結婚式
「…はぁ…はぁ」
ここまで来たら、すぐには見つからないはず。
人生初だけど体感十分ほど、フルで泳ぎきった。
「…はぁ…はぁ」
とりあえず、呼吸を整えてからもう一度…
「マコー!」
「うわ!」
まるでトラのような物凄い勢いで、何かにぶつかられた。
な、なにごと?!
というか、私のことまこって呼んだ?!
もしかして、私の知っている人なんじゃ。
「マコが遅いから心配しただろ!」
目に涙を浮かべながら私の肩を揺さぶる人。
(人…ですか)
頭から猫のような耳、ライオンのような先っぽがふさふさしてる尻尾を生やした女の子。
…美人。
「シータ!」
「オト!」
シータと呼ばれ返事をする女の子。
シータっていうんだ。
確かに男のような口調だ。
「シータ、破壊しすぎよ」
「えっ?!」
「突然叫び声を上げてどうしたのよ、マコ」
「いや、だって…」
眼球が飛び出るかと思うほど大きく開く。
羽が…生えてる。動いてる。
え、待ってコスプレじゃないの?
この衣装も、シータさんに生えている耳も、羽も。
(きっとこれは夢です。現実世界でこんなこと起きるわけないです。夢に違いません、絶対に)
そうに違いない。この羽はきっとすごい技術で動くようになっているんだ。この耳だって作り物のはず。
シータさんの耳を触る。
「んにゃっ?!」
ビクーッと生えていた尻尾とともに真っ直ぐ上に伸びた。
「…え?」
「何するにゃ!このバカ猫!」
「シータ、獅子語に戻ってるわよ」
「にゃっ?!」
耳を抑え、顔を真っ赤にしながら私から距離を取るシータさん。
耳を触った手を、じーっと見つめる。
「どうしたんだよ」
口調は元に戻っていた。
じーっと、シータさんの耳を見つめる。
「オト、マコが俺に惚れ惚れしてるぞ」
「はいはい、良かったわね」
「そんな冷たい反応すんなよー」
「ごめんごめん」
しょぼんと効果音がついてるかのように耳が分かりやすく下がった。
オトさんの羽も、まるで天使の羽のように柔らかくしなやかに動いている。
さっきの感触…すごくリアルだった。
もしかしてこれは、夢じゃない?
「マコ、どうしたんだ?様子が変だぞ」
「シータさん…」
「え?」
「え?」
「え?」
三人の覇気のない声が重なった。
二人の私を見る目が、別人のように変わった。
今まで私に向けていた瞳と違う。
もしかして、何かヤバいことを言ってしまった?
「とりあえず名前を聞こうかしら」
「…天際まこです」
「よし殺す」
「ちょっと待ってください!」
近くにあった部屋に押し入れられ、いつの間にかツタで体を縛られていた。
力の限り左右に体を動かす。シータさんの瞳は、獲物を狩る凶暴な野生を宿していた。
…本気で殺そうとしている。
「何を待つというんだ。このカエル泳ぎの花嫁が」
「待ちなさいよ、もう少し情報を集めなくてはいけないでしょ。それにあの体はどう見てもマコの体。傷つける訳にはいかないわよ。あと、カエルの花嫁はマコと似ているわよ」
この体の持ち主、一体どう思われているのかな。というかカエル泳ぎしてるところを見られていたんだ。
オトさんの言葉に、ウッとシータさんが一歩後ずさった。
「くそっ!」
ガンッと壁を蹴った。
ガシャーン!
(…破壊した)
蹴った部分から半径五メートルの壁が崩壊した。
「あらら」
「…わりぃ。頭冷やしてくる」
崩壊した部分から部屋を出るシータさん。
「私」
「ごめんね」
「え?」
私のツタをほどきながら、申し訳ないという表情をするオトさん。
「彼女、あなたの体の持ち主のことが大好きだから混乱しているの。許してあげてほしいわ」
この体の持ち主。私とそっくりな容姿を持つ『マコ』さん。
そっと胸に手を当てる。
(こんなにも人に愛されている)
「はい。あの、私もシータさんと友だちになりたいです」
そう言うとオトさんは、ぱちぱちとビックリしたような表情で私を見つめた。
「オトさん?」
「どうしましたか?」と顔を覗き込むと、優しそうな笑みを浮かべた。
「…これじゃあ、みんな騙されちゃうわよね。そっくりだもの」
ボソッと何かを呟いたオトさんの言葉は、私の耳に届くことはなかった。
「とりあえず式に向かうわよ!みんなあなたが来るのをずっと待っているのだから!」
「え、私ですか?」
「今はあなたとマコの身に何が起きているのか分からないけれど、式は式よ!今日と決まっているの!マコのためにギリギリまで持ちこたえるわよ!」
私の腕を掴みながら勢いよく飛び出すオトさん。
「え、え?!」
えーー?!
「新郎彦星、あなたは織姫を妻とし、健やかなるときも、病めるときも共に助け合い、その命あるかぎり真心を尽くすことを誓いますか?」
は、始まってしまった。
うつむきながら両手を握る。手汗がヤバい。
目の前にいる新郎さんの顔を見るのが怖い。
「誓います」
ボボボボボッと顔が爆発寸前の状態になった。
ごめんなさいごめんなさい!
私じゃないんです!私は織姫という方じゃないんです!
(それにしても、織姫と彦星という名前の人が結婚するなんて、運命ですね)
「新婦織姫」
私の番ですー!いや、私ではないのですがー!
「あなたは彦星を」
どうしよう。
オトさんが言うにはギリギリまで持ちこたえてと言われていたけど、もう限界だ!
「誓いますか?」
ぐっと力を込めて下を向く。
絶対に、絶対に上は向かない!
ポッと私の手に温かいぬくもりが包み込んだ。
「織姫?」
あの二人も、同じぬくもりだった。
顔を上げ、私たちの周りを囲むようにして、膝立ちをする十一人の人たち。
その中にはシータさんやオトさんがいた。
残りの九人の人たちも体から人ではない部分が現れていた。
牛の角だったり、両腕が蟹のはさみになっている人、腕が四本あり上側は普通の腕だけど、下側は天秤になっている人。
顔はシータさんやオトさん以外は、もやがかかっていて見えない。
それなのになぜか、私を、私ではない私を愛おしそうに見つめている気がした。
この体の持ち主は、どんな人なのか分からない。
けれど、どんな人からも愛されるすごく心が温かい人だということだけは分かった気がする。
言わなければいけない。
私は皆さんが大切にしている織姫ではないです、と。
ずっとここにいられたとしても、その気持ちの行く先は私ではないから。
「あの!」
バッと顔を上げる。
「オリヒメダ」
「え」
グワッと黒い闇に一瞬のうちに包まれた。
「ジュウニセイザモ、ゼンイン、アツマッテイル」
「ゴチソウ、タップリダァ」
闇のなかに一つ、大きな口が私を食べようとした。
「いやーー!!」
「いやーーー!」
叫び声と共に目を覚ました。
チュンチュンチュン
ベランダに留まっているスズメの鳴き声が聞こえてくる。
(夢、ですか)
体の震えが、しばらく止まらなかった。