十六年ぶりの再会
まるで天使の羽のように包み込んでくれる寝心地の良いベッドが二台。さらには、体重計が部屋の隅でポツンと寂しそうな位置に置かれている。
誰がここを生徒会室だと判断するだろうか。
そして私の視界に映る五人の彼らを、誰が十二星座だと判別出来ただろうか。
「こいつらは十二星座ホシ!」
十二星座…。
それは天の川の姫『織姫』を護衛する十二人のガーディアン。
デネブさんの名前を知っていて、なおかつ瞳に星のような輝く金色を宿している。
(こんな偶然、あるんでしょうか)
最初にその瞳を見たときは、きっと日本人とどこかのハーフだろうと思い込んでいた。
しかし、今になって考えてみればこの学園に、それも生徒会に金色の瞳を有する人間が集まるだなんて、日本の子供が全員この学園に来なければあり得ない話だ。
いや、そもそも髪が黒髪で金色の瞳を持つ子どもが現実の日本に存在するとは夢にも思わなかったわけだが。
彼らが否定しないということは、つまり正解だということだろう。
彼らは前世の私を知っているけれど、私は彼らの前世を一欠片も思い出せていない。
(…それに)
『十二星座の六人がすぐさま後を追いましたが、残った私たちは闇に覆われ、あんな姿に…。』
彼らが闇に覆われた十二星座とも断言出来ない。
警戒する体勢が露骨にも現れていたのか、十二星座の一人である可能性が高い倉井柚葉さんが私の手を大切なものでも触れるかのように両手で優しく包み込んだ。
「怖がらないで」
ふわりと私を気遣うようにいうと、私と視線を絡めた。
(…あ)
その瞳の奥には既視感があった。
以前に観た夢の世界で見た、私ではない前世の姿に向けられた深い慈愛に満ちた瞳に酷似していた。
「倉井さん」
「久しぶりなのに、名前で呼んでくれないの?」
「…柚葉さん?」
世界の終わりだとでも告げる顔をされ、倉井さんの名前を呼ぶと、「…そうよね」と諦めたように俯いた。
その姿に思わず
「可愛いですね」
なんて口を滑らせてしまった。
バッと髪の毛が飛んで行くのではと心配してしまうほど彼女は勢いよく顔を上げた。
普段の彼女からは想像も出来ない呆気にとらわれている表情を浮かばせている。
そんな姿にさえ愛おしさを感じてしまう。
「すみません。倉井さんがそんな言動をとるだなんて意外で」
図書館で出会う度に冷たい瞳を宿した金色の瞳は、いつか錆びて輝くことがなくなってしまうんじゃないかと心のどこかで感じていたが、今はこんなにも乙女のように可愛らしい姿をしている。
「…マコ?」
「はい、まこですよ?」
瞳を信じられないものでも見ているかのように大きく見開き、私を穴があくほど見つめる彼女にギャップを感じて肩を震わせながら答える。
(笑っちゃだめです。彼女に失礼ですよ。頑張って耐えなければ)
「私が、可愛い?」
「全国模擬テストで一位を取っているなんて恐れられているから、どれだけ人並み外れているのかと思いきや意外に常人よりもピュアですね」
笑いを隠せていない私に怒っているわけでもなく、どちらかといえば目玉が飛び出るのではと不安に思うほど驚いている様子に想像していた倉井柚葉とはかけ離れ過ぎて、声をあげて笑う。
(全然、怖い人じゃない。むしろその逆です)
乙女のようなピュアさと全国模擬テストで一位を取る努力を誰よりもしてきた人間として誇れる人。
彼女は「変わっていないわね」と私の笑い声で隠されるように呟いた。
「前世が織姫だけど、今世で極悪人だったら改心させるまであんなことやこんなことをしようと考えていたけれど」
(何て恐ろしいことを言うんだ)
「全国模擬テストの王女が考えるあんなことやこんなことってなんすか?」
「お前のために言う。考えるだけ無駄だ」
検討もつかないらしい如月君が問うと、海音寺君が早口で即答した。
「マコに会えなかった時間がどんなに寂しく、これ以上無意味な時間はないと感じたわ」
