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10話 上機嫌なアビス

皆様にご好評だったので、今回は3つ(10、11、12話)を12時、14時 17時連続でアップします!(本日1話目)

「ふふふ~ん、ふふふ~ん♪」


 勇者教聖人、剣聖アビス・シローネは上機嫌で馬車に揺られて移動していた。


 帝国首都を出て、勇者教の影響力が強い街へと移動する。

 決闘場所が決まるまで帝国首都に居てもよかったが、下手な妨害をしてくるとは考えづらいが、両国の火種を作りたくはない。

 念のための退避だ。


 そんなアビスはつい数日前、『スキル創造』所有者であるシュートを運良く発見。

 スキルで擬装していたが、護衛兼お付きの2人の歩き方、筋肉の動かし方、呼吸に見覚えがあった。

 すぐに2人が帝国3女とその従者と看破し、彼女達が付き従う人物こそアビスが面会を楽しみにしていた『スキル創造』所有者のシュートだと理解したのだ。


 護衛である勇者教教会聖騎士達の存在など気にせず、猫のようにふらりと彼らの前に立つ。

 最初こそ生意気にもアビスの『僕ちゃんが望むスキルを創る』ことに反抗したが、知力(INT)ゼロの馬鹿皇女が大剣を抜いたお陰で『スキル創造』所有者へ決闘を申し込むことが出来た。


『スキル創造』所有者も女の手前か、自身の力を過信しているためかあっさり決闘を了承する。

 あの瞬間、アビスは思わずシュートのマヌケさに腹を抱えて笑い出しそうになってしまった。お陰で笑いを抑えるのに非常に苦労したほどだ。


(『スキル創造』所有者の前で笑い出さないよう抑えたのが、ここ数年で一番苦労したことかもにゃ~)


 今振り返っても思わず腹を抱えて笑い出せるほどだ。


 ではなぜこれほどアビスが笑っているのか?


「僕ちゃんのスキルに『鑑定』は無いけど、スキル『剣聖』でそれに近いことが出来るなんて奴らは夢にも思わないだろうな」


 より正確に表現するなら、スキル『剣聖』によって相手の強さが大凡把握することができるのだ。

 アビスはシュートを自身で目にしたお陰で、『彼が自分より明らかに弱い』と確認することが出来たのだ。

 相手が『スキル創造』所有者で多数のスキルを所有していても『勝てる』と確信できため『勝った方が負けた相手の言うことを聞く』という条件で決闘を提示したのである。


「スキルを多数利用しているのに強さはそれほどでもないとか。元々が凡夫だといくらスキルで底上げしても無駄なんだな。『宝の持ち腐れ』とはまさにアイツのような奴のことを言うんだろう」


『最初から僕ちゃんが持っていれば、アイツ以上に有効活用してあげられたのに』と残念そうに軽く肩をすくめる。


「とはいえ悪いことばかりじゃなかったな。あの凡夫に知力(INT)ゼロの皇女が奴隷の首輪を嵌めるほど従順に従っている。お陰で彼女を僕ちゃんが手に入れる機会が得られたんだ。むしろ幸運だったと思うべきかな」


