閑話2 向かう先
皆様にご好評だったので、今回は2つ(20話、閑話2)を12時、18時連続でアップします!(本日2話目)
「…………」
1人の男が『中央大森林』の浅い領域で睡眠を取っていた。
木に背中を預け、鉄剣を抱き、旅マントにくるまって眠り続ける。
いくらゴブリン、スライムなどの最弱モンスターしか出ない初心者冒険者向けの浅い森部分とはいえ森は森だ。
夜、火も焚かず見張り番もなく眠るなど自殺行為である。
『ギギギ……』
闇夜に紛れてゴブリン3匹が、眠る男へと近付く。
1匹が粗末な弓に矢をつがえ、他2匹は木製の棍棒を手にいつでも突撃できる準備をする。
弓矢が放たれたのを合図に2匹が男へ襲いかかるつもりらしい。
ゴブリンが静かに矢を引き絞り、放つ。
粗末な弓ながら、しっかりと矢は放たれ、男へと吸い込まれるように飛ぶ。
『ギギギギィ!』
矢が放たれると、残り2匹も声をあげて突撃する。
本来ならば矢は刺さり、寝起きと痛みで混乱する男を他2匹がタコ殴り、さらに援護の矢も放ちゴブリン達が完勝しても可笑しくなかった。
しかし途中で放たれた矢が砕け散る。
『ギィ!?』
突撃したゴブリン達も驚きで立ち止まってしまう。
眠っていたと思っていた男がいつのまにか鉄剣を抜き、立ち上がっていたのだ。
あまりの剣技の冴え、身のこなしに流石のゴブリン達も身構えたが――その警戒も長くは続かなかった。
「ふっひぃ……」
男から漏れる小さな悲鳴。
構えている鉄剣の先が震えで揺れる。
フードの下、痩け、汚れた頬、無精髭、うらぶれているが勇者教聖人、剣聖アビス・シローネはゴブリンを前にあからさまに怯えていたのだ。
この事実に本能か、直感かは分からないがゴブリン達は気付き、『ギギギギィ!』と歓喜、威嚇の声をあげて再び突撃する。
アビスはゴブリン達の叫びに悲鳴を上げ、鉄剣を振るう。
「く、来るな! 来るんじゃない! ぼ、僕ちゃんは剣聖アビス様なんだぞ!」
剣を振るうが怯えが先立ち、ゴブリンに回避され棍棒で殴られる。
「ぎゃぁ! ひぃ! ご、ゴブリンの癖に剣聖様を殴るなんて、ぐぎゃぁ!?」
本来であればスキル『剣聖』によって眠っていても倒せる最弱の魔物ゴブリンだが、シュートとの決闘に圧倒的敗北を喫して、心を折られてしまったアビスは心技体がバラバラでまともに戦えなくなっていた。
お陰でスキル『剣聖』を所持しているにもかかわらず、新人冒険者以下の剣しか振れなくなってしまう。
再びゴブリンの棍棒がアビスの足を強かに打つ。
粗末な矢が目や急所を狙って放たれる。
LV差と耐久のお陰で致命傷には至らないが、あの剣聖アビスが3体のゴブリンに圧倒される。
「ひぃいッ! 来るな! もう来るなよぉぉぉおぉぉッ!」
ゴブリンの猛攻に耐えきれず、アビスは鉄剣を握り締めたまま背を向け逃げ出す。
ゴブリン達も彼を追いかけようとするが、腐ってもLV50。敏捷差によって追いつくのは難しかった。
アビスは涙目で走り続ける。
途中、足が木の根に引っかかり、勢いそのままゴロゴロと地面を転がった。
泥と落ち葉で全身が汚れる。
彼は俯せに成りながら、嗚咽を漏らす。
「どうして……どうして……僕ちゃんは天に選ばれた天才、聖人なんだぞ……なのに、どうしてこんな森で転ばないといけないんだ。まともな料理も食えず、温かいお茶も飲めず、ゴブリンに襲われないといけないんだよ……。僕ちゃんは選ばれた存在、剣聖なんだぞ!」
理由は彼自身よく理解している。
『スキル創造』所有者シュートの存在を知り、彼にスキルを創らせようとしたが拒否された。
スキル『剣聖』の力でシュートがたいした実力者ではないことを看破。
決闘で倒し、自分の部下としてこき使い、アイスバーグ帝国3女アリス・コッペタリア・シドリー・フォン・アイスバーグも手に入れる予定だった。
しかし決闘当日。
実際に戦うと、シュートは実力をスキルで誤魔化していたらしい。
初めて聞く『ステータス擬装』を解除すると、スキル『剣聖』が、生物として彼の本能が『絶対に勝てない』と最大限の警報を鳴らす。
思わず腰を抜かし、命乞いまでしてしまった。
当然、彼が許すはずもなく戦いは続行。
アビスは涙目でスキル『剣聖』に従い剣を振るったが、シュートの本気の前では文字通り手も足も出なかった。
しまいに彼に『剣の才能は無い』とまで断言されてしまう。
「ぼ、ぼぼ僕ちゃんに剣の才能がない? 『剣聖』のスキルに選ばれた僕ちゃんに剣の才能がないだと! ふざけるな! そんな訳ないだろうがッ!」
思いだしただけで腑が煮えくりかえる。
同情の目を向けられ、最後は伝説の魔剣『グランダウザー』ごと斬られ、蹴り飛ばされて意識を失ってしまった。
目を覚ますと――医務室で、斬られた傷は治癒されていた。
微かに痛み、疼くが体を動かすのに支障はなかった。
だが目を覚ました後は、体の痛み以上の苦痛を味わうことになった。
アビスが目を覚ましたと知った関係者が医務室へと雪崩れ込み、勇者教、出資した貴族、大店商人などが口々に彼を責めた。
『アビス殿! 貴殿は絶対に勝てると仰ったではありませんか! なのになんですかあの戦いは!』
