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落ちてきたお月様と魂

「お、今日はいつもより早起きだな。何かあったのか?」


リビングで朝御飯を食べていると、既に仕事着に着替え終えているお父さんが機嫌の良い笑顔でリビングの扉を開いた。


いつものように私の向かいの席に座り、焼いておいたパンにかぶりつく。


「おかしな夢を見て目が覚めたんです」


パパお気に入りのコーヒーカップに口をつけるパパ。


「おかしな夢?」


「二人目のお父さんが現れました」


「ブフォッ」


口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。


「大丈夫ですかパパ」


慌ててパパに駆け寄る。


「ゲホッゲホ…もう大丈夫よ、ごめんね」


口元をティッシュで拭いた。


(本当に大丈夫でしょうか。口調が)


「それにしても、第二の私ねー。夢に見るまで私のことが大好きなのね」


やっぱり。


「違うよ、パパ。パパじゃないお父さんで」


「母さんのように可愛くなってしまって…はっ!他の野郎にちょっかいをかけられたら野郎を!」


ダメだ、全く話を聞いていない。女性口調になったパパは止められない。


…ん?


この人の話を聞かないところ、あの夢のお父さん似ている。


…偶然だよね。


「行ってきます、ママ」


ダイニングテーブルに置いているママの写真に、毎朝と同じく挨拶をする。


使った食器を台所へ持っていき、重たい学校カバンを背負い、玄関を出て自転車に乗った。


あんな風になったお父さんは止められないから、いつも放っている。


いつも「何でパパを置いていったんだ?!」と怒られるが、待っていたら遅刻をしてしまう。それだけは、駄目なのだ。





「早く、早く!」


自転車で片道三十分の道のりを、全速で駆け抜ける。


曲がり角ではスピードを落として走っている。


まだ入学したばかりのころ、一度だけブレーキをかけるタイミングが遅れてしまい派手に転んでしまったことがある。


だけど不思議なことに、手にかすり傷だけという小さな怪我だった。


パパに怪我したことを報告すると、泣きながら私の手に絆創膏を張ってくれた。


あのときは、本当に大変だった。


同じ失敗を繰り返さないように見えてきた曲がり角でブレーキをかける。


いつも通りのところで、いつも通りスピードを落とす。


いつも通りの日常だった。


そう、ここまでは。


「ホシー!」


「え?」


どっかーんっと私の漕いでいた自転車のかごに何か黄色い物体が落ちてきた。


(しまった!)


突然の出来事にブレーキをかけることを忘れていた。


「嘘ー!」


ガッシャーンっと曲がり角に自転車を勢いのままぶつけてしまう。


私は勢いのまま、自転車から弾き飛ばされた。


「ッ痛!」


フラフラと足元が不安定だか立ち上がった。


一通り体を見渡すが、どこも怪我はしていなかった。


怪我をしていてもおかしくはない事故だったのに、どこも怪我をしていない。


前の事故では運が良かったということで納得したけれど、今回ばかりは明らかにおかしい。


…どうして。


その答えはすぐそばにあった。


落ちた場所には、ツタがたくさん集められふかふかのベッドのようになっていた。


(どうしてこんなにいっぱいツタが)


私が落ちた周辺にだけ集められている。


あの一瞬でこんなに集められるはずがない。


どうしてと考えていると、ボンッと後頭部に何かがぶつかってきた。


(ボンッ?)


今、柔らかいものが当たってきたような感触だった。


気になって後ろを振り返ると、誰もいなかった。


(気のせいですか)


「こっちホシ!」


首を元に戻そうとすると、微かに声が聞こえた。


顔を左右に動かす。


(誰もいませんよね?)


「したホシ!」


(下?