 アビスにとって『アリス・コッペタリア・シドリー・フォン・アイスバーグ』は恐らくこの世で最も扱いに困る少女だった。

 顔と体は非常に好みだが、暴発力が高すぎる。


 知力(INT)ゼロの影響か、シュートとのやりとりの時も躊躇せず大剣を抜き、従者と彼の制止がなければ迷わず自分に剣を振り下ろしていた。

 例えそのせいで世界の3割を支配する帝国と、主要宗教の勇者教との争いに発展したかもしれないにもかかわらずだ。


 アビスは普段暴虐に振る舞っても絶対に一線は越えない。

 しかしアリスはその一線を迷うことなく踏み越える。

 彼女が手弱女なら自身の下に置いた可能性も模索するが、アリスの戦闘能力は非常に高い。

 例え『剣聖』スキルを持つアビスでも、無傷での無力化は不可能だ。

 彼自身、負けることはないが手痛い傷を負う可能性が高い。


 いくら顔と体が好みでも、そんな女性に手を出すのは躊躇われていた。


 しかし、アリスはシュートに対して借りてきた猫のように大人しく、従順だ。

 決闘でシュートを倒し、部下にすれば間接的にあのアリスを自分のモノにすることが出来る。

 例え暴走してもシュートに押さえ込ませ、もし問題が発生しても彼に罪を被せればいい。


 アビスは自身が一切のデメリットも無く長年興味は抱いたが、手が出せなかったアリスを弄ぶことが出来るのだ。

 大して強くない『スキル創造』所有者を倒せば、アリスまで手に入る。

『上機嫌になるな』という方が無理な話だ。


「――っん? 馬車が止まった」


 脳内でアリスを『どうやって弄ぶか』薔薇色の想像を膨らませていたが、馬車が止まったせいで中断されてしまう。


 スキル『剣聖』の力によって気配を読むと……馬車の先頭でなにやら争っている気配をとらえる。

 現在、帝国首都を出て、勇者教の影響力が強い街へと移動しているが、基本草原で山賊が隠れて襲撃してくる場所など皆無だ。

 何より馬車の前後左右を勇者教教会聖騎士達によって護衛されているため、明かな危険物に手を出す賊などいるはずがない。


「気配からすると……いつものような手合いかな」


 上機嫌なアビスは勝手に馬車から降りると、御者の制止を無視して言い争っている先頭へと向かう。


 近付いていくと、ほぼ予想通りの相手が騎士と押し問答をしていた。


(今回は気合が入っている方か。ちょっと珍しいな)


