俺とみかん
用水路の水取り口に沿い、細長い稲荷神社がある。どう考えたって潜れない小さな朱塗りの鳥居が並び、祠に通じている。
何故か側には金柑の木、鳥が種を落としたと云われている。そのせいかこのお狐様は、油揚げと柑橘類が好みという話にいつの間にやらなっていた。
そして姉貴が言うにはいつの頃か分からないが、ここのお稲荷様にみかんをお供えして願をかけ、そのみかんを恋しい相手に食べさせたら、恋愛成就というおまじないがあるそうな。
嘘か誠か分からない。イワシの頭も信心から、信じれば神や仏なのかもしれない。
つやつやとしたみかんが、恋する俺の頭の中を、キラキラミカン色にする。
好きなあの子がちらちら見てくる。俺が移動時間の隙に机の上にみかんを置いた席の彼女。
物言いたげな視線に俺は悶々煩悩の世界に浸っている。
もしかしてこのみかんはあの子が俺の席に置いたの?
それとも俺があの子に置いたのを返して来た?
どっちだ!どっちだ!みかんちゃん!答えてくれ。
手のひらの上にはツルンとしたこぶりな蜜柑。こたつに入ってそれをじっと眺めている俺は、マグカップの緑茶をグビグビ飲む。ほんとはこの美味しそうなみかんを、さっくりたべたいのだが……。
ああ、ミカンみかんみかん……。流石は、ひとつ120円の高級感あふれるそれの名前は『つやつやこだまちゃん』。何故に名前も値段も知っているのかというと。
姉貴のせいだ。みかんのまじないにより、めでたく彼氏が出来た姉貴のせいだ!姉貴が高級みかんにしろと言うから。あのキズあるヤツにしておけば、失恋決定だが悩む事は無かった。
そう、俺はこの『つやつやこだまちゃん』で悶々と悩む羽目に陥っている。
事の起こりは、数日前迄遡る……。
「だめよ!そんな適当に!お稲荷様に供えるんだったら……、ちょいまち!とっときの分けてあげる」
選択を誤った。好きな子が出来たと相談した相手が悪かった。でも身近にリア充満喫している奴は姉貴位しか居なかったのだから仕方ない。イチから100臆光年迄、事細かに聞きだされ片思いなのかバレると。
「ここは……お稲荷様にみかんのおまじないするのがいい。私はそれで男を手に入れた」
「はあ?お稲荷さんって、用水路の?」
「そう、祠にみかんお供えしてね、ラブラブになりたいってお願いして、それを好きな子に食べてもらえば、程なく両思い」
「嘘っクセ」
「あら!お父さんも、みかんでお母さん手に入れたって話だし、そういえばおじいさんやおばさんもそうだったかな、霊験あらたかなお狐様のみかん」
マジ?親父……、オカンにそんな事したのかよ。爺さんも何やってるの。しかしその話を聞くと少しばかり気になる。姉貴も彼氏持ちになってるし。
「でもどうやって食べさすの?姉貴はどうした」
「お昼にみかん余ってるけどいる?って、渡した」
それだけ。
うん、それだけ。
「要はきっかけなんだなって、みかんのおまじないはこの辺りでは結構有名だし、相手もそういう意味を知っていたら、きちんと返してくれる」
この前みかんありがと、ってねえ、キャッ恥ずかし!惚気る姉貴の話に付き合う事一時間、ようやく収まった時、じゃこのみかんお供えしよっかなとスレキズのあるそれを手にした時。
だめよ!と姉貴。そして部屋へと向かうと、お年玉をつぎ込み、高級フルーツショップからお取り寄せしたという『つやつやこだまちゃん』を、俺にひとつ手渡して来た。
「これにするのよ!これになさい!特別に分けてあげる」
押し切られた形で、俺は俺が選んだスレキズちゃんと、オサラバしてしまった。
はぁぁ……、あの子とはいい感じでさ、話をする友人だったんだよな。好きだと言ってないだけで、いや、好きだと気が付いてなかったんだよ。
だから……、言い出しにくくて、このままでもいいかなと思ったり。嫌、このままではいけないって思ったり。で、みかんになった訳。
教えられた通りにお稲荷さんに行ってさ、お供えして、お願いして、持って帰って学校に行って……、どうにも恥ずかしくて、情けない俺は君の机の上に、コロンと置いたんだ。そして教室に戻ると、君の方が先に戻ってて、こっちを見ながら友達と話していた。
やっぱり姉貴の様に手渡しが良かったか。と思いつつ机の上には
『つやつやこだまちゃん』がコロン。
ふお?このみかんちゃんは。俺がそれを手に取ると、君が送る確認の様な視線。思わずギコギコと頷いた。
どっちだ。どっちなの!教えてくれ!みかんちゃん。
俺が置いたのを要らないからと返品してきたのか、それとも確認の視線に、ニコニコが混ざっていた。だから……
彼女が用意した『つやつやこだまちゃん』なのか?彼女もこれをネットで?だとしたらり、り、リリリリリ
両思いぃぃぃ!うほぉ。
ああ……、みかんちゃん、ミカン、蜜柑、みかんちゃん。君はどっちのみかんなの。スレキズちゃんなら、返品である意味スッキリ案件なのだが。失恋だけど。
流石は高級フルーツショップ。どの角度から眺めても……
俺が姉貴から手渡された『つやつやこだまちゃん』と同じ物にしか見えない。




