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倉井柚葉 完

「私は正真正銘の倉井柚葉。天際さんが見た記憶で生きていた倉井柚葉よ」


 取り戻そうとした倉井柚葉さんは眠りから目覚めたあと、纏う雰囲気が変わっていた。そして眠る前までは私のことを『織姫』と呼んでいたが、今は『天際さん』と呼んでいる。


 何がきっかけで本来の倉井柚葉さんに戻ったのか。オト・ヴァーゴさんはどこへ消えたのか。


 もしオト・ヴァーゴさんが消えたのなら、十二星座の力は―。


 取り戻したいと願っていたのに、叶えば素直に喜べない自分に絶句する。


(倉井さんの顔がまともに見れないです)


「天際さんが恐れていることにはなっていないわよ」


 俯いている私の後頭部にふわりと手が乗せられた。ゆっくりと顔を上げると、倉井さんは口元に微笑を浮かべていた。


「オトの力が完全回復すれば、私はまた精神世界に囚われる」


「でも、私は力の使い方を熟知していません」


 双子座のときは偶然が重なり眠っていた力が発動した。しかし、田中さんが眠った後に何度か『ミルキーウェイ・オープン』や『ジェミナイ・クローズ』 と恥を忍びながら呪文の言葉を唱えたが、何の変化も起きなかった。


 もう一度力を意のままに行使できるなんて保証はどこにもない。


 もしも、オトさんの力が完全に回復しても私が力を使うことが出来なかったら――?


 不甲斐ない自分に握っていた拳にギュッと力を込める。


 ふわりと頭に乗っていた手が、無意識に握っていた拳を包み込んだ。


 悪戯っぽい笑みを溢す倉井さんにドッと肝を冷やす。



「力の使い方は生徒会メンバーで教えるわ。朧気だけど、オト・ヴァーゴが力を行使するときにイメージしていたことや呪文、ポーズももちろん教えるわ」


「全てじゃないですか」


 ハードなメニューに失心している自分が容易に想像できてしまい、ぶるりと体を震わせる。


 クスッと小さな笑い声が聞こえ倉井さんに目を向けると、柔和な笑顔を浮かべていた。


「私は紅葉お姉ちゃんに認めてもらえれば、この体をどうなってもいい」


 その哀しい言葉を聞き、声をあげて反論する。


「どうでもよくなんかありません!」


反論されるとは一ミリも思わなかったのか、目を丸くしている。


―どうして。


「倉井さんを愛している人が悲しみます!」


―『愛』は簡単に生まれるものじゃないのに。


「私を愛してほしいのは紅葉お姉ちゃんだけよ。その他不特定多数の人間からなんていらない」


―長い時間をかけて築き上げる『愛』が一瞬で壊れるなんてことはないのに。


「倉井さんが紅葉お姉さんに認めてほしいように、倉井さんを愛している人たちは倉井さんを忘れるなんて出来ません!」


 ママがいなくなってからのことを思い出す。


 パパは私が見ていない影で涙を流し、食だってしばらくは取っていなかった。


「無責任です!自分勝手です!」


 役目を果たしからといって、簡単に消えないでほしい。


 残された者が心にどれほどの傷を負い、それでもくる大切な人がいない明日に来てほしくないと何度も願うのか。大切な人と共に過ごした時間が遠ざかっていく未来をどう生きたらいいのか、明日を見ることすら怯えている人々の気持ちを知らないんだ。


「紅葉お姉さんにも、寂しい思いをさせるつもりですか?!」


 ぼやける目で倉井さんを見つめる。


「紅葉お姉ちゃんは私のことに興味も関心もないよ」


「そんなことあるわけないです!」


 お姉さんが倉井さんに何も感じていないというなら、どうして倉井さんは自分がどうなってもいいなんて本気で思えるほどお姉さんに執着しているのか。


―それはきっと。


「つらい記憶にも負けない、お姉さんとの楽しい思い出があったからではないですか」


 私の言葉に目をカッと開かせる。


「そんな大切な思い出を、相手が忘れるなんてこと絶対にありません。相手にとっても大切な思い出に決まってます」


 大きく見開いた金色の瞳から、透明の膜が揺れ雫になり涙が一粒頬を流れる。


「だから、生きてください。願いが叶っても新しい希望を宿し、生きることから諦めないでください」


 泣き腫らした視界は、都会の夜景色のようにぼんやりと色だけが映る。


 私の片手を包んでいた倉井さんの両手が、私の両手に震えながら触れる。


「天際さん、ありがとう」


 倉井さんの瞳からは、今まで流せなかった涙が溢れんばかりに零れていた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 視界に入ってきたティッシュ箱にお礼を言いながら倉井さんと偶然にも同じタイミングで鼻を噛む。


―あれ?


