8話 威圧
『転移LV4』のお陰で25階層から一瞬で1階層へと移動。
ダンジョンの外に出ると夕方近くだったため、日が落ちかけていた。
狩った魔物――オーガを換金するためオレ達は冒険者ギルドへと向かう。
「あれ? 冒険者ギルドに行くんじゃないのか?」
アリスがレムを抱っこしたまま、ノーゼル冒険者ギルドに向かうはずが目の前に建つギルドを素通りして裏手へ回る。
他冒険者は吸い込まれるようにギルド内部へ入っているのに、なぜだ?
「シュート様、シュート様、ギルドに入っていく人達は基本的に魔石の換金がメインなんです。アイテムボックス持ちが大量に魔物素材を持ち込む場合は、裏手に回るんですよ。『中央大森林』で素材を下ろす時と同じですね」
「ああ、そういえばそうか」
キリリの指摘で思い出す。
確かに彼女の言う通り、オレが『中央大森林』で換金する際も裏手に回っていたな。
思い出し納得していると、ノーゼル冒険者ギルドの裏手倉庫に辿り着く。
裏手倉庫は体育館並に広いのに中に入ると、冷蔵庫並に肌寒く、濃い血の匂いが漂う。
倉庫が異様に寒いのも魔術道具か、魔法的な力のお陰だろう。
長く居ると風邪の一つも引きそうだ。
オレ達の他にも数名冒険者が居て、アイテムボックスから狩った魔物達を吐き出す。
出された魔物達をギルドスタッフが査定し、直ぐに解体班が群がりバラしていく。
オークや狼丸ごと、巨大なカエルの頭や足などがどんどん肉、皮、骨、内臓に解体されていく様はある意味で見応えはあるが、人によってはトラウマになりそうな光景だった。
オレは今更ながら、まだ0歳児であるレムを倉庫に連れてきたことに後ろめたさを覚える。
「アリス、今気付いたんだがレムをここに連れてくるのは不味く無いか? そりゃついさっきまでオーガをガンガン狩っていたけど、退治と解体はまた別だろ」
「……社会勉強として必要なこと。口にするお肉がどこからくるのか。将来的にも今のうちに学んでおくべき」
「言いたいことも気持ちも分かるが、オレとしては早すぎると思うんだが。だってレムはまだ0歳――まだ幼いだろ? だからそんなに慌てなくても」
「……それは違う。幼いうちだから学ぶべき。自分もそうだった。レムもそうすべき」
アリスは頑なに意見を譲ろうとしない。
まさか彼女がここまで教育ママだったとは……。
オレ達のやりとりに呆れたような溜息をついたキリリが忠告する。
「お2人ともお子さんの教育論はその辺りで担当者さんが来ますよ」
「すみません、お待たせして」
彼女の言葉と同時に担当者が、解体スタッフを連れて挨拶してくる。
「手ぶらなのを見ると『アイテムボックス』持ちですよね? ならこの辺りに素材を出してください」
「分かりました。一応、解体済みなんで部位ごとに並べていきますね」
オーガの換金素材は革、魔石、骨、心臓だ。
革は防具に、骨、心臓は薬剤に、魔石は言わずもがな。
皮は無造作に床に置き、骨、心臓、魔石は木箱に入れて並べる。
出されたオーガ素材に査定スタッフは目を丸くした。
「なんともまぁ……僕もこの仕事は長いですがここまで綺麗に解体された素材を見るのは初めてですよ。これはオーガの皮ですよね。脂肪や余計な肉が一切付いていない。心臓も傷一つなく、骨なんてまるでピカピカに磨いたような白さだ。正直、これほどの技量なら解体スタッフとして働いて欲しいぐらいですよ。これは皆様で解体したのですか?」
「オレだけですが……方法は内密ということで」
『アイテムボックスLV8』にもなると、内部で自動的に解体をおこなってくれるのだ。
本当に便利な機能である。
「失礼しました。冒険者の方に詮索するようなマネをして。量は多いですが、解体する手間が無いのでそれほど時間がかからず査定できると思います」
「よろしくお願いします」
番号が記された木札を受け取ると、オレ達は裏手倉庫を出る。
今度こそようやくノーゼル冒険者ギルドへと入った。
夕方のピークを迎えているらしく、多数の冒険者が集まっている。
