意外な掘り出し物が転がっていることがありますよ」

「……」

「当店は魔道具だけでなく魔法薬の取扱いもございます。特に麻痺薬や麻酔薬は品質の良いものが揃っていますわ。仕事柄、使われることも多いのではありません?」


 だが、気配すら感じさせない存在との会話は思ったよりも面白く。ほんのわずかな揺れに、とまどうような空気を感じてフォルテューナはクスッと笑った。いつでもフォルテューナを殺すことのできる相手と同じ空間にいながら、意外にも平穏な時間が流れている。


「……あなたは魔女なのか?」


 だからといって油断したつもりはなかったのに。突然、死角となる棚の脇から声が響いて驚いた。フォルテューナのページを手繰る手が止まる。そして次の瞬間、吹き出すように笑い出した。


「ごめんなさい。失礼よね、笑うなんて……でもね、普段聞かれることがないから面白かったのよ!」

「……」

「お詫びに本当のことを教えてあげるわ。私は魔女よ」

「……っ!」

「ついでにいうと、神子だったこともあるし、仙女と呼ばれたこともある。占星術師や星見を務めたこともあるわね。呼び方は国や立場によっても変わるものなの。そのひとつが魔女というだけ」


 私の本質が呼び方で変わるものではないので、なんと呼ばれてもかまわない。そう答えてフォルテューナは薄らと笑った。


「それにしても、王女殿下の無茶振りをよく許したわね! 命令違反は命がけでしょう?」

「……」

「ふふ、私に情報を与えないというのは正解よ。たしかにどう使われるかわからないものね。ただ、ちょっと……あなたの名前を知らないのは不便だわ」

「どうして?」

「呼ぶときに困るからよ。それしかないじゃないの」


 魔女や神子と称号で呼ばれるのと同じで、影という呼び方は記号みたいで味気ない。だから私は好きじゃないのよね。


「そうね、仮に名前をつけていいかしら?」

「どうしてそうなる」

「いいじゃない、今だけだし」


 なんだか呆れた声がしたけれど気にしない。顔はわからないけれど、男性特有の低くて深みのある良い声だ。さてなんと呼ぶか考えて、ふと窓ガラスに映る青い色が目についた。それはレティの作った仮死薬の食紅の色で、彼とは関係ないと思われるもの。でも、そうね。これがいいわ!


「リゲルにしましょう。狩人座の左足、青白き星の名よ」

「どうして名を……、今、青って言ったか?」


 呆然としたような声音に首をかしげる。あら、いい名前だと思ったのだけれど?


「もしかして嫌かしら?」

「いや、そういうわけではないが」

「じゃあ、リゲルね。私のことはフォルテューナと呼んでちょうだい」

幸運(フォルテューナ)か」

「ええ、気に入っているの。素敵な名前でしょう?」

「フォルテューナ、ひとつ教えてくれないか?」

「あら、何かしら?」


 背中を向けたまま売上台帳のページをめくる。意外とグイグイくるわね。空気のような相手だからこそ話しやすいのかしら?


「君との出会いは我々にとって幸運だろうか?」


 彼の声が、思いのほか近い場所から響いた。数々の修羅場を潜り抜けてきた者独特の存在感にフォルテューナは肩を震わせる。今どこにいる? 結界に触れる気配がどうにも頼りない。おそらく彼は影と呼ばれる者達の中でも抜き出た実力者。そうでなければ王女の護衛を一人で任されるわけはないものね。

 ……困ったわ、そんな規格外と争う気はないのよね。魔法ならともかく、純然たる武力では確実に彼には勝てない。フォルテューナは困惑したように微笑んで、慎重に言葉を選んだ。


「同じ幸運でも、足りると思うかは個人差があるからなんとも言えないわね。ただ……」

「なんだ?」

「できる限り、誰にとっても幸運な存在でありたいと願っているわ」

「そう、あなたはそういう人か」


 背後に人の気配を感じてハッと顔を上げた。視線の先にある窓ガラスに相手の顔が映る。口角をほんの少しだけ上げて、満足そうに笑う男の顔だ。顔つきは鮮明ではないけれど、目元だけはよく見えた。前髪の隙間からのぞく瞳の色が、くっきりとガラスに映る。


 青だ――――夜空に輝くリゲルの青。


「もしかしなくても大当たりじゃないの。私、すごくない⁉︎ 名付けの天才だわ!」

「その表情からして本当に偶然か。俺のことを知っているわけじゃなかったと?」

「当たり前でしょう! って、ちょっと待ちなさい。影のくせに無関係の第三者に顔晒すんじゃないわよ!」

「遠慮しなくていい、これからは十分に関係者だ」

「ちょっと、顔近い。まさか、あなた最初から巻き込むつもりだったのね!」

「フォルテューナ・パンタシア魔道具店。立地もいいし、使い勝手が良さそうだ」


 ふざけるな。利用される謂れはないとフォルテューナは分厚い売上台帳を掴んで振り向いた。

 っ、いない! 