 アビスはこの異世界で『剣聖』スキルを所持する唯一(公式上)の存在だ。


 故に『自分を剣聖の弟子に』や『箔付けのため一手指南を』という輩がよく勇者教総本山、今回の外出する際に顔を出す。

 さらに質が悪いと門下生やチンピラを連れて、数に任せて『剣聖を倒せば自分達の名前が挙がる』と襲ってくるパターンもある。


 だからアビスが外へ出る際は、勇者教教会聖騎士達が護衛につきそういった輩を排除するのだ。


 しかし、今回は前者とはやや違い少々珍しいパターンだった。


「剣聖殿が同行しているのは存じている。どうか我と一騎打ちの試合を所望する」


 騎士達と揉めている青年男性の声が聞こえてくる。

 さらに近付くと彼の様子を細かく確認することが出来た。


 年期が入っているがしっかりと整備された革鎧。部分部分を金属で補強され防御能力を上げている。

 金属製鎧だと防御能力は上がるが、動きが遅くなり、体力も奪われるため革鎧&金属補強を選んでいるのだろう。

 腰から下げている剣も柄が磨り減るほど握られ、ナイフも数本投げやすい位置に考えて装備されていた。

 短く刈り込んだ髪の毛。

 背丈もアビスに迫るほど高く、筋肉の厚みという点では彼を越えている偉丈夫だ。

 立ち振る舞い、雰囲気から傭兵か、冒険者かは分からないが何度も死線を超えてきた凄味を感じることが出来る。


 珍しい手合い――武で上を目指し、より高みを目指すため剣聖と試合って命を落とすことすら厭わない武芸者だ。


 騎士達と押し問答していた彼と視線が合う。


 一流の実力者だけあり、アビスを一目見て『剣聖』だと理解した。


 騎士達も剣聖の登場に気付き『馬車から出てくるなよ』と一部顔をしかめていた。

 折角、『剣聖はこの馬車に乗っていない』、『例え乗っていたとしても試合なんてできない』と誤魔化していたのに。

 馬車から姿を現したら、その努力は全て無駄になる。


 青年が騎士達を越えて、アビスに声をかける。


「剣聖アビス・シローネ殿とお見受けする。我は武の極地を目指すゼンと申す。どうか我と試合を所望する」

「貴様! いい加減せぬか! これ以上、試合を強行するなら我々の力で鎮圧させてもらうぞ!」


 護衛対象である剣聖に勝負を挑むゼンに対して、さすがに騎士達も見過ごせず脅しつける。

 基本、このような手合いでも話し合いで大人しく帰ってもらっている。

 いちいち『無礼千万』と切り捨てていたら、勇者教の評判が落ちてしまうからだ。

 しかし剣聖アビスを前に、勝負を拒まれても抜剣し襲いかかり有耶無耶のうちに勝負を挑もうとする相手にこれ以上評判云々を気にしている必要はない。


 勇者教の聖人を守護するため、教会聖騎士達は誰が相手でも叩き斬る覚悟を持っている。

 でなければ狭き門の教会聖騎士など目指そうとは考えない。

 全て将来誕生するかもしれない魔王に対抗する勇者、聖人達を護るため彼らは存在するのだ。


 だが、守護する対象が気軽に許可を出してしまう。


「君は運がいい。今日は非常に気分がいいから、その申し出受けようじゃないか。ここだと邪魔が多いからそっちの平原に移動しようか」

「忝ない」


 鶴の一声――剣聖が了承した以上、彼らがそれに意義を唱えることなど出来ない。


 2人は街道を逸れて青々と茂る草原で対峙する。


 シュートとの決闘前に、剣聖アビスは草原で命を懸けた勝負を早速開始した。




「この辺りでいいかな」

「…………」


 街道から約50mずれた草原で剣聖アビス・シローネ、挑戦者のゼンが対峙する。


 革鎧に一部金属で補強したゼンが、腰から使い込まれた剣を抜く。

 ショートソードほど短くなく、大剣と呼ぶには長くない。極々一般的な長さの剣だ。

 しかし傭兵か、冒険者かは分からないが何度も死線を超えてきた彼が選んだ武器である。相応の理由があり、修羅場を越えてきた技術があるのだろう。


 一方、アビスはというと軽装の普段着に、剣聖という名と護身のために腰から一応剣を下げているが、彼と違っていっこうに抜こうとしない。

 それどころか両手を背中で組んで鷹揚に立っているだけだ。

 これから命の駆け引きをする当事者ではなく、傍観者側のような立ち振る舞いである。


 これには流石の挑戦者ゼンも訝しがり、指摘する。


「……剣聖殿、剣を抜かれよ」

「冗談。雑魚に抜く剣はないよ。いいから早くかかって来なよ、時間が勿体ない」

「…………」


 アビスの軽口、挑発に対して一般的な相手なら激昂し、勢いに任せて襲いかかっていただろう。

 だがゼンは何度も実戦を潜り抜け、生き残った猛者だけあり見え透いた挑発には乗らない。

 ジッと、まるで昆虫が獲物を観察するような視線を剣聖に向け続けていた。


(やっぱりある一定レベルを越えると、この程度の挑発には乗ってこないか。今回の相手は本当に強いな)


 予想はしていが、アビスも相手が見え透いた挑発に乗ってこない一流の手合いだと改めて認識を改める。

 とはいえ悠然と立ち、後ろに手を組んだままの姿勢を変えようともしないが。


「…………」


 ゼンは両手に剣を構えて、だらりと左脇に流しジリジリとすり足で間合いを詰める。


 アビスを護衛する勇者教教会聖騎士達は、固唾を呑み様子を窺う。

 できれば今すぐ皆で止めに入りたいが、剣聖アビスの決定に逆らえるはずもなく黙って見守るしかない。


 時間は昼過ぎた午後。

 暖かな日差しが降り注ぎ、遠くで小鳥達が戯れる声が響くのどかな光景が広がっている。

 なのにアビスとゼンが向き合う現場だけは、同じように日差しが降り注ぎ、小鳥達の声が響いているにもかかわらず空気が肌を切り裂き、血を滲ませるほどピリピリとした緊迫感に包まれていた。


 ここだけまさに別世界を形成している。


「…………せっあぁぁぁぁぁぁッ!」


 先にゼンがしかける。

 気合一閃。

 躊躇いなく踏み込む。

 例え刺し違えても『相手を斬る』という気迫を込めた叫びだった。

 気が弱い相手なら、この雄叫びだけで腰を抜かしその場に座り込んでいただろう。


 しかし剣聖アビスは微動だにせず、相変わらず鷹揚に立っているだけだ。

 ゼンは構わず剣を振り抜く。

 彼は剣聖を確実に殺すつもりで右脇腹から左鎖骨目掛けて剣を振り上げる。


 速度、剣筋、スピード、踏み込み、心――どれ一つ文句が付けられない自身の最高の一閃だった。

『以後の人生でこれ以上の一撃は絶対に無い』と断言できるほどに。


(手応え――なし!?)


