17話 アリスの初恋
皆様にご好評だったので、今回は3つ(17、18、19話)を12時、15時、18時連続でアップします!(本日1話目)
「ここから先はシュート様のみお進み下さい」
これからシュート様と剣聖との勝負が始まる。
係員の声に自分とキリリはその場で足を止めた。
賢者シュート様はこれから天下に名を轟かせている剣聖との決闘にもかかわらず、特に緊張した様子も見せず自分達に笑顔で声を掛けてくれた。
「それじゃ行ってくるよ。オレが剣聖に勝つところをちゃんと見ててくれよな」
「……賢者シュート様の勝利を願って」
「シュート様が負けるとはこれっぽちも考えていませんが、怪我もなるべくしないでくださいね。勝利しても大怪我しましたなんて笑い話にもなりませんから」
キリリも素直に『シュート様が心配だから怪我をしないで』と言えばいいのに。
彼女は普段、例え自身の主である自分にも、間違っていることはズバズバ指摘する。なのに自身の本音を口にするのが苦手で、わざと道化的振る舞いすることがあるのだ。
自分としてはキリリの可愛い所だと思う。
賢者シュート様は自信たっぷりのようすで、迷い無く舞台である会場へと進み出る。
賢者シュート様が姿を現すと、会場に居る観客達の声が一層高まった。
賢者シュート様が剣聖と対峙。
剣聖が一方的に賢者シュート様へ文句を告げているようだ。
その後、すぐに見届け人が割ってはいり、決闘条件を口にする。
(もうすぐ決闘が始まる……)
気付けば両手を祈るように自分の胸の前でギュッと痛いほど握り締めていた。
隣に立つキリリが笑顔で声をかけてくる。
「大丈夫ですよ、姫様。シュート様の強さは姫様もご存じでしょ? いくら剣聖がステータスを底上げして魔剣『グランダウザー』を持ち出しても、負ける方が難しいですよ」
「……ありがとう、キリリ。心配してくれて」
「姫様のそういう素直な所は美点だと思いますよ」
キリリがニコニコ嬉しそうに褒めてくれるが、自分にはよく分からなかった。
人はいつ死ぬか分からない。
だから、お礼は言える時に言うべきだと思うんだけど……。
そうこうしていると、賢者シュート様vs剣聖の決闘が開始する。
立ち上がりは静かに睨み合っていたが、すぐに剣戟を始める。
互いに探るような、準備運動のような剣戟――というより軽い打ち合い。
一見すると賢者シュート様が攻めたてられているように見えるが、自分でも分かるほど彼には余裕があった。
(……賢者シュート様、かっこいい)
踊るように、舞うように剣を振るう。
揺れる黒髪、全てを見逃さないよう集中する瞳、太陽がまるで彼だけをスポットライトのように照らす。
賢者シュート様の一挙手一投足がキラキラと輝いて見えてしまう。
彼の姿を目で追うだけで顔が熱くなる。
心臓の鼓動が加速し、今まで体験したことが無い痛みが胸を襲う。
初めての痛み。
だいたいの痛みは魔物や人との戦いで経験している。
しかしこの痛みはどれにも当てはまらない。
魔物の爪に裂かれたり、牙で噛まれたりもした。
毒で内側から焼ける痛みでも、地面に強烈に叩きつけられ全身が粉々になりそうな痛みでもない。
人に斬られたり、魔法で燃え、貫かれ、切り裂かれ、吹き飛ばされるのもと違う。
初めて感じる痛みだった。
痛みは大抵苦しかったり、辛いものだ。
なのに胸の痛みは全然苦しかったり、辛かったりしない。
むしろずっと感じていたいぐらい愛しい痛みだ。
「…………」
「姫様をここまで女の顔にするなんて……シュート様、凄すぎッ」
隣に立つキリリがなにか騒いでいるが、あまり気にならない。
それだけ今の自分の目には賢者シュート様しか映らなかった。
決闘が始まって、それほど経たず勝負が決まる。
当然、賢者シュート様が勝利した。
まさか魔剣『グランダウザー』を真っ二つに切り裂き、剣聖に勝利するとは!
さすが賢者シュート様!
