16話 魔物災害
35階層は基本、アマゾンのような広大なジャングルがメインのフロアーである。
ジャングルのためか、今までの階層と比較しても圧倒的に魔物の種類が多い。
図鑑や『中央大森林』でも見たことがないような魔物も居て、余裕がある分には見ていて非常に楽しい階層だ。
現在オレ達はジャングルを抜けて、巨大な川の側で休憩をしていた。
キリリが片手を額に翳して、川を眺める。
「うわぁー、対岸が見えないとか……。この川はどんだけ広いんですかね。ていうか本当に川なんですか? 海並に広いんですけど」
「キリリは海を見たことがあるのか?」
「はい。姫様と一緒にあちこち冒険者としてクエストをこなしましたから。海は綺麗で、波の音も心地良いんですが、あの匂いが苦手でしたね」
彼女は過去を振り返りつつ、懐かしむ。
一方アリスは、レジャーシート代わりに敷いた毛皮の上に座り、レムと一緒に軽食(照り焼きチキンサンド)を摂りながら、キリリの思い出話に乗った。
「……むぐもぐ、海はお魚が美味しかった。川魚とはまた違った味わい」
「姫様、他に感想は無いんですか?」
「……海中から攻めてくる敵との戦いが大変だった?」
「違う、そうじゃないんですよ! もっとこう、女の子らしいエピソードで可愛らしさをアピールしないと! 浜辺で可愛い貝殻を拾ったとか、小魚が可愛かったとか!」
立って川を眺めていたキリリが、戻って来つつ主の女子力0発言に苦言を呈する。
キリリ的には少しでもアリスに対してオレが好意的な印象を持ってもらおうと努力しているようだが、別に今更そんなこと気にしなくてもいいのに。
アリスのそういう戦闘特化、割り切った考え方も彼女の可愛らしい一面だと今では思っているのだから。
アリスと一緒にぺたりと座って軽食(照り焼きチキンサンド)を食べていたレムが、隣に居るオレへと尋ねてくる。
「ぱぱ、うみ、おいしい?」
「『海』じゃなくて、『海で獲れる海産物』が美味しいんだよ。いつか機会があったら海に行って色々食べてみようか」
「やー(はい)」
小さな手で照り焼きチキンサンドを掴み『モグモグ』と食べるレムが、返事をする。
口元についた照り焼きソースをハンカチで拭ってやる。
大人しく拭われる姿も非常に可愛らしい。
「その口ぶりだとシュート様も海を見たことも、海産物を口にしたこともあるんですか?」
キリリが疑問を尋ねてくる。
当時、元子爵家での立場はあまり良いモノではなかった。
なのに海を見たことも、海産物を食した経験があるのも可笑しい。
全て前世の記憶である。
オレは素速く誤魔化しの台詞を考える。
「海を見たことも海産物を食べたこともないよ。本で読んだり、人伝で聞いたことがあるだけだよ」
「なるほど。ならダンジョンでのLV上げに区切りがついたら皆で海に行くのは有りですね」
「いいのかキリリ? 海の匂いが苦手じゃないのか?」
「シュート様、レム様のためですから。それに匂いが苦手でも数日もすれば慣れますからね」
「そこまで無茶しなくても――――ッゥ!?」
「……賢者シュート様、どうかした?」
オレの気配察知、直感などが何かを捕らえる。
アリスの声音にすぐに反応せず、オレは毛皮から立ち上がり川に背中を向けて、ジャングルの方角を睨む。
楽しく談笑していた空気がピリピリとしたモノに変化する。
「……ちょっと様子を見てくる。皆、一応何が起きても対応出来るように準備していてくれ」
「わ、分かりました」
「……了解」
「やー(はい)」
オレは皆の返事を聞くと、上空を睨む。
短距離転移の力を使い一瞬で上空へと到達する。
短距離転移はスキル『転移LV1』で覚え、色々と応用が利く。
今回はジャングル全体を見渡すため、上空へ移動する手段として使用した。
転移後、重力に引かれ落下するが、お陰でジャングル全体を見渡すことが出来る。
