お正月二日のブリ大根
お節料理はその昔は、味の濃い日持ちのするメニューと何かの文献で読んだ事がある。
煮しめや棒鱈の昆布巻き、数の子、蒲鉾、黒豆きんとん。田作りはこちらではゴマメ。酢の効いた紅白なます、叩き牛蒡……。
おかずというより、酒の肴に近いと。そしてお江戸では、三が日はお屠蘇と雑煮の日々だったとか。
白飯無いのか。取り敢えず手元にある書物の中では、こうも餅と屠蘇ばかり続くと云々とあるのが多い。炊かないとみた。
温暖化進み、家の中にも部屋全体を温める暖房器具があり、それらが無い時代。チリ埃にも神が宿るから箒を手にしてはいけないとか、家長が水を汲むとか、その他色々な仕来りが生きていた時。
家事から女を休ませる為だったと書いてある……。
洗い物をしない様にと祝い箸も、各自の名前を袋にしたためてあり使ったらそのまま仕舞う。
………!えええ!洗わないの!嘘ぉ!
無理無理。自分のやつでも、嫌嫌。決まり事と言われても嫌嫌。無理無理。
現代清潔クリーンな環境で育った世代には、無理無理。
遅めのブランチ、雑煮が終わりさっと片付けると、もうお昼になる。寝正月の旦那は昼ごはんはいらない。私もいらない。
ただ何時ものコーヒーを飲みたくなり、私はそれを頂く。色気もクソもない、百均のマグカップでたっぷりつくって飲む。
起きて早々にこなした唯一の家事、洗濯。
ベランダに干している。ハタハタと動いているそれ等。からっ風が吹いているから、そこそこ乾くかなと期待をしている。
身近に落ちてる主婦のちっぽけな幸せって、干した洗濯物が夕にはパリッと乾いているてな事が案外そうなのかもしれないと、つまらぬ事に気がつく。
だって2日も3日も乾かなくて、その後、気まぐれに一気に乾いたら、取り入れ畳んで仕舞う作業が、まるで山に籠もる修行僧な気分になるのだから。
旦那は洗濯は洗濯機がするだろ?って、桃太郎時代の発想で物を言うから腹が立つ。じゃあ干すのは誰だ、カッターシャツにアイロンがかかり、タンスに掛けてあるのは洗濯機がするのか、靴下の右と左が合っているのも、洗濯機がするのかと言いたい。
二日の夕、旦那の従兄弟が遊びに来るとメール。二人分のお取寄せお節の美味しいものは終わっている。大晦日に仕入れていたブリの余りでブリ大根を煮る。
大根を一度湯がいて水に晒す。ブリの切り身は、湯をかけて臭みを抜いてから大根と共にひとつの鍋にいれた。
出汁、砂糖醤油、生姜に、昨日旦那が飲み残した燗冷ましで味を整え、染み入る迄コトコトと煮込んで行く。
キッチンの椅子で鍋の番太郎で座る午後。退屈しのぎに、なろうでも読もう。湯気がとろりと広がる。
こたつでは旦那が寝転び、たぷんたぷんの腹の上には、我が家の王子様、アメショーのタマがちょんと香箱座り。




