4話 串焼き
昼には少しだけ早い時間だが、小腹が空いたのでアリスが文字通り食い入るように眺めていた屋台で串焼きを購入。
さすがに人通りが多い通りで食べる訳にはいかず、屋台の影と裏路地の境界線へと移動する。
ここなら人気も少ないため、串焼きを食べる余裕がある。
アリスはフード越しからでも分かるほど表情を輝かせて、早速串焼きに齧り付く。
オレも良い匂いがする串焼きを手にして、我慢できず胸中で『いただきます』と呟き、齧り付いたが、
「…………」
先程まで電球代わりに使用できそうなほど期待で輝いていたアリスの表情が、一瞬で暗くなる。
オレも彼女同様に肩透かしをくった表情を作った。
唯一、『串焼きまで食べたらお昼が入りませんから』と辞退したキリリが感想を尋ねてくる。
「お2人の反応を見る限り匂いのわりにあんまり美味しくないようですね」
「肉が焼ける匂いは良いんだが……味付けがいまいちで肉の臭みが中途半端に抜けきっていないのが、さらに不味さを加速させている感じだな」
肉が焼ける匂いは非常によかっただけに、残念感が強くなる。
「だからと言って食材を無駄にするようなマネしちゃ駄目ですよ」
「……キリノ(偽名)に1本あげる」
「アイリスさん(偽名)もこの後お昼ご飯も食べるのに欲張って4本も買ったんじゃないですか。自業自得です。罰としてちゃんと自分で食べきってください」
「……キリノ(偽名)の意地悪」
嫌いなピーマンや人参を食べない子供を諭す親子のような会話に、ついつい微苦笑を漏らしてしまう。
だが実際、この串焼きを1本食べるのもしんどいのに、4本はいくらアリスでも気分を悪くするかもしれない。
キリリの『食材を無駄にしない』という真っ当な指摘も理解できるため、両方を円満に解決する方法を採用する。
(まずはアイテムボックス経由で、中央大森林で採取した香草に粗塩を混ぜたクレイジーソルト擬きを肉にかける。『火魔法LV8』を応用して再度焼けば……)
スキル『料理LV8』が仕事をして肉にかけるクレイジーソルト擬き、再度の加熱を食材が最も美味しくなるように教えて、補助してくれる。
お陰で辺りに屋台で嗅いだ以上に美味しそうな匂いが漂う。
匂いは合格だが、実際の味は……。
「……うん、美味しくなったな」
「わ、若様……一体何をしているんですか……」
「串焼きが美味しくなかったから、自分で再度調理し直したんだ。『料理LV8』のお陰でかなり美味しくなったよ」
「『料理LV8』って……超一流LVじゃないですか! これから向かうレストランのオーナーシェフでさえまだLV7なのに……」
「……若様」
キリリがその場で頭を抱え、アリスが訴えるように肉が刺さった串焼きを両手に潤んだ瞳で訴えてくる。
両手に串焼きさえ持っていなければ、非常に絵になる美少女的シーンなのだが。
もちろん、彼女が無言で訴えている要望に応えてあげる。
オレは『料理LV8』に従いアリスが持つ4本の串焼き(1本は彼女が囓った跡が有り)にクレイジーソルト擬きをかけて、『火魔法LV8』を応用して再度加熱する。
1本辺り30秒もかからず調理を終えた。
早速、アリスが1本の串焼きに齧り付く。
「……!? 美味しい」
再びアリスがぱぁと電球のように明るい表情を作る。
彼女は幸せそうに『もきゅもきゅ』と串焼きを食べ続ける。
「本当に美味しそうな匂いですね……。アイリスさん(偽名)、1本譲ってくれませんか?」
「……駄目。意地悪したキリノ(偽名)には上げない」
「4本もあるだから1本ぐらいいいじゃないですか。この後、お昼まで食べたらいくらアイリスさん(偽名)でも太りますよ」
「……大丈夫。自分は太らない体質だから」