探知系スキルに従い違和感を覚える方角を睨む。
「……子供!? どうして子供が35階層なんかにいるんだ!?」
スキル『鷹の目』の補正で遠くまで視認することが出来る。
その視線の先でボロボロの衣服を纏った子供が、何かを持って必死にジャングルを移動していた。
子供が通った後、暫くすると魔物達の動きが活性化。
その数は時間が経過する事にどんどん膨れあがっていく。
増えていく魔物達、逃げる子供――『追いつかれたらどうなるのか』など簡単に想像がつく。
「ぼんやり見てる場合じゃないな! とにかく助けないと!」
『鷹の目』&『転移』スキルを使用し、一瞬で逃げる子供の側へと降り立つ。
「!?」
「……落ち着いてくれ、別に君に害を与えるつもりはないから。とりあえず迫ってくる魔物達から距離を取ろう。いいな?」
「は、はいぃ」
ぼさぼさの髪、破れ、汚れた衣服、鼻につく悪臭からこの子がダンジョン入り口に屯している荷物持ちのストリートチルドレンだとすぐに判断が付く。
だが逆に分からなくなるのは、35階層にそんな子供が居ることだ。
とりあえず今は疑問より、子供の安全を確保するほうが先決である。
子供を抱き上げると、再び『転移』で上空へ。
アリス達が待機している川沿いを視認し、再度『転移』で側まで移動する。
「……賢者シュート様、一体何があったの? その子は?」
「理由は分からないが、この子がジャングルで魔物達に追いかけられていたんだ。だから慌てて救出してきたんだよ」
アリスの問いにオレは答えつつ、連続『転移』で腰が抜けた子供を毛皮の上に座らせる。
キリリはというと子供より、その子が持つ小箱に視線を奪われていた。
「しゅ、シュート様、その子が持つ小箱……。魔物に追いかけられていた理由はソレですよ!」
「小箱?」
彼女が青い顔で指摘する小箱を鑑定する。
『魔物誘引剤』――魔物を刺激を与え、興奮させ暴走、誘き寄せる薬剤。一般的に魔物災害を起こしかねない危険があるため禁制物とされている。また小箱に時間が経過すると爆発する自爆用爆石が内蔵されている。
キリリの顔色が変わった理由を理解した。
小箱には『魔物誘引剤』というお香のようなモノが入っていて、文字通り魔物を誘き寄せていたようだ。
オレのスキル『誘き寄せ』はあくまで魔物を誘き寄せるモノだ。
『魔物誘引剤』は興奮させて意図的に暴走させる。似て非なるモノだ。
さらには時間が経過すると爆発する自爆用爆石が内臓されていた。
しかし、なんでこんな危険物をストリートチルドレンの子供が持っているんだよ!?
オレはなるべく恐怖を与えないように、膝を地面に突き、視線を合わせて優しい声音で問いかける。
「ねぇ君。君はどうして35階層なんて危険な場所に居て、その箱を持って逃げていたんだい? この箱はちょっと危ないモノだから、お兄さんがアイテムボックスに預かるね」
オレは有無を言わさず自爆付き『魔物誘引剤』を子供の手からアイテムボックスへ移動させる。
オレのアイテムボックス内部なら時間経過もないため安全だ。
子供も抵抗するつもりはなく、素直に従う。
「あ、あ、あたしはダンジョンのい、入り口で、に、荷物持ちの募集を待っていて……」
よく見ると子供は少女だった。
汚れているため男女の区別がいまいち付き辛い。
異常な状況と怯えで声音が震えて、なかなか話が進まないが辛抱して待つ。
「す、数日前にし、新人の冒険者さん達に荷物持ちとして雇われてダンジョンに入ったんです……。途中で大きな背丈で、顔に傷のある冒険者さん達に引き渡されて――」
少女が『顔に傷のある』の部分で自身のこめかみから頬にかけて頬をなぞる。
(背丈が大きくて、こめかみから頬にかけて傷がある冒険者……『ドラゴンの牙』リーダーのアイゼンか!?)