言われた通りに下を見る。


「わっ!」


その信じられない光景に驚き思わず大きな声をあげてしまった。


(嘘…ですよね)


「もっと早く気づけられんホシか」


「人形が言葉を話しています!」


星の形をしたお人形。それはただの人形ではなく、私たちと同じ言葉を話していた。


「わしはデネブじゃホシ」


デネブって織姫のお父さんと同じ名前。


(いや、まさかそんなわけがないです)


デネブがこんな姿をしているはずがない。


「お主、何をわしの姿に見惚れておるのじゃ」


「え?」


「分かるぞい。わしの溢れるイケオジオーラは隠しきれぬからな」


「あのー」


駄目だ、全く話を聞いていない。


あれ、デシャブ。この声、人の話を聞かない性格。


夢で見たおじいさんと瓜二つだった。


(もしかして、このおじいさんは)


「事情は後で話すホシ。わしをどこかに隠してほしいホシ!」


「ええ?!」


隠すところなんて、一体どこに。


自転車のかごに入れていた学校カバンは、さっきの事故でどこかに吹き飛んだ。


(他に隠せるなんてどこに)


「おやおやおや、石化が解けてすぐ動けるなんて流石デネブ」


「『様』をつけなくてはいけませんよ、お兄様。あの姿でも一応、宇宙の王なのですから」


黒いもやの中から、二人の人影が現れた。


宇宙の王?デネブさんが?


そんなまさか。

私の手に乗っていたデネブさんが、色を黄色から赤に変色して浮かんだ。


「と、飛び」


「おい!一応とは何じゃホシ!」


私の声を遮って、デネブさんが怒りだした。


「さ、連れていきましょうお兄様。一刻も早く他の星座たちを探しださなければ」


他の星座たち?


もやがどんどん薄くなっていき姿を現した。


(顔が、そっくりです)


髪色と性別以外の容姿は、全て双子のようにそっくりだった。


「お主たちに十二星座の力を与えてなるものか!そなた、にげるホシ!」


私の左手を握り、引っ張るデネブさん。


何が起きているか分からないけれど、なぜか『逃げて!』と魂が叫んでいるような気がした。


「逃がすかよ!」


男性が空に向かって、両手を伸ばした。


「ジェミナイ・オープン!」


ジェミナイは確か翻訳すると双子座のことだ。


男性の両手から黒い光が四方八方に飛び散った。


「あの光に当たってはいけないホシ!」


「え、ッ!」


黒い光が左足に当たる。


「ヤバいホシ!」


左足が、砂と化し崩れていく。


「これで終わりだ」


黒い光が目の前まで向かってくる。


「お主ー!」


「あ…あ…」


私、死んじゃうの…?


…ママ。














『目覚めなさい、若きプリンセス』


パアァァァァ


体中が、白く温かい光に包まれた。


…このぬくもり、夢で感じたあの感覚に似ている。


「この光は!」


光の向こう側から、デネブさんの声がうっすらと聞こえてくる。


「左手を空に向けて叫ぶホシ!自分の星の名前を!」


自分の、星?


『銀河を救うのです』


まただ。また、どこからか分からない声が聞こえてくる。


私が、銀河を救う?


私は、星が好きな平凡な高校一年だよ。私にそんなヒーローみたいなこと、出来るはずがない。


『あなたにしか、彼らを救うことは出来ないのです』


(私だけにしか出来ない?)


彼らとは、一体誰?


『あなた様のガーディアンです』


私の、ガーディアン…。


私は人に守ってもらえるような、偉い立場の人じゃない。


『…思い出してもらうしかありませんね』


え?


『トゥインクル・オープン』


私の体から、水色、赤色、黄色の色とりどりの淡い光が溢れ出てくる。


あまりの光の眩しさに、瞼をギュッと強く閉じた。


瞼の向こうから差す光が少しずつと弱くなり、ゆっくりと瞼を上げた。


「な、なんですかこれは!」


夢のような現象に取り乱してしまう。だって、あり得ないだろう。


あの光の合間に、服装が変わっていた。


(まるで、絵本で読んだ織姫と同じ姿です)


「マ、マコなのか?」


いつの間にか隣で浮かんでいたデネブさんが、信じられないものを見るような目で私を見ていた。


「あっ!すみません!申し遅れました。私、天際まこです!」


そういえば、自己紹介もしていなかった。


一方的にデネブさんのお名前を知っておきながら、自分の名前を言っていなかったことを思い出す。


母から人と出会ったらまずは自分の名前を言わなくてはいけなかったのに、出来なかった。


しょぼんとうなだれていたせいで、二人分の足音が近寄っていることに気がつかなかった。


「…姫?」


「織姫様…ですか?」


「え?」


顔を上げると、空から落ちてきた二人がなぜか今すぐ泣きそうな顔で私を見ていた。


私が、織姫様?


