20話 未発見エリア
マグマの川を飛び石で越えた扉の先には、まるで王族が眠る静謐な墓地のような空間が存在した。
大理石のようなツルリとした石材で巨大な柱が作られ、天井、壁、床も全て同じ材質だ。
扉外の灼熱地獄とは打って変わって、内側は吐く息が白くなるほど寒い。
しかし一部を除いて『ドラゴンの牙』メンバーは極端な寒暖の差など気にならないほど目の前の光景に圧倒され魅入っていた。
アイゼン達がぼんやり魅入っている間に、偵察部隊リーダーは斥候職の癖か、見入るより罠や魔物の警戒などをついつい優先する。
「リーダー、奥に石櫃のような物があります。罠の類はないですね。どうします?」
「もちろん、開けるに決まっているだろうが。きっとお宝がザクザクだぞ! スキルマスターに痛い目を見せた上に、こんなご褒美があるとは! さすが俺様! 天に愛されているぜ!」
罠が無いことを確認しているため、アイゼンは警戒心無くズンズン奥へと向かう。
彼の後に部下達も続いた。
階段を上がり、無造作に置かれた石櫃が鎮座していた。
こちらも天井、床、柱と同じ材質だが、他とは違いびっしりと文字が彫り込まれていた。しかし昔に使用された特殊文字らしく、この場の誰も読み解くことが出来ない。
『ドラゴンの牙』副リーダー、エリットがアイゼンに問う。
「どうするアイゼンリーダー。開けるか、ダンジョン外から文字を解析できる専門家を連れてくるか? それともダンジョン外に持ち出して調査するか?」
「開けるに決まっているだろ。わざわざ他人に財宝を分けてやる必要はないだろうが」
「まだ財宝と決まってはいないだろ?」
「おいおい、エリット。なんで尻込みしているんだよ。俺様達は冒険者だろ? 安全策を取って冒険しなくて何が冒険者だ!」
この時、アイゼン達はシュートに対して上手く魔物災害をけしかけることが出来た(彼ら視点の場合)。
さらに『未発見エリアを大発見した』ことで気分がさらに良くなり、有頂天状態に入り、慎重さを失っていた。
魔術師で多少頭が回るエリットが、石櫃にびっしりと彫り込まれた文字に何か嫌な気配を感じ取っていたが――アイゼンの言葉こそ『絶対』の『ドラゴンの牙』ではそれ以上の押し問答は不可能だった。
『ドラゴンの牙』の悪癖、デメリットが彼ら自身の首を絞めることになる。
「これはリーダーの俺様の決定だ。おい、オマエら両側に回って蓋を開けろ」
「…………」
それ以上口にしても無駄だと悟っているエリットは黙って石櫃から距離を取る。
アイゼンは部下達の手前、格好悪い所を見せられずその場に留まる。
力自慢のメンバーが両側から蓋を開けるため力を込めるが、なかなか開かない。
「てめぇら! もっと気合入れろ! 教育されたいか!」
アイゼンの怒声に恐怖を抱き、彼らはさらに気合と力を込めて蓋を持ち上げる。
顔を真っ赤にしてなんとか数mmほど蓋を持ち上げることに成功するが――それ以上は彼らが蓋を持ち上げる必要はなかった。
「ぐがいゃ!?」
蓋が数mm持ち上がると、半透明な触手がメンバーの1人の腹に刺さる。
蓋はその半透明な触手によってどんどん開いていく。
開いていくたび触手の数、太さが増加していった。
「なんだ! おい、いったいなんだアレは!?」
「スライム!?」
咄嗟に石櫃の周囲にいたメンバーは距離を取る。
触手に腑を抉られた者はすでに死亡していた。
アイゼンも向かってくる触手を手刀で切り裂く。切り裂いた触手に何のダメージもなくすぐに繋がった。
さすがのアイゼンも顔色を変えて距離を取る。
「ま、魔術師組! 魔法を使え!」
「敵を貫け、アイスランス!」
「敵を燃やせ、ファイアーアロー!」
「敵を燃やし尽くせ、ファイアーカーテン!」
他、次々にアイゼンの指示される魔術師組が石櫃から溢れ出る魔物に魔法を使うが――謎魔物は気にせず高速で触手を伸ばし、メンバー達を補食する。
「効果無しかよ!? なんだあのスライムは!?」
「馬鹿野郎、あんな強いスライムがいて堪るか!」
「た、助けて、内臓を喰われぎゃぁぁぁぁぁ!」
「溶ける、おれのからだが溶けて――」
「痛い! 痛い! だ、だすけ、痛いぃいいいぃ!」
絶叫、体が酸でとかされ、砕かれ、内臓が喰われ――中途半端にLVが高いためなかなか死ねない。
アイゼンは真っ青に顔色を染めて叫ぶ。
「撤退だ! 逃げろ! 全員、撤退しろ!」
彼が叫ぶと喰われる仲間を見捨て『ドラゴンの牙』メンバー達が全力で扉の外へ逃げ出す。
謎魔物は、石櫃の体積を超えてなお増加し続ける。
それだけではない。
『ピギィギィィィポビィアイィリアィジョアイガアバワギィッギ!』
意味不明な怪音が響く。
発生元は石櫃から溢れ出続けている不定形の怪物なのだろうが……発声器官が無いのにどうやって音を出しているのか誰も理解できなかった。
だが怪音が響くと、未知の触手の先から魔法が放たれる。
氷の槍、炎の矢、土の塊に、水鉄砲――まるで10、20人の魔術師が存在するように未知の怪物から複数の攻撃魔法が飛び出す。
「はぁあぁぁ!? す、スライム(?)が魔法を使うだと! しかも属性が違うのを一息になんてありえんだろ!?」
目の前であまりにも非常識な現象が起きたため、逃げていたアイゼンも思わず足を止めて驚き叫んでしまう。
一般的な常識からすれば、同時に魔法を使うことはできない。
しかも10、20も同時にだ。
にも関わらず目の前の怪物はそれを平然とおこない、さらに立て続けに攻撃し続けてくる。
石櫃から未だに溢れ出続けている怪物、怪音、同時連続で放たれる攻撃魔法――ありえない出来事が連続して起き続けるせいで、『ドラゴンの牙』メンバー達は『これは本当に現実に起きていることなのか』と疑いたくなった。
しかし、悪夢と切り捨て足を止めれば、凄惨な死が待っているのも事実だ。
故に彼らは必死になって逃げ続ける。
「い、嫌だぁぁぁあ! し、死にたくない! 死にたくな――ぎゃぁあぁ!」
「リーダー! アイゼンリーダー! た、助けてください! たす、け――」
『ギギピビィギッバジャオアバオガウィエオアガアウィジ!』
次々喰われる仲間達の悲鳴、懇願、狂ったように意味不明な言葉を吐き出す意味不明な怪物の声を耳にしながら、『自分だけは助かりたい』と逃げ続けるのだった。
こうして魔物災害以上の最悪が『ドラゴンの牙』によって目覚めてしまったのだった。
スキルマスターを読んでくださってありがとうございます!
『ドラゴンの牙』のやらかしにより封印されていた怪物が、解放されてしまいました。
この怪物にシュートはどう対応するのか?
また色々やらかしている『ドラゴンの牙』達に対して、彼自身がどのような制裁を与えるのか?
その辺りも今後、是非是非お楽しみに!
またご報告として、明日お昼に新作の短編をアップする予定です。
なので、スキルマスター共々、よろしければ是非読んで頂ければ幸いです。




