大晦日開かない瓶の蓋
佐和子さんは田舎の主婦です。3つ上の旦那さんと、御年九十にして、ピンしゃんのお姑さんと三人にプラス、二匹暮のらし。年始には都会に出た子供達、それと夫の兄弟が家族を連れて帰郷します。
大晦日朝、5時
はぁ、この日が来たのか。日めくりカレンダーをぺりりとめくれば、
31 大晦日
の文字。佐和子さんは気合いを入れます。よし!呟くとくしゃくしゃと丸めた最後のイチマイ。クズかごにポイと投げ捨てました。
今日はやる事が沢山あります。布団に座布団は日和の良い時を狙い、干して表の間に重ねておいてあります。大きなこたつの用意も大丈夫。
しまい込んでる食器の準備、大量の食材の買い物も済ませてあります。餅つきも終わり、今日は煮しめや黒豆、大根と人参のなます、昆布巻きに栗きんとん、と料理に費やす一日。
その合間をぬって、お宮さんに年の瀬の参りを済ませなくてはいけません。今年一年の無事をおさめるのです。
大忙しの一日が始まる佐和子さん。よし!と赤と白のチェック柄の割烹着の紐を、キリリと結びました。
にゃぁん。厚手のソックスの足首に、黒猫のマドレーヌがスリスリ。朝ごはんの挨拶に来ています。カリカリをザラザラ器に入れると、人間の朝ごはんの支度。
その前に大きなマグカップでコーヒーをひとくち。寒い台所が温もる前に身体を温めます。飲みながら作るお味噌汁。
雪の下から掘り出してきた白菜のそれ、卵をぽとん。ポトン、ぽとん。干して漬けたしわしわ沢庵を、トントン切り分けます。おはよ、降っとるわとお姑さんが起きてきました。
「おはよ、おばあちゃん。ええ!昨日の夜、わらわら降っとったけど、やまんかったんけ?」
「ほうや、止んどらん、まま炊けてるな」
「あー、ハイハイ大丈夫大丈夫」
佐和子さんが、手を止め炊飯器の蓋を開け、しゃもじでさっくりまぜました。神様と仏様のご飯をよそうお姑さん。沸いている番茶を、お供えする為に湯呑に注ぎます。
「なんやまどちゃん、煮干し欲しいんか?」
大好きなおばあちゃんか起きてきた気配を察したマドレーヌが尻尾をピン!と立てて、台所に入ってきました。何時もの缶から煮干しを2匹貰い、にゃおんとご機嫌さん。
「たかしはどこや?」
お盆の上のお供えを運びながら、聞いてくるお姑さん。その背中に答える佐和子さん。
「タロウの散歩」
もうすぐ帰ってくると佐和子さんは、お味噌汁の蓋を開けました。味噌と出汁の香りが広がり、刻んだ青ネギを入れました。
シンクの上に置いてあるカップを空にします。何時もと同じ、ぬるくなってるモーニングコーヒー。そして食卓にある瓶に目を向けました。
秋にせっせと拾って鬼皮と渋皮を剥き甘露煮にし、瓶詰めした佐和子さん特性栗の甘露煮の瓶!脱気が完璧だったせいか!
蓋が開かねぇ……。
蓋が開かねぇ……。
蓋を温めても無理、軽く叩いても無理。最後の手段は、釘で蓋に穴を開ける。そうすると中に空気が入り、真空からの脱却、めでたく蓋は開く。
ジャムの瓶だからいいけど、穴開けるの嫌だなぁ、今年は栗きんとん無くてもいいかな。と考える佐和子さん。
湯がいて裏ごしするのも面倒くさいし、瓶開かないしねぇ……、いいかなと思う佐和子さんの耳に聴こえる、離れて暮らすクリスマスにかかってきた、電話口の幼い孫娘の声。
――「お ば あ ひゃん の くい きんとおん しゅき」
「よし!ばあちゃん頑張る!先ずは朝ごはん!」
佐和子さんのが大晦日は、毎年こうして過ぎていくのです。