さらに彼女の話を聞く。
まとめると、彼女は『ドラゴンの牙』に引き渡されると、35階層まで連れてこられた。
逃げようにもこんな深部から1階まで子供が移動できる筈がない。
そして、先程の『魔物誘引剤』を持たされ、『ジャングルを抜け出ることが出来たら助けてやるし、多額の報奨金も出す』と言われたらしい。
だから彼女は箱を棄てず幼い弟、妹のため必死になって逃げていた。
その途中でオレが接触し無事救出したという訳だ。
オレは一通りの話を聞くと、務めて笑顔を作る。
「話してくれてありがとう。とりあえず35階層は危ないから、一度ダンジョン外へ戻ろうか? 君の安全や戻った後、妹弟についてもオレ達がなんとかするから安心してね。走って喉が渇いただろ? これ美味しいから飲んでみて。お菓子も食べていいから。レム、少しの間、この子の相手をしてあげてくれ」
「やー」
アイテムボックスから、お菓子&ジュースを出して並べる。
少女は一瞬躊躇ったが、見たこともないお菓子&ジュースを目の前に我慢できず手を伸ばす。
「お、美味しい! こんな美味しいの今まで飲んだことないよ!」
「これもおいしい」
レムはオヤツに出したドーナッツを少女に勧める。
指示通り、彼女の相手を務めた。
2人から距離を置き、オレ、アリス、キリリが話し合う。
「『ドラゴンの牙』の奴ら……何かしら嫌がらせをしてくるとは思ったが、まさか魔物災害を引き起こすマネをするなんて!」
「い、一旦逃げましょうよ! シュート様の転移なら一瞬で逃げられるじゃないですか!」
「……戦うべき。このまま放置したら35階層より上に上がって他冒険者が犠牲になる。そうならないためにも自分達が戦って鎮めるべき」
キリリが半泣きで逃走を提案してくる。
彼女の言葉通り『転移LV4』を持つオレなら一瞬で彼女達を連れて逃げることができる。
利用された少女が居るため一度ではなく、2往復する必要はあるが、たいした手間ではない。
しかしここでオレ達が何もせず逃走した場合、35階層で発生した魔物災害は止まらず暴走を続けて、階層を上がり続ける。
途中で冒険者達を呑み込み、最終的にはダンジョン外へと出るかもしれない。
他冒険者達が犠牲にならないためにも、魔物災害が手に負えないほど巨大化する前に叩くべきだ。
なにより――。
「『ドラゴンの牙』の狙い、オレ達が魔物災害で死ぬもよし。助かっても魔物災害を起こしたのはオレ達だと訴えて評判を落とそうというのが狙いだろうな」
『何か報復があるか』と警戒していたが……。
最初から子供は使い捨て、ただのストリートチルドレンが35階層の魔物から逃げ続けることなど不可能だ。『魔物誘引剤』も魔物に飲み込まれて証拠隠滅出来る。
しかも最悪の場合にそなえて証拠隠滅用の自爆用魔石までつけてくるとは!
オレがたまたま異変に気付き、『転移』ですぐさま確保したから彼女は助かり、証拠となる『魔物誘引剤』を確保できた。
一歩間違えれば関係ない第三者に甚大な被害が出かねないマネをしてくるなんて……ッ。
何より腹が立つのは……子供をエサに使ったことだ!
罠を用意して正面から挑むならまだ理解できるが、無力な子供を丸め込み、爆弾付きで利用するのは違うだろうが!
「……ッゥ!?」
「ヒィ!」
側にいたアリス、キリリが半歩下がる。
『ドラゴンの牙』に対する怒りが漏れ出てしまったようだ。
冒険者ギルドのような事態にならないようすぐに内側へと怒りを戻す。
オレは軽く深呼吸してから2人に向き直る。
「『ドラゴンの牙』の狙いを完膚無きまでに潰すため、魔物災害はここで叩く。2人ともいいか?」
「……賢者シュート様のお心のままに」
「わ、私も協力します! 姫様ほど役には立たないと思いますが『ドラゴンの牙』のやり方は気に入りませんから」
オレの怒りに触れ、萎縮しているが彼女達も『ドラゴンの牙』に対して思う所があり、二つ返事で了承する。
こうしてオレ達は魔物災害にレムも入れて、たった4人で挑むのだった。
スキルマスターを読んでくださってありがとうございます!
次は魔物災害にシュート達が挑みます!
是非是非お楽しみに!
では最後に――【明鏡からのお願い】
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