「それでも」と彼女が目に涙の膜を張り、触れていた私の手を自分の頬に当てた。
「あなたが私に言ってくれた言葉が、私を動かしてくれたのよ」
『たった一秒でも、その一秒一秒にする言動が全て未来に繋がってるんですよ』
あの言葉は、私の前世と彼女の前世が話していた会話だったのか。
(旧友は、私のことだったんですね)
そんな十年以上前の会話を覚えている彼女に、自分の前世の姿をどれほど愛していたのか伝わってくる。
「いつか来るこの日が一日でも早く来るように、一秒一秒を大切に過ごしたわ」
「勉強に習い事、部活動に学校行事」
その言葉を言い終えると、名残惜しそうに私の手を離した。
「だから、マコにも私と過ごした時間を思い出して欲しい」
そしてゆっくりと金色の瞳を閉じ、一言唱えた。
「ヴァーゴ・オープン」
彼女の魔法の言葉と同時に、ピンク色の淡い光が彼女を覆うように包んだ。
「あ!ずるいっすよ!俺には無駄な力を使うなっていっつも怒るくせに!」
「空気を読んだらバカラギ」
「バカ?!」
如月君が驚いて声をあげると、加賀谷君が如月君を見向きもせず冷たく言い放った。
そんな二人をチラリとも見ず、海音寺君の視線はただ一点に注がれていた。
「あいつはずっと、俺らと一緒に織姫を探していたんだ」
すると西園寺君はスッと細めた冷たい目で如月君を見た。
「生まれ変わったときもずっと側にいた君たちには分からないだろうね」
言葉の意味が全く理解できないという顔をしている如月君と加賀谷君。
「失ったときに気づくその存在の大きさ。倉井はずっと探していたよ」
如月君と加賀谷君を見ていた冷たい瞳はどこかで温まり、私に何かを訴えていた。
「倉井が前世で本心を見せていたのはたった二人。シータ。そして織姫ことあんただ」
海音寺君が苦虫を噛み潰したような表情を私に向ける。
そして思い出した。彼女の前世の姿。私の前世にとってどういう存在だったのか。
(きっと彼女は、ずっと寂しい思いをしてきたんですね)
それなのに、彼女は私が忘れてしまっていた何でもない会話を忘れずにいつも心の拠り所にしてくれた。
十六年間という長い月日を、一秒も無駄にすることがないように。
『マコ!』
私の名前を呼ぶ乙女な女の子。
「オト」
私が十六年ぶりに彼女の名前を呼ぶと、彼女を包み込んでいた淡い光は儚く消えた。
彼女は以前夢にも現れたオト・ヴァーゴの姿に変身していた。
(懐かしいですね)
「お久しぶりです。オト」
「一秒でも早く、マコに会いたかった!」
今なら納得がいく。
乙女座の『分析能力』を有する彼女は宇宙一の頭脳を持っていたのに、どうして織姫の側にずっといたのか。
それはきっと、彼女が織姫と過ごす時間を大事にしていたから。
彼女、倉井柚葉ことオトは私を抱きしめた。
オトの背中にも手を回して「ありがとう」と涙声で伝える。
「まこが、生きていてくれて良かった」
「それはこちらの台詞ですよ」
前世のあなたは、いつも生きることに疲れていたから。
「俺だって姫とハグしたいっす」
「神聖なる生徒会室でセクハラなどくだらいことを起こすつもりなら容赦しないよ」
「遠回しに生きて帰れないって言ってるっすよね」
「罪人がどうなるか教えてあげているんだよ」
「それに」と西園寺は海音寺を横目に見た。
「空気の読めないバカラギは後に海音寺様からお叱りを受けるからね」
「え?!」と声をあげようとした如月の頭を持ち前のハリセンで叩く海音寺。
「静かにしてやれよ。ずっと待っていた心友と十六年ぶりに再会したんだ」
やはりというべきか、海音寺の視線は十六年前と変わらずあいつ一筋だ。
ふと西園寺の顔を見ると偶然にも目が合い、あいつはわざとらしく肩をすくめた。
「天才少女の仮面も、今日ぐらいは外してやらないとな」
彼女の瞳にはもう、寂しい色を写していなかった。