「ずっと、あなた様を探しておりました」


「我らの姫」


二人が私の手を強く、だけど壊してはいけないものに触れるように優しく握った。


二人が私の手に触れた瞬間、私に見覚えがない記憶が頭に電流が走ったように流れてきた。














『ひーめ』


『お兄様!『様』をつけなくてはいけませんよ!』


脳裏に思い浮かんだのは、私のもとへとんでくる小さな翼を生やした男の子と女の子。年齢は四、五歳といったところだ。顔はそっくりだった。髪色は男の子は淡緑、女の子は濃い緑。


(一卵性の双子でしょうか)


もしも髪色が同じであれば、どっちがどっちか分からないだろう。


『今日はどうしたの?フタバ、フタカ』


え?


私の口が勝手に動き、言葉を紡いだ。


どうして。


『お兄様、お姫様のこと大好きだから仕事も放って来たの』


女の子が呆れた顔で、男の子を横目に見る。


すると男の子はカァッと、どんどん顔に熱を帯びた。


『そんなんじゃねぇし!俺は姫が俺に会いたいだろうなと思ってきただけだし!それに、フタカだって、お姫様…なんて呟いて仕事もせず上の空だったくせに!』


『なっ!』


女の子もボンッと顔が噴火していた。


女の子はフタカというらしい。それじゃあ男の子はフタバかな。


…かわいい。


『二人とも、私のことを考えていてくれたんですね』


まただ。私の意思に関係無く、勝手に言葉がつらつらと出てくる。


それに反して、私が話そうと思っても声が出ない。


まるで、私がここで生きていないかのように。


身体だって同じだ。女の子たちと同い歳なのか、身体が小さい。


私の意思はあるけど、私の身体じゃない。


昨夜見た夢と同じだ。


そう感じた瞬間、世界がピタリと止まった。


『やっと思い出しましたね』


この声は!


光の中で聞こえてきた声と同じだった。


『昨日見た夢は、あなたの魂に刻まれた記憶』


私の魂に刻まれた記憶?


だけど、私にはこの子たちと出会った記憶はない。


『今世の記憶とは言っていません』


今世って、まさか!


『前世の記憶です、織姫様』


お、織姫?!


ということは、まさか昨日見た夢も…。


『はい、全てあなた様の前世で、その魂に深く刻まれた記憶です』


私の前世が、天の川のお姫様『織姫』。

何でも出来る器用な織姫が、私の前世の姿。


私と織姫、どこも似ていないのにどうして。


『似てますよ』


え?


『カエル泳ぎの花嫁』

バカにしているのかな。


『バカにはしていませんよ。織姫も、あなたとそっくりでしたから』


え?


