元旦 はまぐり砂吐き
アラームが何時もの様に鳴った。今日は空気にも塵にも埃にも、神が宿ると云われる正月三が日の始め。
寿ぎの日。誰しもひとうつづつ、年をとる日。
目が覚めたから起きる。雑煮を作る朝。
温かく包む布団を出て、ひそりと起きる。手早く着替えて薄い暗い廊下をパタパタと歩く。台所の電気をつけ、シンクの上のはまぐりの様子を見る。
良い感じで砂を吐いている。嫁ぎ先は、贅沢にもはまぐりをたっぷり使い、雑煮の出汁を取る。それと併せるのはクジラの皮という、一風変わったお雑煮の家。何方も意外に高価な年始の食材。
後は賽の目のお豆腐に、薄揚げ、ちくわ、あしらいに紅白の蒲鉾に緑のネギをたっぷりと。
鍋にジョボジョボと年水を汲む。湯沸かしケトルにも。
水道口から落ちる水を眺めると、幼い時過ごした祖父の家を思い出すのは毎年の事。
新年の最初の水汲みは、水道といえど家長の男の仕事。
古い仕来りが生きていた。大晦日どんなに遅くとも、元旦は一番に起き、晴れ着に着替え新年の水を汲み神仏に供えると、湯を沸かし新茶の用意をして、皆が起きてくるのを待っていた厳格な祖父。
朝寝等、赤子以外、許されぬ元旦。
台所では祖母や伯母さん達が、早々に起きて祖父に挨拶をした後、朝餉の支度をしている。
洗顔をし、きちんと着替えると祖父に正座をし、新年のご挨拶をしていたほんの少女の頃。
三宝の上には半紙、その上に一升のお米、四方に人数分の干し柿 とポチ袋。神棚には桃の枝に餅花。
「おめでとう」
祖父が淹れる香り高く甘い玉露、寿ぎのお茶。年取り柿と呼ばれる干し柿をひとつ頂いた後で、ポチ袋を取りなさい、家長が言う元旦。
シュンシュンと火鉢の上の鉄瓶。
凛と冷たい空気が満ちる、掘りごたつの茶の間。
背筋がしゃんと伸びた元旦。
昔の話。嫁ぎ先でも昔は朝の水汲みは、家長の仕事と亡きお姑さんが教えてくれた。
私が嫁に来た頃には我が家では、水汲みの故事等、既に無くなっていたし、その昔納戸で祭っていたと言う、年神様も神棚でお祭りしていた。
年越しの炊きたてご飯、焼いた塩イワシ。元旦、二日目のお雑煮、三日目の夜の炊きたてのご飯。
昔は納戸の天袋にお供えをしていたと言う、お顔が醜い女神であらされる年神様。
男が早起きをし、伴侶に新茶を振る舞う事など無くなって久しい今、年神様を納戸の天袋でお祭りする家庭は、極僅かと聞いている。
ピー、ピー、ピー。湯が沸いたと知らせる音。
何時もはお目覚にコーヒーだけど、新年の今日は玉露は無いから煎茶を入れる。祖父ご自慢の茶器とは大違い。
大きなマグカップにたっぷりと白い湯気立つ新緑の色。
はまぐりをゴリゴリ洗い、ドボンドボンと鍋に入れ火にかけた。
食卓に座り、嫁の私が水を汲み沸かしたお湯でいれた、新年の寿ぎのお茶を飲む。
元旦の朝、独りの時間。