『あなたが勝つと仰られたから我々は魔術道具を貸し出したんだぞ! スキル創造者を傘下に出来るから手を貸したのに。これではスキル創造者に睨まれただけではないか! どう責任をとるつもりだ!』
『スキル創造者に睨まれるだけではありません。剣聖殿、魔剣グランダウザーが斬られた責任をどう取るおつもりですか。この世界の宝が斬られた責任を!』
『クソ! あそこまで無様に負けるなんて……。こんなことなら剣聖ではなくシュート殿に媚びを売っておけばよかった』
誰もアビスの心配をせず、自分達の保身だけを口にする。
さらに彼らの背後に控える勇者教教会聖騎士達の目が告げていた。
『普段、威張り腐っているのにあんな無様な姿を見せるなんて……』
『所詮剣聖と持ち上げられても、スキル創造者殿の方が上か』
『普段威張り散らして、才能を鼻に掛けている剣聖が無様に転がり、負ける姿を見せて最高にすかっとしたわ! 今も本当に情けない顔してるぜ。まさに負け犬だな』など。
彼らは別にそんなことを口には出していない。
しかしこの幻聴が、アビスの耳には確かに聞こえるのだ。
『ヒィイ、ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁッ!』
彼は気付くと、医務室から飛び出していた。
背後から引き留める声を掛けられたが、振り払い逃げ出す。
羞恥心、見下されることに耐えられない感情が彼の足を動かしていた。
以後、アイスバーグ帝国首都を抜け出し、北上。
途中の村で所持品を旅衣服、道具、鉄剣に交換し、勇者教や他追っ手に捕捉されないように『中央大森林』の浅い部分を舐めるように移動しながら北へ、北へと向かっていた。
いつも外を移動する際は振動が少ない高級馬車に乗り、護衛が付き、専属の料理人、性欲処理の女性まで付いて回っていた。
だが現在は1人、碌に食べ物、飲み物もなく、土と埃、垢に汚れながら徒歩で移動しているのだ。
あまりにも惨めな落差だが、アビスは北上するのを止めなかった。
彼が目指す場所は『北の森』。
アビスの母親、スキル『大魔術師』、伝説の杖『ヨルムンガンド』を所持する『北の魔女』の元へ向かっていた。
あまり表沙汰になっていないがアビスの母親はスキル『大魔術師』で、『北の魔女』だった。
表沙汰になっていない理由として、『北の魔女』は不老不死の研究をおこなっている。
研究、実験で違法行為を一部おこなっているため、勇者教側もあまり関わり合いを持ちたがらず、また刺激を与えたくなくて情報規制をおこなっていたのだ。
そんな母親に頼るのも全ては自分を貶め、コケにした『スキル創造』所有者シュートに対して復讐するためである。
アビスは倒れた地面から立ち上がりながら、シュートに対して怨嗟の言葉を吐き出す。
「あ、あああの化け物め! 怪物のようなステータス、スキルをしょ、所持しているからって調子にのりやがって! 僕ちゃんを欺き、皆の前で恥を掻かせやがって! 絶対に許さない。殺してやる。絶対に殺してやる! ママと一緒にシュートのクソ野郎を八つ裂きにしてやるからな!」
今思いだしても震えが止まらず、台詞もどもってしまったが、後半はプライドを深く傷つけられた怒りから言い切ることが出来た。
初めての挫折。
大勢が見ている前で、自分に恥を掻かせたシュートをアビスはどうしても許せなかった。
自分のプライドを傷つけた彼の存在は絶対に許容できなかったのだ。
もちろんシュートと決闘で正面から戦い、彼の強さをスキル『剣聖』で文字通り痛いほど理解している。
自分だけでは、どう頑張っても勝てないことを。
だが、いくら強くても相手は個人だ。
「大魔術師のママとママが懇意にしている国、剣聖の僕ちゃん、それに勇者教だって魔剣『グランダウザー』が斬られて怨みを抱く奴らは必ず居る。他の国々や帝国内部だってシュートを必ずしも受け入れているわけじゃない……ッ。そいつらを纏めて絶対に殺してやる!」
アビスは目を血走らせ、狂気的な表情で鉄剣を握り締めたまま再び歩き出す。泥と落ち葉、他汚れまみれになりながらもだ。
「決闘の約束? 二度と関わらないなんて守る訳ないだろうがッ! アイツだけは絶対に僕ちゃんの手で殺してやらないと……。天に選ばれた剣聖で、聖人の天才剣士アビス・シローネに恥を掻かせた、プライドを傷つけたシュートだけは絶対に!」
ブツブツと恨み言を吐き出しつつ、アビスは北上を続ける。
『スキルマスターに復讐する』という野望、執念だけを抱えて彼は歩き続けるのだった。
スキルマスターを読んでくださってありがとうございます!
プライドがバキバキに折られて、羞恥心が限界に達して逃げ出した剣聖さん。
フラグを立てまくっていますが……。さてどうなることやら。
ちなみに独り言ですが、これって完全にフラグを立てていますよね(ゲス顔)。次の剣聖さんの出番はちょっと先になりますが、今から個人的にも書くのが楽しみです。
とりあえずこれで2章は一区切りとなります。
続いて明日からは3章に是非お楽しみに!
では最後に――【明鏡からのお願い】
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