ドSのSP
「あの人めちゃめちゃ美人じゃね?」
「ナンパしに行くか?」
外にただ立っているだけでも熱中症になるほど暑い今日この頃。天気も快晴でアスファルトを照らす太陽が眩しく燃えていた。
いつも通りの時間で起き、いつも通りの食卓を済ませ、いつも通りの登校…のはずだった。
「元気が無いね、どうしたの天際まこさん?」
隣に並び私に合わせたスピードで自転車を走らせているのは、昨日私の家に引っ越してきた居候人、田中つぼみさん。
彼女は容姿端麗で笑顔が素敵な人だけど、人の部屋に爆弾が仕掛けられていないか聞いてきたり、料理のセンスが壊滅的な一面を持つミステリアスな女の子。
しかしミステリな一面はあると言えど、それは外見では分からない。
今もこうして外見だけを見ている男子高校生に、ナンパをされかけている。
「あの、どうして着いてきたんですか?」
「…なんとなく?」
男子高校生に蛇のような睨みを効かし、遠ざけた田中さんに問いかける。
ちなみにこの睨みは、家を出て五回以上している。
…学校、大変だろうね。
こんなにも男の人を虜にするほどモテているのなら、学校では毎日告白をされていたりするのではないだろうか。学校にいる間、いや登下校中も注目を浴びていそうだ。
「そんなに見つめてどうしたの」
「え?!」
漫画みたいな空想を広げていると、照れくさそうに少し朱色に染めた頬をかきながら戸惑った顔を浮かべ私を見ていた。
「視線という名の針が、グサグサと私の顔にいくつも刺さっていたよ」
「主に隣から」と私の額を左手の人差し指でコンッと軽くつついた。
「ご、ごめんなさい!」
バッと頭を脱兎のごとく下げる。
「なぜ謝る?!」
アワアワと忙しなく動く田中さんのかわいいピンク色のスニーカー。
「見られていると視線が気になって仕方がないというか。あと頭上げて欲しいな。周りからの視線もすごいよ」
ゆっくりと恐る恐る顔を上げると、老若男女構わず通りすぎていく通行人たちが、私たちを怪しい者のように見ながら通っていた。
…田中さんが困ることをしてしまった。
サァーッと血の気が引くのを感じていると、田中さんが「あ」と何かを思い出したように声を上げた。
何事だろうと思い、チラッと顎の輪郭がはっきりとしている横顔を盗み見た。
すると、綺麗な横顔が私の方向にゆっくりと移動して正面を向いた。
「お弁当は持ってきてる?」
突然の質問に、「え」と覇気のない声が出た。
「ほら、あそこにお弁当屋さんがあるから買ってくるよ?」
学校の近くで営業しているお弁当屋さんを見ている田中さんに「持ってきてますよ!」と慌てて返事をする。
危ない。今すぐにでも走っていきそうだった。
「天際まこさんはしっかり者だね」
「そうですか?」
「成績は悪そうだけど」
「うっ」と胸を抑えた。
これはグサッと心臓にクリティカルヒットした。
「もしかして図星?」
腰を屈めて私と視線を合わす田中さんのニヤニヤとした顔を引っ張りたくなった私は悪くない。
「図星なら早く学校行ったほうがいいよー。あと五秒でホームルーム始まるしね」
「…え?」
突然の情報に、思考が停止した。
「五!四!三!二!一!」
カウントダウンを数える度に、声が大きくなっていく。
キーンコーンカーンコーン
朝のホームルームを始めるチャイムが校門の前にいる私の耳には、地獄の鐘のように聞こえる。
「遅刻しちゃったねー」
満足気に微笑んでいる彼女の頬を力の限り左右に引っ張った私は間違っていない。
「いひゃいいひゃい」
彼女は謎ではなく、ただのドSだ。