 二人で顔を見合わして突然登場したティッシュ箱を見ると、人の腕が繋がっていた。


 繋がっている体を目線で追いかけると、そこにはいつ戻ってきたのか田中さんが「どうしたの?」とニコニコした笑みを顔に浮かべていた。


「うわあ!」


「い、いつの間に?!」


「鬼でも見たようなリアクションだね」


私たちの顔を交互に見てからティッシュ箱を私の机に置く田中さん。


(人の机から何当たり前のように物を借りてるんですか)


「いつから、いやどこから聞いていたの?」


 倉井さんが恐る恐る聞くと田中さんはムスッと頬に空気を入れ、子どもがわがままを言っているように腕を上下に動かした。


「どうでもよくなんかありません!プンスカプンスカ!から」


「そんな動作していませんし、プンスカプンスカとも言っていません!」


 からかってくる田中さんに否定しながらホッと胸を撫で下ろす。


(良かったです。ぎりぎり聞かれていませんね)


 一人で安堵していると、田中さんがベッドで休んでいた倉井さんの側に腰を下ろした。


「倉井さん、ですよね?この時間帯はどこの家の門限もオーバーしていると思いますが」


「え?」


 壁掛け時計に目を向けると、九時半になったばかりだった。


「天際まこさんがこの時間に帰ってきたら、高校卒業まで遊びに行かせてもらえませんね」なんて他人事のようにあははと受け流している田中さんの頬を引っ張ろうとしたが、身軽に避けられた。


「私が同じ手に引っ掛かるとでも?」


 どや顔を私に向ける田中の後ろに一人の人影が映る。


 気配を感じ取ったのか、ハッとした顔で後ろを振り向くと同時にその頬を倉井さんに引っ張られる。


「君、絶対に女子じゃない」


 思いの外、すぐに解放された田中さんが頬を擦りながら、「顔、横に伸びたかも」と呟く。


「お母さんに連絡しなきゃ」


「倉井さん!」


 ベッドから降りて私の机に置いてある鞄に向かおうとする倉井さんの足元がフラフラで支える。


「西園寺律って言ったかな、天際さん」


 ピタリと私たちの足が止まる。


「生徒会のお仕事をフォローするために、今日は倉井さんがこの家に泊まるんだって私に言ってたよ」


「天際まこさん生徒会だったんだー」とまたもや他人事のように言う田中さんの言葉に呆気にとられる。


 いつの間にか支えていた倉井さんは一人で歩き、鞄からスマートフォンを取り出し画面を起動させる。


「お母さんから『お勉強頑張ってね』って通知来てる」


 さすが西園寺律というべきか。根回しが早い。


「西園寺律って星野学園の生徒会長なんだよね?」


「そうですよ」


私が頷くと、自分から聞いたのに「へー」と聞き流すように相づちを打った。


「どうしてそれを?」


倉井さんが訝しげな目で田中さんを見つめる。


「私が通う学校でも人気だからね。西園寺律は」


「どこの学校に通っているのかしら?」


「どこでしょう?」


訝しげに見つめる倉井さんと他人行儀のように我関せずの姿勢で壁にもたれかかる田中さん。


部屋に静寂が訪れる。


(き、気まずいです)


空気を入れ換えようと、「そ、そうです!」と何の考えなしに言葉を口にする。


「お、お泊まりですよね?トランプでもしませんか?!」


「…そうね」


私の提案に倉井さんは数秒間を置いてから答えた。ホッと一息つくと、想定していなかったルールが付け加えられた。


「ビリは一位の命令に従うってルールももちろんあるわよね?」


「え?」


「そんなルール、トランプにあった?」


「あるわよ」


(ないですー!)


本で知識をつけているせいか、トランプに罰ゲームを加えられても信じてしまう田中さんに同情する。


(これ、絶対に田中さんを負けさせるつもりです。そして学校名を言わせるつもりです!)


私も気にはなっているが、ここまで真剣勝負に持ち込むほど気になって仕方がないわけじゃない。


(とにかくビリにはなりませんように!)


今の倉井さんが与える罰ゲームが何かなんて、考えるだけでも恐ろしい。


(負けるわけにはいきません!)








今ここに狂瀾怒濤のトランプ戦が幕を上げる―。

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