梅子さんの宝物
小さな庭に小さな戸建て。梅子さんはそこで独り暮らしのおばあさん。お正月も過ぎ、手作りリースの締め飾りを外し、玄関の傘立てにざっくり挿していた南天を片付けたある日。
「今年はどんど焼きが無くなっちゃったわねぇ、仕方ないか」
青いビニールシートを広げて、その上でハサミでチョキチョキ、お飾りを細かく裁断していきます。
「燃えるゴミって……ねぇ、せめて半紙にでもくるみましょう」
チョキチョキ、チョキチョキ。もこもこのダウンに、手編みのモヘアの帽子、手作りマスクの梅子さん。
路地との境、背の低い生け垣。その根本近くからかわいい声がかかります。
「くだちゃちな」
「あら、花梨ちゃん。こんにちわ、近道から入って来なさいな」
桃色の山茶花。一箇所、小さな子供なら潜れる穴がぽっこり空いています。そこからゴソゴソと、ピンクのダウンを着た女のこが入ってきました。くまさんのアップリケがついたマスクをつけています。
「こんちわ、うめ、ちゃん」
「こんにちわ、かりんちゃん」
「ちょきちょき?」
「そう、お飾りをね、ご苦労様って」
「ふーん。これ いらない?」
「これ?赤い南天、欲しいの?」
うん、顔なじみの花梨ちゃんはこっくり頷きます。北風が寒い今日、ぷくぷくほっぺたは、りんごの様に真っ赤っか。
「けえきの ざいりょ」
「ああ、ケーキ屋さんですね、ハイハイ好きなだけどうぞ」
「ここで つくっていい?」
青いビニールシートの上でしゃがみ込み、コロコロとした南天を触っていた花梨ちゃんは聞きました。
「いいですよ、おうちのひとに言ってきてね」
「ぱぱ、いまおへやでかいぎ おしごと、まま、おしごと いない」
「あらあら、そうか。リモートとか言うやつね。お母さんはホームか。じゃぁ一人で出てきたの?」
「おそとで あそぶって きた」
あとでぱぱ来ると答える小さなお友達。梅子さんはそれならと言います。
「そう、じゃぁここでお店をしてくださいな」
うん、と返事をすると、近道を潜り、細い路地を渡り、一度戻る花梨ちゃん。しばらくすると、なにやら四角いプラケースを持ってきました。
「きょうは ぜりー屋さん」
四角いそれには半分ほど氷が張っています。
「あら、楽しそう、じゃぁお水もいるわね、ちょっと待っててね」
青いビニールシートの上に、ちょこんと座る花梨ちゃん。南天の葉っぱをちぎり、入れ物にパラパラ、赤い南天の実をパラパラ入れていきます。
「はい、ぜりー屋さん」
「ここに いれる」
梅子さんが用意したペットボトルを受け取ると、ちょろちょろと注ぐ花梨ちゃん。お客さんになる梅子さん。
「どの位で出来ますか」
「うーん ひえぐあい あした」
「あら、明日じゃないと出来上がりませんか?」
「うん あした」
にっこりと笑う花梨ちゃん。じゃぁ、そこのテーブルの上に置いておきましょうと梅子さんは、それをそろそろと、小さなガーデン用のテーブルに運びました。後ろをついてきた花梨ちゃんは、テーブルの上を見上げます
「ああ!花梨ここにいたの、すみません何時も何時も」
その時、刈り込まれた山茶花の上から、若いパパさんのマスク越しの声。
「ぱぱ!」
おしごと、おわった?ぱっと桃色の小鳥が飛び立つ様に、花梨ちゃんはテーブルから離れます。
「いえいえ、構いませんよ」
「保育園も今お休みで、おやつにしようか」
「大変ですねぇ、奥様もお仕事お忙しいでしょ」
「ええ、なんだか、この子に大変な思いをさせてるなって、思うんですよ、お友達とも遊べない、僕が仕事の時は出来るだけ、大人しくしてて。て頼んで……」
ため息をつく若いパパさんは近道を潜った花梨ちゃんを見て、そんなとこに穴がと覗き込み苦笑い。そして、お家に帰ろうかとヒョイと抱っこします。
「ありがとうは?」
「ありがと うめちゃん」
バイバイと手を振る花梨ちゃん。はい、バイバイと梅子さんも手を振りました。
山茶花の桃色が風に吹かれて、サワサワと顔を揺すっていました。二人が路地を渡るのを見送り、梅子さんも散らかった物を片付けて家に入りました。
それから花梨ちゃんは梅子さんの家に、遊びに来なくなりました。梅子さんは出来上がったソレを冷凍庫に入れて置きました。
何か言われたのかな、それとも保育園が始まったのかしらと心配していた梅子さん。
冷え込む日々が続き、ちらちらと雪の日もあり、今年は梅の花も咲くのが遅いかなと思っていたある日。
ドアベルがなった午後、はーいと出ると。
「こんちは うめちゃん」
「こらかりん。うめちゃん……、って。すみません。何時もお世話になりました」
そこには花梨ちゃんのママと花梨ちゃんの姿。二人とも何時ものマスク姿。梅子さんも慌ててポケットからそれを取り出すと装着します。
「いえいえ、うめちゃんと呼んでねと言ったのは私ですから、元気だった?」
「おひっこし する」
こくんと頷くとそう答えた花梨ちゃん。おひっこし?ニコニコとしているママに問いかけると。
「主人の田舎に帰ろうと思って」
「あら、お仕事とか大丈夫ですの?」
「主人はリモートが主になってきて、月数回なら、こちらに通うって、私もあちらのホームで面接受けるんです。なんにもない田舎だけど、子育てするならいいかなって、主人の両親も待っていてくれて、この子にもそっちのがいいかなと」
前から話はあったのですけどね、踏ん切りがついたのでとママさん。
「花梨と仲良くしていただき、ありがとうございました、コレ花梨と昨日作ったんです」
差し出した少しばかり膨れたかわいい紙袋。受け取った梅子さん。しゃがみ込み小さなお友達の頭を撫でました。
「そうか、おひっこし。でも、よかったね、元気でね」
「うん うめちゃん バイバイ」
まだ小さい彼女はこれが梅子さんとのお別れになるとは、まだ分かっていません。ちょっぴり寂しい梅子さん。二人がそれでは、と帰ると玄関で紙袋を手にしたまま、しばらくぼうと立ってました。
カサリと袋を開けてみれば、いろんな形のドーナツがコロコロ。甘い香り。油の匂い。
「今日はドーナツ屋さんね。かりんちゃん……」
きゅっと切ない様な、作った雪だるまが解けたような、捕まえた蝶々が逃げた様な、ぐるぐる回る寂しい感覚。
「まあ、やだわ、近くの子供が離れただけなのに、そういえばちゃんとお顔見たことなかったな」
かわいいでしょうね、きっと。くすくす笑う梅子さん。マスクを外すと割烹着のポケットに押し込めました。
紅茶にしようかな、それとも。パタパタとキッチンに向かいます。食卓に紙袋を置くと、ふと気が付き冷凍庫を開けました。
中にはあの時の『ぜりー』
「まっ、独り暮らしだし、邪魔にならないから置いときましょ」
独り暮らしの気楽さね、『氷のぜりー』を眺める梅子さん、宝物を冷凍庫にひそりと隠している、冬の午後の時。