「『太らない体質』とか! それを言い出したら戦争でしょ! いいですよ、その喧嘩買いました! 表に出てください!」
「落ち着けキリノ(偽名)。ここはもう外だろう。食べかけで悪いが、オレの串焼きをあげるから喧嘩するなって」
さすがに見かねて嘴を挟む。
オレの串焼きは既に半分食べてしまっていたが、まだ半分は残っている。
これでキリリには落ち着いてもらおう。
食べかけの串焼きを差し出すとキリリは顔を赤く染める。
「あ、あのよろしいのですかシュート様の串焼きを頂けるなんて……」
「もちろん構わないぞ。てか、本名が口に出てるから、偽名を忘れないでくれ」
「……むぅううぅ~。キリノ(偽名)、やっぱり1本あげる」
山の天気のように先程まで上機嫌だったアリスが、不機嫌な表情で割って入り串焼きの1本をキリリに差し出す。
「わ、私は別に若様の串焼きでも構わないのですが……」
「……キリノ(偽名)、年頃の男女が食べ物を食べ合うなんてはしたない。だから、あげる」
「はい……ありがとうございます」
アリスの有無を言わさない言葉の迫力に負けて、キリリは大人しく彼女から串焼きを受け取る。
キリリが受け取った串焼きを口にすると、アリス並に表情を明るくする。
「美味しいです、本当に美味しいです! 帝国料理長の作った料理より美味しいですよ!」
「いやいや、さすがにそれは褒めすぎだろ」
「そんなことありませんよ。肉の脂と香草の絶妙なバランスが幸せな成分を作り出して口にするだけで最高な気持ちになれます。若様がこれほど料理上手とは……。もう一家に1人は欲しい人材ですね」
「オレは便利グッズか」
キリリの冗談に思わずツッコミを入れる。
互いに付き合いはまだ短いが、こうして冗談を言い合える仲にはなったのかと少し感慨深くなってしまう。
キリリも同じ気持ちらしく、軽い声音で答える。
「ふふふ、申し訳ありません。お詫びに若様ほどの腕ではありませんが、この後行くお店は私のお薦めの美味しい料理を出すので。それで機嫌を治してください」
「キリノ(偽名)のお勧めなら味は間違いないだろうから、楽しみだよ」
「……(もきゅもきゅ)」
オレとキリリは距離が縮まったテンポで会話を楽しむ。
そんなオレ達を気にせず、アリスだけは一定のテンポで美味しそうに再調理した串焼きを食べ続けるのだった。
☆ ☆ ☆
アリスが手にした串焼きを食べ終えた後、再び通りに戻る。
キリリお勧めの料理店は、帝都でも有名なレストランだが、昼間は手頃な値段でランチを提供しているらしい。
既に予約済みで席は確保している。
場所は中央噴水広場の一角。
まさに一等地である。
中央噴水広場は文字通り、石像が設置され、水がコンコンと噴き出す観光スポットでもある。
非常に目立つため恋人達や友人知人の待ち合わせ場所としても人気が高い。
当然、外部の人達が集まる目印にもなる。
故に彼と出会ったのは運が悪かったとしかいえないだろう。
「さすが僕ちゃん、まさか帝都についてすぐ本人と出会えるなんてツイてるねぇ~」
中央噴水広場を少し見てからレストランに向かう途中、旅装束をした男性が前に道を遮る。
彼はオレの前に立ち、確信を持って断言した。
「早速だけど、僕ちゃんが希望するスキルを作ってもらえるかい。『スキル創造』所持者くん」
もし自分も異世界で『時間操作スキル』を手に入れた味噌、醤油にまず使用すると思う明鏡です。
前書きにも書いた通り、皆様にご好評だったので4つ(4、5、6、7話)を12時、14時、16時、18時に連続でアップします! 読んでくださったみなさま、本当にありがとうございます!
次の5話は14時にアップする予定なので是非チェックして頂けると嬉しいです。