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倉井柚葉―番外編―

まこが夕食の準備を終えていないことに気がついたまこの父親は、昨日のリベンジなのかやる気に満ちたオーラを燃やし、首を思わず横に傾けてしまいそうな可愛らしいエプロンを慣れた手つきで身に纏い調理を始める。


 熱気に燃える父親とは対照的に、柚葉とまこがしばらくは降りてこないと判断したつぼみはグラスの後片付けついでに泰然自若とマルタイの一日の行動を報告書にまとめ、唐揚げを揚げている父親に一言かけ、書き終えた報告書とボールペンをダイニングテーブルの隅に置く。


 油断したのか、袖捲りをした父親の鍛えられた腕に熱々の油が跳びはねた。


 「熱っ!」と後方から聞こえる小さな叫び声に一瞬足を止めたが、再び足を動かし二階へと向かった。




 あるじ以外にも人はいるため、念には念をおき『まこ』と可愛らしい字で書かれたドアプレートが掛けられている扉を軽く二回ノックするが、中から返事は無かった。


(一応ノックはしたからね)


 心の中で誰に言い訳をするわけでもなく一人呟くと、冷たいドアノブに触れると躊躇いもなく扉を開いた。扉を開けた先では完全に二人っきりの世界が広が広がっており、思わず「wow」と誰の耳にも届かない独り言を発してしまう。


 会話を盗み聞きしようなどとは思っていなかったが、部屋を出ていこうにも物音に気づかれ、このシリアスな雰囲気に水をさすわけにもいかず、そっとまこの椅子に座り静視する。


「つらい記憶にも負けない、お姉さんとの楽しい思い出があったからではないですか」


 その言葉になるほどと一人納得をする。


 つぼみが母親の部屋を使うと父親から聞いた時も彼女はわずかに顔を歪ませたが、気取られないように表情を柔らげた。ピクピクと不安は隠せていなかったが、無理につぼみに気を遣ったことがありありと感じた。


 倉井柚葉が突然倒れたときも、彼女は介抱した。まるでそうすることが当然のように。


「そんな大切な思い出を、相手が忘れるなんてこと絶対にありません。相手にとっても大切な思い出に決まってます」


 瞳がうるうると潤ってきた彼女たちを尻目に、この部屋に一つしかない木で造られた素朴な勉強机の上から女の子らしい乙女チックな花柄のティッシュ箱を潰さないよう力加減をしながら掴み取り、物音を立てないよう注意をしながら床に片足を着け、彼女たちの元へ向かう。三歩ほどしか距離はないが、そんな超短距離にいるつぼみにも気がつかないほど二人は二人っきりの世界に入り込んでしまっているようだ。


(彼女たちの中で私はグラスを一つ洗うという簡単な作業が、十分以上もかかるトロい女に見えるということかな) 


 時刻はとっくに九時を過ぎている。


 天際まこの通常通りの生活であれば夕食、お風呂、宿題を済ませているが、今日は帰宅してからずっと倉井柚葉が目を覚ますまで付きっきりだったから何も済ませられていない。


 倉井柚葉もきっと宿題は終えられていないだろう。


 もしも、この感動シーンがお互いが寝るまで続けば彼女たちは明日の朝、宿題をしていないといつもより慌てて早く起きてしまうだろう。しかし、それはだめだ。私の睡眠時間が削られてしまう。なんとしても今日中に終わらせなければならない。


(なぜかトランプをすることになったけれど、私が勝利を手にして宿題を今日中に終わらすように二人に言ったらなんとかなるよね)

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