ノーゼル冒険者ギルドには飲食スペースが併設されておらず、イメージとして役所的な空間を作っていた。
ダンジョンから持ち帰った品物が少数の場合、カウンターで直ぐに支払いを受ける。
品物は少ないが、鑑定が必要な品物や宝箱から出たスキルオーブ·魔術道具の場合はカウンターで引き取り木札をもらう。
査定後、再び呼ばれて金額を受け取る。
オレ達のように倉庫経由の場合も、手渡された木札の番号が呼ばれたら支払いカウンターへと向かい金額を受け取る仕組みになっていた。
オレ達は冒険者、ギルド員達のやりとりを眺めつつ、邪魔にならないよう端へと移動する。
「相変わらずごみごみしてますね」
「……この雰囲気懐かしい」
以前、ここでLV上げをおこなっていたアリスは懐かしそうに、キリリはうんざりした様子で過去と今を確認していた。
レムはこれほどの人数が室内に居るのが珍しいのか、辺りをきょろきょろ見回していた。
顔を動かすたびに黒髪とウサギ耳が揺れる。
その姿が可愛いらしく、他女性冒険者が指をさしたり、手を振る。
レムも彼女達に気付き、小さく手を振ると女性冒険者が『可愛い娘だね』、『あの娘も冒険者なのかな?』、『あの服装やウサギ耳のデザインも可愛くていいよね』、『ワタシもああいう可愛い娘が欲しいな』とちょっとした騒ぎになっていた。
アリスはレムが褒められるたび、嬉しいのかドヤ顔をする。
オレ自身、レムの可愛さを褒められるのも嬉しいが、服装やウサギ耳のデザインも褒められるとこそばゆい。
前世の知識を当てはめただけなんだけどね。
「木札33番! 33番の方どうぞ!」
「オレ達だ」
木札番号を改めて確認して呼ばれたカウンターへと向かう。
統一された衣服を着た受付嬢がカウンター越しに待っているので、手にした木札を渡す。
「33番確認しました。では査定のオーガ……えっ、1000匹? オーガを1000匹も倒したんですか!? 今日だけで!」
『!?』
受付嬢のよく鍛えられた声音は、ざわざわと騒がしい冒険者ギルド内部によく響いた。
お陰で騒がしかった冒険者達が『しん』と静まりかえる。
室内に居る者達全員の視線がオレ達に集中した。
余計な情報を大声に出した受付嬢に対して、思わず舌打ちしそうになる。
彼女もやらかした事実に気付いたのか、顔色を青くし慌てて査定話を続けた。
「し、失礼しました。お、オーガの革、骨、心臓、魔石の合計で白金貨2枚に金貨600枚になりますがよろしいでしょうか?」
「問題ありません」
一度の戦闘で白金貨2枚に金貨600枚、大凡日本円で『約2億6千万』だ。
スキルオーブや魔術道具無しでこの値段である。
この金額を叩き出せたのも、オレのスキル『デコイ』、『誘き寄せ』、『アイテムボックスLV8』があってこそだ。
さらに冒険者達の見る目が変わる。
嫉妬、疑問、観察、取り入るための媚び、欲望丸出し、好奇な様々な視線が突き刺さった。
多種多様な思惑が、蛇のように絡み合う。
さっさとこんな居心地が悪い場所から退散したいが、白金貨はともかく、金貨600枚は重すぎて受付嬢がカウンターに出すのがもたつく。
手を貸したいが、カウンター内側に手を伸ばすのはルール違反だ。
場合によって厳しい処罰を受ける。
結果、冒険者達の会話が嫌でも耳に入ってきた。
「オーガを1000匹を倒すとか何かの冗談か?」
「金額からして倒したのは確実だろう。しかしオーガを1000匹も倒すなんて……。まずその数のオーガを見つけるのが難しいぞ。しかも今日1日で」
「ありえないだろ。やっぱり何かズルをしたんだろ。ギルド側が俺達冒険者に発破をかけるための演出じゃないのか?」
「演出にしては現実感が無さ過ぎるだろ。むしろ、隣に居る『白銀の怪力姫』のお陰であれだけの成果をだしたんじゃないのか?」
「『白銀の怪力姫』ってあの最年少A級で、知力がゼロの帝国3女か。最年少A級ならありえるのか?」
「『白銀の怪力姫』もそうだが、隣に立っている黒髪に見覚えがあるんだよな……」
「くそ、上手く取り入りやがって」