隣に立つキリリが頭を抱え『まさかグランダウザーを斬るなんて……勇者教との問題が……』とブツブツ呟いているが、その理由が分からず自分は首を捻る。
彼女の行動に首を捻っていると、勝利した剣聖シュート様が観客達の声援に応えつつ戻ってくる。
彼が一歩ずつ近付いてくる姿を目にするだけで、顔がさらに赤くなり、心臓音が加速する。
「ただいま、2人とも」
「……おかえりなさい。賢者シュート様にお怪我が無くて安心した」
「お陰様でね。しかし装備、ステータス的に負けるとは考えていなかったけど、ここまで圧勝したのは予想外だったよ」
剣聖相手に事も無げに『圧勝したのは~』なんて微苦笑を漏らす姿がとても格好良かった。
その姿を目にするだけで血液の速度が速くなる。
「約束通り剣聖に勝ってきたから、お願いを聞いてくれないか?」
「……ッゥ!」
賢者シュート様の言葉に思わず息を呑んでしまう。
いつの間にか一歩下がったキリリの言葉を思い出す。
『シュート様だって立派な男性なんです。あの年頃の男性が考えることは99%は「セッ○ス」や「エ○チ」しかないと思ってください』
『姫様も良い年なんですから、男性に変な幻想や理想を持たないでくださいよ。そんなんだから「剣聖との勝負に~」なんて言い出しちゃうんですよ』
『帝国のためにとかはちょっと脇に置いて……姫様はそれでいいんですか? シュート様の隣に姫様以外の人が立っても。姫様が自分以外の女性がシュート様の隣に立って、それでも護り続ける道を選ぶというなら、私はもう何もいいません。ですが、姫様自身がシュート様をどう想っているのか判断をくだしておいてください。シュート様が女性を求めたら、姫様が嫌な場合は他の女性をお薦めしますから。男性は意外と繊細なので、この件でシュート様との仲が拗れるなんてこともあるんですから、今のうちに準備しておかないと』
自分の気持ち……。
賢者シュート様の隣に自分以外の女性が立っていてもいい……。
それでも自分は賢者シュート様をお守りしたい。
でも自分も出来ればお情けが欲しい。
アイスバーグ帝国の将来やしがらみなど関係なく――自分は賢者シュート様をお慕いしているから。
(……け、けど今すぐは、は、恥ずかしい。それに緊張して汗がどんどん出てくる。出来れば一度、気持ちを落ち着けて、お風呂で汗も流したい)
自分には『ウォッシュLV8』というスキルがある。
汚れを綺麗にしてくれるスキルだ。
しかし、気持ち的に匂いが完全に取れていない気がするのと、気持ちを落ち着けるためにも一度間をおいてお風呂に入りたい。
賢者シュート様に真っ直ぐ見つめられたり、色々恥ずかしくなって気付くと自分で自分の体をギュッと抱きしめてしまっていた。
「……け、賢者シュート様のお願いは断らない。でも、今すぐはちょっと。まだ明るく、あ、汗もかいているから一度帰ってお風呂に入らせてもらえると嬉しい。で、でも賢者シュート様が今すぐっていうなら自分はう、受け入れる」
「…………」
自分のしどろもどろの台詞に、賢者シュート様の表情が硬くなった気がした。
じ、自分は失礼なことを言ってしまったのだろうか? け、賢者シュート様に嫌われてしまったら――ッ!?
「約束通りお願い――スキルオーブを使ってくれないか?」
「……えっ?」
「アリス、キリリがオレの事を気遣ってスキルオーブを受け取らないのも理解できる。でも折角、こうして知り合って仲良くなった2人が危険な目に遭うのは避けたいんだ。これはオレ自身の我が儘だ。だから、以前作ったスキルオーブを改めて受け取ってくれないか?」
『まさか帝国のお姫様が約束を破るなんてマネしないよな』と最後に軽い調子で釘を刺される。
まったく予想外な台詞に自分はすぐに反応しきれなかった。
数秒後――彼の台詞を理解すると、立場上お諫めしないといけない感情と『そこまで自分を大切に思ってくれるなんて嬉しい、嬉しい、凄く嬉しい』という感情がごちゃごちゃになってしまう。
胸の痛みまで『キュンキュン』と加速して、自分の表情が人様に見せられないほど変になりそうだったので両手でムニムニと妨害する。
深呼吸を繰り返し、気持ちをある程度抑えてから返答した。
「……狡い。そんなお願いされたら断れない」
「2人の安全を守るためなら、ちょっとぐらい狡くもなるさ」
少年が悪戯に成功したのを喜ぶような年相応の笑顔。
そんな悪戯っぽい笑みでさえ『格好いい』と感じてしまう自分は、もう賢者シュート様以外の殿方は一生涯目に入らないかもしれないと考えてしまう。
……それはそれとして。
「……賢者シュート様の気持ちはとても嬉しい。でも、今ここでスキルオーブを受け取るのは難しい。いくらなんでも人目が多すぎる。オーブは離れに戻ってから受けとるでもいい?」
「あ、ああ、もちろんだ。オレもさすがにここで受け取って欲しいとは言わないよ」
「……よかった。ちょっと自分はキリリと『お話』があるから、賢者シュート様はお疲れだろうから先に帰っていて欲しい」
賢者シュート様と良い雰囲気だったが、その気配に紛れて一歩引いていたキリリが逃げようとしていた。
散々、自分を脅かせて、恥を掻かせたキリリを逃がすはずなどない。
お陰で賢者シュート様に恥ずかしい所を見られた。
絶対に許さない。
自分が振り返ると、キリリが短く『ヒィッ』と悲鳴をあげる。
どうやら彼女にもしっかりと、感情を表に出すのが下手な自分が『怒っている』と伝わったようだ。
逃げられないように彼女の襟首を掴む。
「お、落ち着いてください姫様! 確かに私は色々言いましたが、別に姫様を陥れようとした訳ではありません! あくまで一般的男子なら考えそうな『お願い』を提示しただけです! 第一、シュート様のお願いが『スキルオーブを使用して欲しい』なんて普通分かりませんよ!」
「……詳しい話は奥で聞くから、付いて来る」
「しゅ、シュート様、助けて! お慈悲を~~~~!」
諦め悪くキリリが賢者シュート様に助けを求める。
しかし、彼が手助けする気配は感じない。
どうやら自分に任せてくれるようだ。
賢者シュート様の助力に感謝して、自分はしっかりキリリと『お話』をするため人気がない決闘会場奥へと進んで行ったのだった。
スキルマスターを読んでくださってありがとうございます!
アリスが明確にシュートを意識したお話になります。
やっぱり恋する女の子は可愛いですね(おっさんの発言)。