「残念だったな。魔法にも姿を消す術式があるそうだが、俺のは技術だ」

「背後から近づくんじゃないわよ、変態!」

「変態って、失礼だな。せっかく重要な情報を教えてやろうと思ったのに」

「……っ、何を」

「二階の角にある採光窓の鍵が壊れているぞ?」

「へ?」

「普段開閉しないなら、わからないだろう。たしかに化け物級の結界のおかげで鍵の一個二個壊れていたとしても実害はないだろうが、結界が機能しないときは物理的に侵入が可能だ。あれは早めに直しておいたほうがいい」

「……」

「間取りから想像するに窓の隣にある部屋はたぶん……」


 そこは家主(フォルテューナ)の部屋だ。


「ちょっと待って! 店舗スペースは自由に見ていいとは言ったけれど、二階は住居スペースよ!」

「知らなかったから仕方ないだろう。危険を事前に排除するのが仕事だ」

「ま、まさか部屋に入ってはいないでしょうね?」

「……」


 待っても返事はなかった。そういえば、脱ぎっぱなしの服とか、下着は? 


「見たのね?」

「……」


 無言は肯定だとフォルテューナは判断した。よし、本気で殺そう。姿は見えなくとも、今もきっとどこかで見ているはずだ。即席で強化と座標指定の魔法をかけて、分厚い売上台帳を声のした方向にぶん投げた。いいぞ、角っこ当たれ。次の瞬間、ドゴンと派手な音がする。よし、手応えがあった!


「……あっつぶな、物を投げるなよ!」

「チッ、外したか」

「舌打ち⁉︎ 気の強い女だな」

「避けるなんて卑怯よ! 乙女の秘密を垣間見た罰を真摯に受け止めなさい!」

「あれだけ派手に散らかっていたら不可抗力だって」


 座標と反対の方角から、ポイと売上台帳だけが姿を現した。あんなところに移動したの⁉︎ もうちょこまか動き回って、うっとおしい!


「しょうがないわ、次は最終奥義である悪臭を放つ呪いをかけるしかないわね」

「仕返しが凶悪だな……っと、悪いが仕事だ。じゃあまた来る」


 台詞の端々に絡めとられるような気配を感じてフォルテューナは一瞬身を固くした。そんな執着されるようなことをした記憶はないのだけれど……とまどうフォルテューナの耳元で囁くような声が聞こえる。


「名前をつけてくれてありがとう。うれしかった」


 いつのまに! 手を伸ばせば触れる距離の近さにフォルテューナの背筋がぞくりと粟立った。仮の名前を付けただけなのに、こんなに二人の距離が縮まるものなの? ちょっと意味がわからないのだけれど……混乱して思わず叫んだ。

 

「……に」

「に?」

「二度と来るなっー!」

 

 叫んだと同時にリゲルの気配は消えて、代わりに螺旋階段を昇ってくる足音がした。


「どうしたの? 何か物のぶつかる大きな音とフォルテューナの怒鳴り声が聞こえたのだけれど?」


 勝手に上がってきちゃったわよ、そう言ったオリヴィア様が怪訝そうな顔をしている。しまった、いつもなら部屋の鍵が閉まったと同時に迎えに行くのだけれど、リゲルを追い回して忘れていたわ。


「なんでもありません、ちょっと大きなネズミがうろつきまして」

 

 うっすらと笑う気配がした方角を睨んだ。マジで覚えておきなさいよ!


「あらヤダ、この店ネズミが出るの?」

「安心してください。次は必ず仕留めます」


 いけない平常心よ、平常心。ちょっと引き気味のオリヴィア様に呼吸を整えて微笑んだ。


「気分はいかがですか? 魔法をかけられたあと独特の不快感や、気分が悪いということはありませんか?」

「大丈夫よ。むしろ愛を失ったはずなのに、新しい力を得た気分だわ!」


 そう、それこそがフォルテューナの構築した魔法の本質だ。彼女の手を握ると、ほんの少しだけリゲルの空気が揺らいだ。けれど微笑みを崩さない。ふん、影のくせに気を抜きすぎよ。護衛対象に触れるのは大胆な行為だけど、いいように揶揄われたお返しだ。


「オリヴィア様に幸運を。ですがもう二度とお店には来ないでください」

「いやよ、楽しそうだからまた来るわ!」


 聞きなさいよ、人の話を。この上司(王女)にこの部下()っていう厚かましさね!


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