 なのに手に伝わるはずの衣服、肉、筋、骨を断つ感触が一切無い。

 経験則的に絶対必中の一閃だった。

 しかも相手が動いた気配すらない。


(我は知らず知らず剣聖の名に負けて、踏み込みを見誤ったのか!? 否! ありえない! 我の一撃は完璧に剣聖を捕らえたはずだ!)


 しかし手応えが無いのも事実。

 この一撃に全てを懸けていたゼンは、剣聖アビスの反撃を警戒し慌てて距離を取る。

 地面を蹴り、転がる勢いで後方へと逃げるように距離を取る。


 本来であれば追撃があってもいいはずだが……剣聖アビスは未だに一歩も動いておらず、手を後ろにくんだままだった。

 本当に斬りかかる前後とまったく変化が無い。


(なのにどうやって我の必殺の一撃を回避したのだ。皆目見当もつかないぞ!? これが剣聖なのか!)


 人生の全てを剣術に捧げてきた。

 にもかかわらず相手の足下にも及ばないどころか、実力差が有りすぎて自身との力量を図る目安すら想像がつかない。

 隔絶した力量差に絶望感からゼンの全身に冷たい汗が流れる。


 反対にアビスは上機嫌に声を掛けてきた。


「雑魚にしてはなかなかよかったよ――所詮、雑魚は雑魚だけど」

「!?」


 ゼンは心底驚愕した。

 アビスは背後に組んでいた手を解き、ようやく動いたと思ったら……。

 彼の手に自身の愛剣がいつのまにか握られていたからだ。


 慌てて自身の手に視線を向けると、生死を共にした愛剣は姿を消していた。

 なのに手にはずっと愛剣を握り続けていた感触だけが残っている。


「む、無剣取り!? い、いつの間に、奪われた気配すら――」


 ゼンは自身の空っぽの手のひらとアビスを何度も交互に見比べ驚愕した表情で台詞を告げようとしたが、切断されていたことを思いだしたように喉から血が噴き出したため最後まで言い切ることが出来なかった。


 自身の血に溺れ、首を半ば以上切断されたため痛みを感じることなく絶命し、その場に崩れ落ちる。

 爽やかな草花の匂いに混じり、濃い血と死臭が辺りを満たす。


「お、お見事です剣聖様」

「さ、さすが剣聖様です!」


 観戦していた勇者教教会聖騎士達は瞬きもせずこの一戦を見守っていた。

 にもかかわらず彼らもゼンの剣を奪うどころか、喉を切り裂いた動作すら目にすることができなかったのだ。

 彼らも剣聖がずっと鷹揚に立ち、手を後ろに組んでいたようにしか見えなかった。

 故に怯えつつも『お見事です』と褒める言葉しか口に出来ない。


 そんな騎士の言葉を適当に受け流しつつ、剣聖アビスは1人零す。


「雑魚にしてはまぁまぁ楽しめたけど、遊び足りないな。『スキル創造』所有者くんもそこそこ強いようだけど、彼以上に楽しめるといいけどなぁ」


 アビスは剣をその場に投げ捨てると、欠伸を一つ。

 馬車に乗り込むため歩き出す。


 騎士達も慌てて剣聖の後へ続き、馬車へと戻っていく。


 アビスは再び決闘日がくるのを楽しみに鼻歌を唄いだしたのだった。


スキルマスターを読んでくださり、誠にありがとうございます!

ちなみに2章の2話『時間操作LV1』で、シュートのステータス表示、『称号:廃嫡貴族(』に、彼が(準亜神)の伏線を張っていたのですが――皆様にいつバレるかドキドキしていました。

また誤字でたまに準亜人とか書いてしまうかもですが、なるべくすぐに修正するよう気を付けます。


さて、もうすぐ剣聖との決闘になります!

どうぞ皆様お楽しみに!

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