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モブキャラ以下の花吹雪

一限目の授業が始まってから既に十分が過ぎていた。休憩時間には本を読む私を気にもしない男子がこのどこまでも続きそうな終わりのない廊下で私の足音だけが果てしなく続く廊下に響く。


その現実に深くため息を溢した。


「遅刻、してしまいました」


足を止めると同時に独り言を呟き、近くの壁に身を預けた。あと何十歩歩けば教室に着くのだろう。


握っている職員室で受け取った遅刻届を見ると、そこには昨日と今日の日付だけが書かれていた。


『幸せになってね』


私が五歳の頃、ママが病気でこの世をたつ前に一つだけ約束をした。


幸せとは何か。


当時の私にはちんぷんかんぷんで、それでもママとした最後の約束は絶対に果たすと心に誓い、この瞬間まで生きてきた。


そして幸せについて分かったこと。


それは、とりあえず留年はしないということだ!


留年をすると今後の道にいくつも障害物が増え、幸せになるというママとの大切な約束はこの終わりなき廊下のように見えないゴールとなってしまう。


…なんて単純なことを考えているという自覚はあるが、それが今の私に走ることが出来る幸せへの道だ。


もし、昨日の出来事が夢じゃなければ十二星座を探し出して救うという責任は最後まで果たそうと考えている。


しかし、私にはその前にママとの約束を果たさないといけない。


昨日は身近で起きたあまりにも漫画のようなストーリーを目の当たりにして自分が特別な存在じゃないかと思ってしまった。加えて、まさか自分の前世が織姫だなんて、自分が物語の主人公かと自惚れてしまった。


そんなはずがないのに。


雪肌という真っ白な肌とは程遠い、まるで野球小僧のように焼け焦げた肌で生まれ、世の中でよく言われるヒロインとは比べ物にならない私が主人公になれるはずがない。人に希望を与える大役が私に務まるはずがなかったんだ。


強いていうならば、私はモブキャラでもない主役をより綺麗に見せる花吹雪といったところか。


人間ですらないが、そんな存在が私に一番しっくりと当てはまっている。


クラスからの投票で決まる学級委員長戦でも私の存在が嫌というほど思い知らされた。


なぜか私と影山さんを除いた全ての票が入っていた瞬間は、もういじめかと疑ったぐらいだ。


「こんな私が本当に織姫なら、宇宙はとっくに滅んでますよ」


足音一つ響かない廊下で吐き捨てるように言う。


そして、居候として突然現れた田中つぼみさん。


よくよく冷静になって考えてみれば居候が現実世界に本当に存在したことにも珍しく、まるで世界のことわりが破壊されたような衝撃が私の心に生まれる。


今まで出会ってきた人のなかで主人公だと言われ一番納得するのは彼女だろう。性格は良いとは言えないけれど。


彼女は私を遅刻に導いた悪魔だ。


これからあの悪魔と同棲生活、それにプラスされ同じ部屋だなんて神様のいたずらも良いところだ。


そういえば、織姫が存在していたなら神様も存在するんだよね。


願いを叶える似た存在。


そんなことを考えていると、不意にドスッとお腹に強い衝撃が走った。


「うっ」


不意打ちに対応出来ず、お腹を両手で押さえながら立て膝をつく。


握っていた遅刻届は手放してしまい、ひらりひらりと風の力で舞いながら私よりも遅れて床に落ちた。


「ここにいたホシかー!」


痛みに耐えている私の眼下目前に現れたのは昨日ぶりのデネブさん。


そのもふもふとした人形をキッと睨み付ける。


「あなたは登場する度、私を殺すつもりですか」


まだ痛みが走っているお腹を摩りながら言っているのに対し、デネブさんは私を心配する素振りも見せず焦っている。


「大変ホシ!大変ホシ!」


「いきなりどうしたんですか」


昨日のあれは現実だったかと再確認しながらデネブさんに問いかけると、身の毛が震え立つ衝撃の報告を受けた。


「この学校に五人の星座がいたホシ!」

















私の物語は、たった二日で幕を閉じた。











突然の終了のお知らせに放心していると頭上から忍び笑いが聞こえてきた。


今は授業中なのに人の声が、それも頭上から聞こえるなんておかしいなと不審に思いながらも顔をあげると、キラキラとLEDライトを反射させる綺麗な金髪が視界に映った。


この学校に金色の髪をした人は一度目にしたことがなく、見間違いかと目を擦るとやはり金髪ではなく世間一般的な黒髪だった。


「こんな時間に人がいるなんて、幻かと思ったじゃん」


ナチュラムパーマをかけた黒髪の男の子は、他の人とは違う吸い込まれるようなその金色の瞳に、私を映していた。


「まぁ、だけどそりゃそうすか」


突然私の顎を掴んだかと思えば、口元に色気を感じさせる笑みを浮かべていた。突然の出来事に手を払うことも出来ず、ただ目を呆然と見開かせることしか、かなわなかった。


「こんなにすっげぇかわいい女の子を見ちゃ、幻だと疑ってもおかしくねぇっすわ」


滲み出るチャラさに、スンと思考が通常運転に切り替わった。表情が消えたことを実感する。


これが欲にいうチャラ男!!


「すみません先を急いでるので」


なるべく相手の気を損ねないようにやんわりと断りを入れ、自分の教室へ向かおうと足を向ける。


「…え?」


一歩踏み出したとき、後ろから何も色が乗せられていない声がポツリと溢された。


どうしたのかな。


後ろを振り返ると、さきほどのチャラさなど微塵も感じさせない真剣な表情から目が離せなくなった。


「まこ、マコ?」


その呟きは風に飛ばされてしまいそうなほどに儚く、たった二人という空間でも相手に届くことはなかった。


鋭く光る金色の瞳に捕らわれていると、ぐいっと急に肩を強く後ろへ引っ張られた。


何も考えずただ突っ立っていた私は、何も反応することが出来ず床に頭を強く打ち倒れ、遅刻からの保健室に行くという最悪なシナオリが待っている。いかにも以前のモブキャラ以下である私らしい現実だ。


…私らしい現実だったはずだ。


「…もう、何がどうなってるんですか」


倒れる私を抱き止めてくれた男の子を見て、昨日と今日で明かされた一人では抱えきれないあまりにも膨大な過去の情報量に頭がプツンッと電源が切れたパソコンのようにシャットダウンした。


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