「あれだけ成果を出すなら、おこぼれを寄こせよ」
「『白銀の怪力姫』は不味いが、あの黒髪の方は弱そうだし後を付けて、さ」
「白金貨2枚に、金貨600枚だからな。見返りは大きいな……」
「!? な、なんだよあの黒髪のステータスは!? あ、ありえないだろッ」
一部鑑定持ちが、オレのステータスを確認したのか怪物でも見るような視線を向けてくる。
だが所詮は一部。
大多数の冒険者はあまり愉快ではない視線を向けている。
「…………」
「アリス、大丈夫だ。任せろ」
アリスが愉快ではない視線を潰すため動こうとしたが止める。
見逃す訳ではない。
彼女の代わりにオレがやるつもりだ。
アリスが動くと暴力沙汰になる。
それを避けるための措置だ。
オレは剣聖の一件で学んだ。
もしステータス擬装を使用していなければ、剣聖は正しくこちらの実力を把握し因縁を付けてくることはなかっただろう。
猛獣が威嚇するのは無駄な争いを避けるためだ。
故にオレ自身、現在はステータス擬装をなるべく使用しないようにしていた。
なのでステータス擬装は、基本レム専用になっている。
レムの場合、ステータスが表沙汰になると色々不味いためだ。
剣聖のように実力を一目で把握する者、鑑定持ちならすぐにオレの実力に気付くだろう。
しかし、大抵の冒険者などそうはいかない。
なので分かりやすく、以後手を出されないため威圧する。
下手にカモだと誤解され、レムなどに手を出されても面白くないからだ。
(とはいえ威圧なんて前世、今生含めてやったことがないけど……。マンガやアニメによくある『殺気』を飛ばせばいいんだよな? まず殺気の飛ばしかたなんて知らないが……『貴様達を殺す』と考えながら睨めばいいのか?)
やったことがないため、やや自信が無いが自分と皆の安全のためにも威圧を決意する。
「お待たせしました白金貨2枚に金貨600枚になります」
「ありがとうございます」
白金貨2枚に金貨600枚が入った袋を受け取り、アイテムボックスにしまう。
振り返り、出口に向かうついでに『貴様達を殺す』と考えながら、室内に居る冒険者に対して威圧を敢行する。
『!!?!?!!?!?』
同時にオレ、アリス、レム以外の冒険者が白目を剥いて、泡を吹き、下半身から人としての『尊厳』を漏らしその場に倒れる。
冒険者だけではない。
カウンター越しの受付嬢達まで皆、一斉に意識を失った。
仲間であるキリリすら、その場に倒れる。
無事だったアリスが青い顔で告げた。
「……賢者シュート様、威圧強すぎる。心臓が弱い老人や病人が相手なら死んでいた」
「ぱぱ、すごい」
「…………」
どうやらオレ自身が強過ぎたせいでちょっとした威圧が冒険者が相手でも意識を失うLVだったらしい。
結果、ギルド室内にいる冒険者は気絶。
側にいたキリリ、背後の受付嬢達も余波で意識を失った。
無事なアリスは単純に実力で、レムはオレの血を引いているため平気だったようだ。
オレは思わず顔を覆う。
「まさかこんなことになるなんて――」
現実逃避してしまうが、目の前に創り出された地獄絵図が消えることはなかったのだった。
☆ ☆ ☆
この日、冒険者ギルドは緊急閉鎖することになった。
幸い威圧による怪我人、死亡者はいなかったが、一部『あんな怪物の側に居られない。冒険者を辞めて違う街に引っ越す』と言い出す者達が出た。
オレに対する罰則は、冒険者ギルドの閉鎖による損失補填と冒険者達に対する見舞金でなんとか済んだ。
オレはこの結果に怪我人、死亡者が出ず金銭の支払いで済んだことに安堵した。
冒険者を辞めて街を出た人に関しては……本当に済まないと思う。
スキルマスターを読んでくださってありがとうございます!
『シュートのLVが上がり、威圧したこんなことになるんじゃないか~』と思い書かせて頂きました。
また『昼時にアップする話ではないか?』とも迷いましたが……表現自体は誤魔化しているし、アップ時間を予告もなくずらすのもあれなので問題ない……はず……(多分)