『当たり前だろ!』


止まっていたはずの世界が、再び動き始めた。


『俺たちを見分けられる姫は、いつだってこの世に一人だけなんだからな!』


『シータのようにいつどこでも姫様を助けることはできないかもしれませんが、いつも姫様のことを思っています』


『ひめがマザコンだろうとな!』


『一言多いですよお兄様』


…前世の私はたくさんの人に愛されている。


正直、姿以外どこが似ているか分からなかった。


だけど、この子たちを見ていると心が温かい。


きっと、前世の私も同じように感じていたはず。


…この子たちを、守りたい。


「…フタカ、フタバ」

まぶたをゆっくりと開く。私の視界には、立派な羽を生やした男の子と女の子が目に涙を溜めている姿が映っていた。

何も、変わっていない。髪色も、私を見る温かい瞳も。

…ただ黒く塗りつぶされていた翼を除いて。

「その羽、どうしたの?!」

二人の尖っている翼に手を伸ばす。

「ッ危ない!」

バンッと、フタバから突き飛ばされた。

「…え?」

目の前の光景に、言葉を失った。

黒い翼から、二人の周りを囲むように黒い羽が飛び回っていた。

羽は鋭く尖り、二人の体を傷ついていた。

二人の痛みの悲鳴が、私の心を押し潰す。

「…やめてよ」

『俺たちを見分けられる姫は、いつだってこの世に一人だけなんだからな!』

「…ッ姫様、…お逃げ、下さい」

「ッ俺たちは、もう…」

「…やめて」

『シータのように姫様をいつだって姫様を助けることはできないかもしれませんが、いつも姫様を思っています』

「やめてー!」

私が織姫だったというなら、織姫の力がまだ魂に残っているなら!

「二人を助ける力を、私に貸してください!」

両手を空に向かって伸ばし叫ぶと、ポワァッと温かい光が掌に集まってきた。

「…これが、織姫の力」

『彼らは、力を暴走させられています。彼らの力を封じ込めて下さい!』

…彼らを、守りたい。

「ジェミナイ・クローズ!」

光が集まっていた両手を二人に向かって伸ばす。

するとボワァッと黒い光が、一直線に私の手に吸い寄せられてきた。

…なんだろう、この感じ。

今までポッカリと空いていた穴が、一部分だけゆっくりと埋められた感じがする。

…あと、少し。

全ての黒い光を吸い寄せることが出来た。

黒い光から解放された二人が自身の翼を確かめる。

…良かった、もう、大丈夫。

二人の笑顔を見ると、プツンッと意識が途切れた。




「姫!」

私を呼ぶ声に、ハッと目を覚ました。

バッと体を勢い良く起こす。

「フタカとフタバは?!」

「ここにいますよ、姫様」

「安静にしてろって!」

グイッとフタバに肩を押され、寝かされた。

見慣れた天井に、目をぐるぐると回す。

「…ここは、保健室?」

「はい」とフタカが答えてくれた。

「どうやって、学校に来れたんですか?」

しかも、保健室にも入っている。

保健室は担任の先生の許可なく入ることは出来ないのに、どうやって。

「…そのうち嫌でも知る」

これ以上は聞かないでくれと言わんばかりに背を向けるフタバ。

フタカを見ると、苦笑いをしていた。

…いつか、知るということかな。

その日まで、待っていようかな。無理に聞くと、傷つけるかもしれない。

「姫様、少しお時間よろしいでしょうか」

フタカが険しい顔をしながら言った。

思わず私も身構えた。

「姫様に吸われた黒い光は、もともとは姫様の力なのです」

え?

「とは言っても、初代織姫の力です」

「初代織姫…」

何人も織姫がいたということかな。

「姫様で五十八代目です」

「五十八?!」

バッとフタバに口を押さえられた。

ここ、学校だったんだ。すっかり忘れていた。

「大丈夫ですか?」と心配してくれるフタカに頷く。ホッと安心した顔をすると、スッとまた険しい顔に戻った。

「はい。そして、初代はあまりに壮大すぎる力を十二星座に分け与えました」

「十二星座…それってもしかして、牡羊座とかのことですか?」

「牡羊座ですか?」とコテンッと首を横に傾けるフタカ。

「チキュウでの呼び名だよ」と保健室の扉に貼られていたポスターを見ていたフタバが教えてくれた。

「なるほど。チキュウでも十二星座は有名人ですね」

「有名人…人ですか?」

「十二星座はチキュウではただの星かもしれませんが、宇宙ではそれぞれ十二人のガーディアンがいるのです」

「ガーディアン…」

「織姫を守る…つまり、あなた様を守る使命があるものたちです」

私を守る…。

ハッと気がついた。

「その中に、シータさんやオトさんっていう人たちはいますか?!」

十二星座…。昨夜の夢、記憶に出てきた二人。シータさんは猫耳を生やしていたからきっと獅子座に違いない。オトさんは…乙女のような口調だったからきっと乙女だと思う。

「…それが」

…え。どうして、そんな傷ついた顔をするの?

それじゃ、まるで…。

「…昔話をしましょう」

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